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    hikarigaarebaii

    @hikarigaarebaii

    新田/帝幻

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    hikarigaarebaii

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    窓コルのバレンタインのお話です

    窓拭き君とコールセンターの夢野さん 女性の割合がダントツに多いこの部署では、昨年より義理チョコ制度が廃止された。数少ない男性社員である夢野も賛成した。バレンタインを廃止するということは、必然的にホワイトデーも廃止になる。義理に義理で返す茶番が終わるのは願ってもいないことだった。
     そういうわけで、本日二月十四日の弊社は平穏そのものだ。勿論通常通り意味の分からぬクレームは飛んでくるが、余計なことに心を煩わされることもない。
    「でも会社に好きな人がいたら、義理チョコの振りして渡せなくなっちゃったじゃないですか」
    「何あんた、ここに好きな人なんかいるの?」
    「いや例えばですよ、例えば。この世で出回るチョコが全部本命じゃないのはそうですけど、全部が全部義理チョコってわけでもないじゃないですかあ」
     向かいのデスクで繰り広げられている会話を、夢野は聞くでもなく聞いていた。恋も愛も、ここ数年の自分にはまるで無関係の事柄であり、巷にあふれる男女のあれこれを聞いていても安いドラマを見ているような気持ちにしかならない。さすがにそれは斜に構え過ぎ、ささくれているなと自分でも思う。ストレスフルな職種のせいかもしれない。
     でも最近、少し気が紛れることもあった。たまに廊下や窓越しに顔を合わせていた出入りの業者の、同年代ではあるが夢野よりいくらか年下の男と親しくなった。女性ばかりの職場で、気安く話せる同性の知人というのは貴重な存在である。見た目は少しいかついし口調もヤンキー上がりのそれに近いが、快活で仕事の要領も良く、人当たりもいい。教室の中で出会ったらまず間違いなく友達にならないタイプだけれど、大人になるとそういう垣根は意外と低かったりするのかもしれない。
     彼――有栖川帝統からは週一くらいの頻度で「今日社食、どうすか」というメッセージが届く。ちょうど今朝も届いていた。窓の外を見ると、彼ら作業員を吊るすワイヤーがぶら下がっていたので、多分そのうちひょっこりと顔を見せて、いつものように手を振ってくるのだろう。そう思うと心なしか通話ボタンを押す気持ちも軽くなる。突然怒鳴られても、まあいいかとやり過ごせるのだから不思議だ。


    「おつかれーっす、何食ってんすか、日替わり?」
     にゅっと顔を出した有栖川帝統は頭にタオルを巻いて、いつものツナギにボアのついた防寒着を着ていた。冬場に外の作業は堪えるのだろう、頬が真っ赤だ。
    「これは日替わりAだけど、B定はきょうからあげみたいですよ」
    「おっ、ラッキー!食券買ってこよ」
     彼はポケットから財布だけを抜き取ると、上着を夢野の向かいの椅子に放って券売機に向かった。と、足元でからんと軽い音がした。なにか箱のようなものが落ちた感覚。見ると、おそらく有栖川帝統の上着から滑り落ちたのであろう小さな紙箱が足元に転がっていた。煙草の箱かと思ったが、それよりももう少し大きく、品のいいリボンがついている。
    「あ、」
     きょうの日付を考えれば、これはあれだ、彼がどこかでもらってきたものに違いない。自分には無関係の日であっても、彼のような人当たりのいい、もっとありていにいえばモテそうな陽キャの若者にとっては大いに関係のある一大行事かもしれないのだ。
     夢野はとっさにその箱を拾い、彼がカウンターに並んでいる隙に上着のポケットの中へ戻した。ただ落ちたものを拾っただけなのだからこそこそする必要はまるでないのに、なんとなく見てはいけないものを見たような、知らなかったことを知ってしまったような、そんな居心地の悪さが夢野を焦らせていた。
    「あれ、食うの待っててくれたんすか、先食っててよかったのに」
     気が付くと、B定食の載ったお盆を持った有栖川帝統が席に戻ってきていた。夢野は慌てて箸を持つ。
    「いや~やっぱからあげが最強すね、これで500円って、コスパ最強すぎんだろここの社食」
     嬉しそうに割り箸を割り、いただきまーすと律儀にひとこと添えてから茶碗を持つ。気持ちのいい食べっぷりをいつもはどこかほほえましいような気持ちで見ていたのに、今日はなんとなくガラスを一枚隔てているように遠い。
     いつもの、つい喋りすぎてしまうくだらないおしゃべりも今日はする気にならず、夢野は黙って塩サバをほぐし、白飯を口に運び続けた。有栖川帝統は特に気付いていないのか、むしゃむしゃと上機嫌にからあげを頬張って、合間に最近あったあれこれを話す。夢野は曖昧に相槌を打ち、適当なところでお盆を手に立ち上がった。
    「あれ、もう食ったんすか?」
    「……すみません、今日は午後に会議があるんで」
    「あ、そうなんすね」
    「はい、じゃあ」
     また、というのもなんとなく言えず、そのまま会釈だけして返却口へ向かった。通りかかったテーブルの上には、カラフルな包装紙をまとったチョコレートのパッケージがちらほら見える。その間を足早に通り過ぎ、社食を出ようとした時だ。
    「夢野サン」
     振り返ると彼の姿が見えた。有栖川帝統がこちらに向かって走ってくる。手には上着を掴んでいて、頭に巻いたタオルもずり落ちていた。あっけに取られているうちに、彼はあっというまに夢野の目の前にいた。
    「あ、大丈夫、すぐ終わるんで。カイギ、あるんすもんね」
     無い。そんなもの、この半年一度も。でも、夢野は何も言えない。有栖川帝統はこちらの様子に気付くこともなく、ポケットに手を突っ込んだ。そしてその手をこちらに差し出す。
     出てきたのがさっきの箱だったので、夢野はひどく動揺した。なんでこれが。どうしてこれを俺に見せるのか。
    「夢野サン、チョコ食います?」
    「…え?」
    「甘いもん、大丈夫でしたよね?」
    「は、あ、でもこれ――」
     どなたかがあなたの為に用意したものなのでは? あなたのことを想う誰かが今日のために用意した大切なものじゃないんですか。
     動揺は、別の種類に変わった。他人から貰ったものを平気で横流ししてしまうような、そんな、人の心を踏みにじるような人間だなんて、知りたくなかった。勝手に分かったような気になって、勝手に失望している自分にも心底うんざりする。
     しかし、夢野の動揺と失望と自己嫌悪は数秒も持たなかった。あっけらかんとした彼の声が重くかかった靄を瞬時に引き裂いていく。
    「これ、うまいらしいっすよ。昨日早上がりだったんで、並んで買ってきたんすよね、駅前のとこで」
     今日ってあれじゃないすか。好きな人にあげるんすよね?チョコ。
     リボン付きの包みを夢野の手に握らせて、有栖川帝統は「そんじゃ、カイギ頑張って」と踵を返す。長く引き止めないようにさっさと立ち去る彼の背中が眩しくて、眩しすぎて、夢野は思わず目をつむった。
     言わなきゃいけないことがある。今気づいたばかりの手触りを、どうやって伝えるべきだろう。とりあえず引き留めるために、名前を呼んだ。すべてはきっと、ここからはじまる。
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    hikarigaarebaii

    PROGRESSありゆめ発行予定のR18ごはん本に収録する陸剣の話です。
    放課後にファストフード店でデートするくらいしか進展してなかった二人が初セする話の前半部分です。後半(R18)も後日ウェブ上で公開します。
    月を半分(陸剣)7月7日、17歳の誕生日。自分のラッキーナンバーが並んだその日、有栖川帝統は駅裏のバーガーショップで限定商品・真夏のココナッツチーズカレーバーガーにかぶりつきながら向かいに座る麗しの先輩の口から飛び出した「いいよ」の返事を聞いて卒倒しかけた。
    押してもダメなら引け、というこの世のルールを完全に無視し、押して押して押し続けた数か月、それがようやく実った瞬間だった。恥ずかしがりの先輩が誕生日にかこつけて交際をOKしてくれたのもまたうれしく、帝統はその場で先輩の手を握り「一生大事にするんで!」と叫んでは、赤面した先輩による手加減なしのビンタを食らい、椅子ごとひっくり返りもした。
    先輩こと夢野幻太郎は帝統のひとつ上で、同じ高校の剣道部に所属している。端正な顔立ちと凛とした佇まいは女子らの注目の的でもあるが、どういうわけか帝統の心も奪ってしまった。この件に関して夢野は冗談や勘違いであるといって取り合わなかった。でもそういうふうにかわされるほどに、帝統はますます自分の気持ちに自信を持ってしまい、諦めるという選択肢を早々にゴミ箱へ捨ててしまったのである。
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