言われたい言葉好きな人の為に綺麗になる。デートの前は服や靴選びに悩み、髪型も少し凝ってみたり、新しいメイクを研究してコスメを買い足したり。そうやって迷い悩みながら己を着飾る女性というのは本当に可愛らしい存在で、そしてそういう行動を取っている瞬間というのは本当に楽しい。納得のいく容姿が完成した時にはパズルの最後の1ピースが嵌った時にも似た高揚感が全身を巡り、今この瞬間だけは自分が世界で一番可愛い存在であるかのような錯覚さえ覚える。……のに!
「っ、は…止めなさい、って…ッ…」
「え、何でよ」
「まだ昼、……っぁ、ちょ…っ!」
「いーじゃん、どうせどこも行かんし」
「買い物行くって言ったでしょ…!」
「あれ、そだっけ?…まあまあまあ、」
「ン……っ!」
「今度でいいだろ。……何だかんだ凪ちゃんも嫌じゃなさそうだし?」
この、馬鹿男は私の頑張りに一つとして気付いてくれず、せっかく上手くできたメイクを崩しにかかる。無遠慮にのしかかるものだから服もシワが出来てしまうし、このまま流されたら汚れてしまう。せめて一言くらい何か言ってほしかったのに、というこの気持ち、世の中の女性はみんな経験するものなんだろうか。そうだとするなら私は今後こんな悲しい思いをするひとが居ないよう、男性達に呼び掛けていかねばならない。恋人がいつもより気合を入れて着飾っていたらなるべく事細かに褒めてあげるように、と。
「んー?……なに、マジでやなの?」
「っ…な、んか……」
「うん?」
「私に……言うこと、あるだろ…っ」
「…言うこと」
「……よく見て…」
あ、まずい。世の男性に注意喚起する分には何とも思わないけど、自分で自分の「好きな人」に直接言うのって死にたくなるくらい恥ずかしい。いたたまれなくなって目を逸らせば「見てって言ったの凪ちゃんでしょ」って顎を掴まれて強制的に向き合うようにさせられる。背中からじわじわと火で炙られてるみたいに顔も体も熱くなって目眩がして、耐えられる気がしなくなって言葉を取り消そうと口を開いた瞬間、セラフがまた私にキスをした。性懲りも無く。うすく重ねたリップを剥がすかのように。
「『今日めっちゃ可愛いじゃん』……とか?」
「…………正解…」
「おれ的にはそれ微妙に不正解」
「…何で」
「今日『も』めっちゃ可愛いから」
ああ、ああ。また絆されてる、丸め込まれてる!分かっているのに手放しに喜んでしまうチョロすぎる自分の心が憎い!メイクポーチは持ってきたし、服は洗濯出来る素材だからいいかなんて思考が百八十度方向転換していくのを感じながら色が移って少し艶の乗ったセラフの唇にそっと噛み付いてみる。赤い目は、嫌になるくらいにじっと私を見ている。