見られた方「……店長さんには俺はどう見えてるんですか」
「もちろん、普通の男の子ですよ」
嘘だ。この女には俺の正体が分かっている。
強い風が吹いた。カラスが大きな声を上げて飛び立つ。
営業部長が低く喉を鳴らす。グルル…グルル…。
柳楽凌はその場から1歩も動かずジャスミンティーのペットボトルを持っている。しかし、コンビニのガラス張りの壁に映るその姿は紛れもなく化け物の姿で。
「おや、」
御領は呟く。
「猿の尾を踏んでしまいましたか。」
「図に乗るなよ、女。」
その口から出る声は、紛れもなく柳楽凌のもの。しかし先程より低く、ノイズがかってがちゃがちゃと不快な響きをしている。
闇に浮かぶ三日月のような瞳が御領と営業部長を見下している。
「人より自分は強いから、お前は人を襲わない。では、人よりずっと強い、俺をお前はどうする?この女の首を引きちぎろうとしたら、お前はどうするんだ?」
営業部長は、うぉんと一言大きく吠え、主人を守ろうと姿勢を低くする。
柳楽の皮を被った獲猿は語気を強め御領に詰め寄る。
「女。俺はお前になど興味が無い。お前の腹などなんの価値もない。道に落ちている石と何も変わらない。だがなあ。」
化け物は中身の入ったジャスミンティーのペットボトルを両手で掴み、雑に絞るように握りつぶした。香料の入ったお茶がエントランスに巻き散らかされる。
「俺を次に侮辱してみろ、お前がこうなるんだ。」
営業部長が牙を剥き出し何度も強く威嚇をするように吠えた。
「申し訳ありませんでした。」
御領は深深と頭を下げた。
「あなたの事情も知らずに、差し出がましいことを言いました。謝罪します。」
御領の謝罪を聞くと同時に、柳楽の化け物もすうと内に帰る。柳楽は座り込み、びしょ濡れの手で顔を覆い、深呼吸をする。
「…いえ、俺の方こそ、本当申し訳ないです。営業部長くんも…ごめんな…。」
営業部長も場の空気が緩んだのを感じ、へっへと口で息をする。
柳楽に近寄り、顔をぺろりと舐める。
柳楽はありがとうと言いながら耳の後ろをかりかりと搔く。営業部長は頭をぐりぐりと柳楽に押し付けた。
「…あなたは、何かこう、解る人なんですね。そう、大体あってる。でも、」
座り込んだ姿勢から、柳楽は御領の顔を見つめる。その目は黒い、人間のもの、でも、一番奥に満月の様な強い輝きがあるのを御領は見逃さなかった。
「俺の人生解った顔されると、ムカつくんだよ。」
涙で滲んだ瞳が御領を睨みつける。御領は再び深く頭を下げる。
「すみませんでした。」
柳楽は顔を抑えたまま、何も答えなかった。