別れの華 鯉登大佐殿には年の離れた兄上がいらっしゃる——第七師団の者であれば、皆知っていることである。『退役軍人で、今は御母堂様と函館で暮らしておられる』らしく、大佐殿は少しでもまとまった時間を作っては、そちらに向かうのである。
軍人にはあるまじき軟弱さ……などという評判は、大佐殿には当てはまらない。陸軍最強北鎮部隊、その中でも最も勇猛果敢で鳴り響くのが『鯉登音之進大佐』の名であるのだから。
色々な逸話があるが、中でも樺太冒険譚は絵の上手い兵卒が仕立てた絵本まであり、最も好まれている。大佐殿の八面六臂の活躍だけでなく、しっかりと失敗談までが正直に語られていて、その飾り気のなさが実に魅力的なのである。
まあ、臍曲がりはどこにでもいて、元々海軍が出自なのだから兄上は海で戦没なさったはず、嘘ばかりだ、ホラ吹きだなどと腐されることもあるが、ごく少数だ。軍と言う閉ざされた空間において、眩いほどに逞しく麗しい大佐殿は兵卒に愛されるのに十分な御仁であった。
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