ものしらずこの手は何かを壊す為にある。ナイフを握って喉を掻き斬る、引き金を引いて脳天を撃ち抜く。頭の先から爪先まで人を殺すための技術と道具だけが詰め込まれている。壊す、殺す、それ以外を、おれは知らない。誰にも教わってこなかったから。
「随分優しくしてくれるのね」
「……?不満か?」
「いいえ?ちょっと意外だなって思っただけ」
「…、……あまり生きた人間に触れたことがないから。加減が分からない…」
「……あぁ」
前にされたのと同じように頬を片手で包み、指の先で耳に触れた。あれは確か触れてるか触れてないか分からなくなりそうなくらいの力加減だった気がする。神経を張り詰め、殺しの記録で埋もれてしまいそうな記憶を引きずり出して思い出しながら再現していると、おれの手に白い手が重なる。きらきらした色と飾りがついた爪が手の甲に当たると流石に少し身構えるが、この手には毒も仕込み刃もないらしい。おれのより少し大きくて骨張っていて節が目立つ指が、ぎゅ、とおれの手を握った。
「女の子って優しくしてくれると嬉しいものよ。大事にされているんだなあって伝わってくるから」
「そうか」
「…でもね、私は欲張りだからそれだけじゃ満足出来ないの」
「殺される方が好きか?」
「そんな訳ないでしょ…そんなに気を張らなくても大丈夫ってことよ。もっと、うーん……雑にしていいとは言わないけど…、」
「……おれの好きにしてもいい?」
「…そうね、痛いこと以外だったらいいわよ」
さらさらとした手触りの頬が掌にすり、と擦り寄り、セイラがゆっくりと目を閉じる。体を、命を素性も分からない暗殺者に委ねるなんてばかなやつだ、と思う。……思っていたと、思う。ほかのやつが相手だったなら。不思議とセイラに対して湧いてくるのは明らかに違う、おれの知らない感情で、心臓の辺りがむずむずとしてへんなかんじ。もっと触って好きにしたら少しは治まるんだろうかと、もう片方の手も反対側の頬に添えて顔ごと引き寄せ何か蜜みたいなのを塗ってるような艶のある唇を食む。「よくできました」と降ってきた声の方が、唇よりもあまかった。