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    menhir_k

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    menhir_k

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    酔っ払い店長を捜索する話

    タイトルどうしような 薄明の空に、紫色に焼けた雲がたなびいていた。主張し始めた星々の光を妨げることのないよう、細く痩せた月が控えめに閃く。一日の終わろうとする家並みを彩る小夜鳴き鳥の囀りに、面はゆい記憶を呼び起こされたアッシュはすだち屋へと続く道の途中で思わず足を止めた。いつも手伝ってくれるムラビトへの手土産にと渡されたカートの畑の野菜が重たく感じる。こめかみを抑えて、アッシュは深い溜め息を吐いた。
     サイショ村の家々の窓に一つ、また一つと明かりが灯り、野菜を炒めるにおい、魚を焼くにおい、様々なスパイスの香りが漂ってくる。そのにおいにつられたのか、家路を急ぐ子供たちの甲高い声が響き渡った。扉の向こうに消える全ての小さな背中を見届けて歩みを再開する。子供たちを見ていたら、アッシュも早くすだち屋に帰りたくなったからだ。
     緩やかな傾斜に差し掛かり、屋根の向こうに健やかに揺れる酢橘の木を見留める。
     アッシュの雇用主であるムラビトは今日は店をマオに任せ、ソノーニの町で開かれる近隣の道具屋や武具屋の会合に出席していた。急な話だったので以前から約束していたカートの畑の手伝いはアッシュが一人で行うことになった。遅くなる前に帰ると言っていた雇い主は、この時間であればもう帰宅している筈だ。自分一人に畑仕事を押し付けた小言を言ってやろう。足取り軽く傾斜を上がると、すだち屋の丁度入り口に人が立っていることに気が付いた。夕べの色の豊かな髪が弧を描く。アッシュがその人物を見知った顔だと認識するのと、蜂蜜色の双眸が落胆に染まるのとは、ほぼほぼ同時だった。

    「……マオ?」

     少女の容をしたかつての魔物の王は静かに視線を足元へと落とす。

    「どうした。夫の帰りを外で待つ貞淑な妻の自覚でも芽生えたか?」

     誰が誰の妻で夫だ、この変態。いつもの罵声を期待しての軽口に反応は返らない。毛虫を見るような侮蔑のこもった眼差しも返らない。つまらないな、とアッシュは思った。
     マオの横に控えていることの多い、流暢に人の言葉を操る魔物に手土産の野菜を手渡しながらアッシュは問う。

    「何かあったの、これ」
    「ムラビト様のお帰りが遅いことを、殿下は非常に心配しておられるのです」

     事情を聞き、得心がいった。夜の気配はすぐそこにまで迫ってきている。

    「何だ、ムラビトのやつとうとうマオの鬼嫁っぷりに愛想尽かして外に女でも作ったか逃げたか……寂しかったら俺が慰めてやるよ」
    「やめろクソ勇者。今は貴様とじゃれる気分ではない」
    「……あっそ」

     間男に名乗りを上げたが取り合っては貰えなかった。沈んだ顔のマオにもう少し絡んでも良かったが気が乗らなかった。アッシュ自身、彼女の不安に少なからず共感する部分があったからかも知れない。過保護なことだ。肩を竦めて目配せすれば、やれやれといった様子でもぐらに似た魔物も緩く首を横に振ってアッシュに応えた。

    「この時間帯ですからな。そろそろ魔族のお姿になられていることでしょう」

     マオも浅く顎を引いて頷く。

    「……あの姿では辻馬車も利用出来まい。誤魔化せるのはせいぜい瞳の色くらいだ。他の部位を隠すにしても人と接触するリスクの方が大きい」
    「と、なると帰ってくる気があるなら徒歩か」

     サイショ村とソノーニの町は徒歩での往来が不可能な距離ではない。何事もなければ日付が変わる前には帰って来られる。

    「既に街道には魔物を迎えにやっている」
    「新魔王だし、道中魔物に襲われる心配がないのは不幸中の幸いか」

     そもそも魔族の血を取り込んでいなければ発生しない問題だったという事実から目を逸らしながらアッシュは言った。

    「厄介なのは寧ろ同じ人間の方だ。あの姿で一人でいるところを冒険者にでも見付かってみろ。秒で経験値だ」
    「いくら新魔王でもレベル1なんて大した経験値になんねぇし歯牙にもかけないんじゃねーの」
    「馬鹿が。経験値としては味噌っかすでも角や爪はレアアイテムとして抜かれたり剥がれたりするやも知れん」
    「なるほどなー。確かに店長の角とかだったら俺も欲しい」

     眠れない夜に枕許に置けば、酒に頼らなくても寝付けるかも知れない。超回復で何処まで再生出来るのだろう。アッシュはそれなりに真剣に思考を巡らせかけた。だが、芋づる式に魔王城跡でジャバラに腹を穿かれ、回復の追い付かない瀕死のムラビトの姿が蘇り、思い留まる。あの光景は頂けない。駄目だ。

    「……と、冗談はさておき魔物に街道張らせてるってんなら、町の方に行ってみるか」

     薄ら寒い思考の残滓を振り払い提案する。

    「そうだな。町の中にまで捜索の目は届いてない。魔物では行動に限界がある」
    「っつっても入れ違いになるかも知れないのか。どうする?俺が残ってもいいけど」

     ムラビトの身を案じる気持ちはアッシュも同じだ。けれど、それ以上に不安な気持ちと、ムラビトをすぐにでも探しに飛び出しに行きたい衝動とを圧し殺し続けたマオをこれ以上縛り付けることは酷だろうと考えた。だが、アッシュの思惑に反してマオは提案に即答しない。
     「……いや。残るなら我だろう」少しの逡巡を見せたあと、吐き捨てるようにマオが言った。「住み馴れない人間の町を捜索するなら、同じ人間である貴様の方がいざというとき機転も利く」
     親の仇でも見るような目でマオが睨み上げてくる。実際、アッシュは親どころか彼女の一族を皆殺しにしているので殺意の籠もったその眼差しは正当なものだ。アッシュの望むところでもある。けれど何かが違う。絶妙にそそらない。いや、普段の自分なら絶対にからかっていた。違うのはマオではなく自分の心のありようだ。思い当たり、アッシュはうんざりした。本当に、どれだけ過保護なんだ。目眩がする。

    「じゃ、決まりな」

     誤魔化すように、努めて軽い調子でアッシュは言った。

    「今なら辻馬車もまだ走らせてくれることでしょう。お急ぎ下さい。街道は引き続き我々の方で捜索致します」

     太陽の名残で赤く滲んだ地平線を見遣る。恐らく、既にムラビトは人の姿をしていない。焦燥と不安が募る。悟られる前に、とアッシュは踵を返した。

    「待て、クソ勇者」

     マオに呼び止められ立ち止まる。何か言われるのかと一瞬身構えたが、彼女はアッシュと魔物をその場に残してすだち屋の扉をくぐって行った。すぐに戻って来たその小さな手には、更に小さな瓶が握られていた。天脚草の汁だ。

    「必ず見付けてこい。それまで、すだち屋の扉はくぐれんと思え」
    「もとよりそのつもり」

     手渡された小瓶を空にすると、アッシュは走り出した。
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    menhir_k

    REHABILI最終ターン!一応アシュクロアシュ最終ターン!!アシュトンのターンタターンッ!!!
    章を断ち君をとる ハーリーを発ったアシュトンは、南へ急いだ。途中、紋章術師の集落に補給に立ち寄る。緑の深い村はひっそりと静まり返り、余所者のアシュトンは龍を背負っていないにも関わらず白い目を向けられた。何処か村全体に緊張感のようなものが漂っているようにも感じられる。以前訪れたときも、先の記憶で龍に憑かれてから立ち寄ったときにも、ここまで排他的ではなった筈だ。アシュトンは首を傾げながらマーズ村を後にした。
     更に数日かけて南を目指す。川を横目に橋を渡り、クロス城の輪郭を遠目に捉えたところで不意に、マーズ村で起きた誘拐事件を思い出した。歩みが止まる。誘拐事件を解決したのはクロードたちだ。マーズ村の不穏な空気は、誘拐事件が起きている最中だったからだ。どうしよう。戻るべきだろうか。踵が彷徨う。来た道を振り返っても、マーズは見えない。もう随分と遠くまで来てしまった。今戻っても行き違いになるかも知れない。それに、ギョロとウルルンを放って置くことも出来ない。龍の噂はハーリーにまで広まっていた。アシュトン以外の誰かに討ち取られてしまうかも知れない。時間がない。
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