Chocolate passion放課後、いつも通りならクラスメイト達が部活だのなんだのに向かうはずだが、今日は何故だかざわついている教室の雰囲気に違和感を感じる。
まぁ、オレには関係のないことだろうし、普段通り、帰宅するでもなく、人の少ない方、少ない方へと向かうため、教室を後にしようとしたところ──
「C太くん!」
オレを呼び止める声に振り向くと、特段仲の良い訳でもない、ましてや会話したことすら全然記憶にない女子生徒が立っていた。
「良かったらこれ......!」
可愛らしいリボンによって装飾された小さな包みがオレの前に差し出される。
そうか、今日は2月14日、世間がバレンタインデーたるイベントによって賑やかされる日なのだ。
「ああ、ありがとう」
別に興味があるわけでもなければ嬉しいわけでもないが、無駄に荒波をたてるのも好かないので言葉とともに彼女に軽い笑みを向け、それを素直に受け取っておく。
「──っ///」
名も知らぬクラスメイトは小包を渡し終えると同時に顔を赤らめ逃げるように去っていった。
しかし、あろうことかいつの間にかオレの目の前にクラス学年問わず、女生徒達の行列が......
ん?なんだあれ?なんで先生まで並んでるの!?しかもその後ろには男子生徒まで!?......が出来ていた。
ああ、今年も始まってしまうのか......
※
途方にも暮れたくなるような人数の老若男女らをすべて捌き終えると、ホームルーム終了から既に2時間ほどが経過してしまっていた。
急がないと......!
一階の渡り廊下から裏庭を抜け、少し外れたところにある二階建ての木造建築物。
老朽化が進み、今はほとんど使われていない旧校舎へ向かう途中、校内で知らない人はいないであろうかの有名な女子生徒とばったり会う。
「奇遇だね」
「本当よ。あんたも大変そうね」
頭脳明晰、容姿端麗と完璧美少女で噂の彼女──B子はやれやれといった感じで返事をする。
「それにしてもその量......そんなに貰うと一週間かけてでも食べきれるどうか怪しいわね」
そう言うB子も胸の前で溢れんばかりの量のお菓子を抱えている。友チョコというやつであろうか。
「ははっ、お互いにね」
※
今は使われていない木造の旧校舎、その二階にある元音楽室の扉をB子とともによいしょと開くと、そこには今日もスーパーベリーとてもスーパーキュートな幼馴染みと地味目でぱっとしないレズ女が既に揃っていた。
「......やぁ」
「B子ちゃん!待ってましたよ~!」
心なしか少し機嫌の悪そうなA弥と、まるでそれ専門の職人かのような手つきでB子の荷物をささっと整理するヤンデレレズ。
「ありがとうD音。助かるわ」
「いえいえ、B子ちゃんのためですから。えっと......それで......よろしければこれを......///」
「えぇ~!すごい!D音は器用なんだね~!とっても嬉しいわ!」
頬を赤らめながら内心劣情してそうな様子で、チョコレート専門店で売っていても不自然ではないほどにはクオリティの高い手作りチョコ(見た感じおそらく長文メッセージ付き)を手渡すストーカーレズ。
そしてその肉欲に気づいていないであろう純粋に笑顔を浮かべて喜ぶB子。
なんだろう......とてもイケないものを見せられている気分になるが、オレにはそんなことはどうでもいい。
「もしかしてA弥は今年もお母さんからしかチョコを貰えなかったのかな?」
「......っ!うるさいな!どうでもいいだろ!」
目に見えて動揺する超ウルトラプリティーなA弥。本当にしょうがないんだから。
「......そのことなんだけど......」
B子がこちらの会話に口を挟む。
その瞬間一瞬にして教室内の雰囲気がガラリと変わる。
もじもじとして落ち着かないB子。今にでも人を殺しそうなとんでもない顔をするサイコレズ。
多分、オレも睨み付けるような表情をしてしまっていたと思う。
「......なにかな」
「......っ!まぁ仕方なく!どうせ誰にも貰えないでしょうから仕方な~くあんたにチョコを用意してやったわ!」
「......!ありがとう」
いや、ここに来てまで発動するツンデレの性よ。
ともあれ、A弥とB子がそういう雰囲気にならなかったことに安堵を浮かべると、なにやら隣からぶつぶつと呪怨のような呟きが聞こえてくる。
「私のB子私のB子私のB子私のB子私のB子私のB子私のB子......」
うん。何も聞こえなかったことにしておこう。そうすることに決めた次の瞬間──
「あ、そういえば私もC太さんにチョコを作ってきたんですよ?」
純粋無垢を体現したかのような笑顔とは裏腹に、差し出されたソレは明らかにオレの知っているチョコとはかけ離れたものだった。
やめてくれ!怒りの矛先をオレに向けないでくれ!
......!?おい無理やり口に捩じ込むな!!!
おえぇ......
この世に絶対に存在を許してはならないほどグロテスクな味が口の中に広がっていく。
同時に、オレの目の前は真っ白になっていった。
※
オレの意識が戻った頃、時計の針は既に夕飯時を指していた。
あのヤンデレサイコレズストーカーは間違いなく頭が沸いている。
「目が覚めたようね。あんたが突然倒れた~!ってD音が心配してたわよ」
「あらC太さん。何事もなさそうで良かったです~」
もうこのヤンデレサイコレズストーカー怖い。超怖い。
「さて、C太も起きたしそろそろ帰ろうか」
A弥が提案する。
「そうだね。僕もお腹が空いちゃった」
「うわあああああああ!!!」
背後からの突然の声に思わずびっくりしてしまった。
「うふふ、今のC太さん、とっても滑稽でおもしろかったです」
「E祈ならあんたが倒れてる間に来たの。本当にいつも来るのが遅いんだから」
「あはは、ごめんごめん」
可愛い幼馴染みの前で、あろうことかオレは醜態を晒してしまうこととなったが、気を取り直してみんなに言葉をかける。
「待たせてしまったようで悪いね。それじゃあもう帰ろうか」
「本当にしょうがないなあ、C太は」
「一体その素振りは誰の真似だい?A弥」
「荷物を持たせてしまって悪いわね。D音」
「大好きなB子ちゃんのためですから~」
「本当にD音はB子の事が好きなんだね」
そうしてオレ達はいつも通りの帰路につくのであった──