えっ!?銀行のペナルティーで獅子神さんがエロマンガみたいな言葉しか話せなくなっちゃったって!?「銀行のペナルティーで獅子神さんがエロマンガみたいな言葉しか話せなくなっちゃったって!? 心配になって来ちゃった!」
足音荒く現れた真経津の態度は、言葉に反し明らかに嬉々としていた。
日当たりの良い村雨宅に並ぶ椅子は、集う者に比例して増えていた。はじめは二脚だった椅子が三脚、四脚と増え──……このような豪邸を建てながらも、人を呼ぶ気は当初なかったに違いない。気の置けない人間が増えたこと、まさに村雨邸は彼の内面そのものだった。
ペナルティを受ければまずは村雨邸へ。身近に、それもギャンブラーとして理解のある医師がいるのは極めて都合がよかった。小言を垂れながらも「次は事前に連絡してから来い。準備がある」と言う、懐に入った人間限定の面倒見の良さを村雨は持ち合わせていた。
「でも今回はさすがに礼二君にも治し方がわかんないよな」
「要経過観察というところか」
その一番奥で、居心地悪そうに口を噤んでいるのが獅子神だった。先に来ていた叶と、家主である村雨が笑いを含みながら獅子神を見やる。自己中心的なメンバーの会話を収めるのはいつだって獅子神の役目だったが、肝心の本人がだんまりを決め込んでいるのだから収束しないでいる。
テーブルの上にはすっかり御用達となったファーストフード店のハンバーガーが並んでいる。食材や調理器具を持たぬ村雨の家に集まる時は、各が持ち寄るのが慣例になりつつあった。
後から来た真経津が追加したパンは彼行きつけの店のものだ。このまま夜を明かすなら、食べるのはきっと明日の朝になるだろう。
「獅子神さん、面白いから何か話してみてよ」
面白いから、本音の真経津を獅子神は睨み付けた。十二分に怒りの籠もった視線だったが、悪態を吐こうと開いた口からは本人の意思を微妙に反映した言葉しかでなかった。
「こんなのはじめて」
獅子神以外の一同は声も出さず笑っていた。表情と言葉のミスマッチさがより、薄情な者たちの笑いを誘う。
「あははははははは! 銀行ってたまに誰が考えてんのか疑うようなペナルティがあるよな」
「でも確かに、家の人たちに獅子神さんはこんな姿見せられないもんねえ」
「声が聞こえちゃう……」
獅子神が一言話すだけで、耐えられなくなった叶が椅子から転げ落ちる。村雨に至っては不憫だと思っているのか笑いを堪えすぎて、頬の肉を噛みすぎて顔が変形していた。
「この間の村雨さんの「足音が全部子供の音の鳴るサンダルになる」っていうのもなかなかだったけど、こっちの方が面白いかも」
未だ銀行のトンチキペナルティを受けていない真経津と叶は、まさに高みの見物と言ったところで、思い出しては真顔になった村雨を横目に大笑いを続けている。
「村雨のよりずっとすごい」
「礼二君は車椅子で移動することで回避してたしな。敬一君も話さないで筆談とかしてみたら?」
「口は駄目だけど手でしてやるから」
「でもそれで意外と大丈夫ってなったら、今度はもっととんでもないペナルティが生み出される可能性もあるよね」
「体おかしくなっちゃう……」
噛み合わないが噛み合っている。筆談でとは言いながらも、会話のキャッチボールは豪速球が続き、獅子神が話すこと以外を許さない。
「私は寝取られは好まんが」
「変なとこに食いついてんな礼二君」
一頻り笑い終わり、呼吸を整える。獅子神が話さなければ誰も腹筋を鍛えずとも良いのだ。
ふいに村雨が腕を組み呟いた。先ほどの獅子神の台詞の中で気になっているものがあるらしかった。
聞きようによっては特に性的なものではなかったが、それが猥談に聞こえる程度には村雨と獅子神の関係は爛れていた。
「あなた、聞いていればさっきから卑猥な言葉ばかりを口にして、品のない行為と思わないか」
「くっ、殺せ……!」
「人前でいやらしい発言をするなど恥ずかしいやつだ」
「こんなの恥ずかしい」
「今日はもう解散だ。獅子神、あなたは居残れ」
村雨から出た解散宣言に、真経津と叶からは不平が零れる。二人の背後から不服を全面に押し出した瞳が獅子神には見えている。
「さっき集まったとこなのに?」
「礼二君、こんな面白いことを放置しておくなんて」
「そうだな、今の獅子神風に言うなら──」
丸テーブルの向かって左、隣に居る獅子神の胸倉を乱暴に掴み村雨が言う。Vネックのニットは伸びやすく、たわわな獅子神の胸筋がユサリと揺れた。
「このあと獅子神は、「体がおかしくなっちゃう」行為をするし、残っているあなたたちは「声がきこえちゃう」かもしれんが」
これはダメなことを考えている顔だ。ギャンブラーは空気が読める。普段は読んでいないだけで、いざというときは遺憾なくその才能を発揮できる。
席を立ち始めた真経津と叶に、助けを求めるような視線を向ける獅子神が報われることはない。
「オレ、どうなっちゃうんだ?」
獅子神の最期の発言だけは、彼の心中を見事に表したものだった。