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    ケミカル飲料(塩見 久遠)

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    ミキとクラ♀。図書館に行く。気持ちは三木クラ♀。
    2023/01/15 twitterにアップしていたものです。ちょっと修正しました。

    魔法使いだってシンデレラを自分色に染め上げたい 最近、よく図書館に足を運んでいる。サラリーマンの友人が一緒にいることも多いが、今日は元悪魔祓いの吸血鬼である彼女と二人きりだ。
     その彼女はといえば、カウンターで手続き中だ。真剣な面持ちで用紙を記入している。自分の分の記入は既に終わっているので、目新しいものはないかと周囲を見渡しながら待つことにした。
     この街は吸血鬼が人口に占める割合が高いこともあって、夜間も利用できる公共施設が多い。妙な縁から行動を共にすることが増えた吸血鬼の友人は「ヨル、デモ、マチがネムルシナイ?」と驚いていたが、それも最初だけだ。今では慣れたようで、図書館や公民館によく出入りしている。夜間は吸血鬼の職員がいることも多く、知り合いも増えたようだ。
     ちなみに、すっかり常連となってしまったこの図書館は大学図書館である。シンヨコは学業機関も同様に夜間利用者が多い。きっと他市と比べても高校や大学の夜間コースが多く設けられていることだろう。更に、この大学図書館は在籍している学生だけではなく、この街の住人や職業人であれば利用者登録ができるのだ。市立図書館とは異なるラインナップは好奇心旺盛な彼女の心を惹きつけたようで、「トウロクのヤリカタ、オシエテクダサイ!」と日頃より高揚した口調でこちらを見上げた彼女の表情をよく覚えている。
     この大学図書館の特徴は何といっても地下の閉架の広さだろう。ここには日本語だけではなく外国語の図書も多く収められている。古典文学、各分野の専門図書、歴史書、はたまた娯楽雑誌など蔵書の分野は幅広く、何回分の人生があったら読み終えられるのか予想もつかないほどだ。ということで、自分も彼女に便乗してちゃっかり利用者登録をし、都合が合う時は一緒に足を運ぶことにした。
     ただし、閉架は基本的にその都度、利用申請をしなければならない。大学職員や一部の学生は職員証や学生証の提示だけで利用できるのだが、一般の利用者は用紙に氏名や目的、入退出時間を書く必要がある。それだけといえばそれだけなのだが、日本語で記入するのはまだ緊張するのか、彼女は閉架を利用したい時は自分か、もう一人の友人に声をかけることが多い。自分だって日本語以外で何か手続きをしろと言われたら心臓がバクバクするだろうし、こうして頼られるのも今だけかもしれないという気持ちから、よほどのことがなければ声掛けに応じている。ということで冒頭に戻る。

     「ミキさん、おまたせしました」
     用紙を持った彼女がこちらを見上げている。彼女は女性のなかでは高身長だが、自分と並ぶと頭一つ分くらい小さい。
     「いいえ、新しく入った本を見ていたので大丈夫ですよ」
     そう返しつつ、職員に二人して用紙を提出する。職員は「はーい、貴重品以外の荷物はロッカーに預けていってくださいね」と確認事項を伝えて、閉架に向かう階段に案内してくれた。閉架には貴重な蔵書も多く、紙とペン、携帯電話、財布くらいしか持ち込めないようになっている。自分は鞄を持ち歩く習慣がないので特に預けるものがないのだが、彼女はコートやトートバッグをロッカーに収めていた。そうしてすっきりした彼女の手にはロッカーのカギと小さなノート、ペンが握り締められるのみとなった。
     「ミキさん、イキマショウ」
     と幅の狭い階段を下りる。互いにヒールのある靴を履いているわけでもないのに、コツンコツンと音が響く。ここでは人間よりも蔵書の状態が優先されるのか、上階の開架よりも乾燥してひんやりしている。最初に来た時は寒がりの彼女には辛かろうと思ったのだが、好奇心は寒さを吹き飛ばしてしまうらしい。
     「ホン、タクサンアリマス!」
     「ワタシガヨメルホン、イッパイデス!」
     と書架の間を行き来し、懸命に声を抑えながら破顔する彼女を見て、彼女が表に出さない計り知れない苦労を感じたものだ。そして、本に没頭する様子を見守るうちに、尊敬の念も加わった。二百年前の聖職者とのことで、ギリシャ語やラテン語は必須教養として身に着けているのだろうと勝手に想像していたが、それ以外にも英語、フランス語、ルーマニア語、ドイツ語などなど、一体いくつの言語を習得しているのかと恐ろしくもなった。アジアの言語には馴染みがないようだが、欧州の言語であれば現代の読み物でも比較的楽に理解できている様子だった。ただ、インターネットなど現代技術に関してはそもそも知識が追い付いていないため、「ミキさん、コレハドウイウコトデスカ?」と質問されることになった。英語であればなんとかついていけるが、それ以外の言語で聞かれてもその単語自体が分からないため、辞書をいくつか介して現代知識を説明するという非常に難解なクイズ大会が現在までに繰り返されている。

     とはいえ、最近の彼女のお気に入りは二百年前と現代の物語を比較し、変遷について思いを馳せることなので、自分としても話についていきやすい。このきっかけは、公民館で子どもたちの読み聞かせの手伝いをしている際に、絵本の内容が自分の知っているものと違うと気付いたことらしい。その絵本というのが「赤ずきん」で、彼女の知っている「赤ずきん」はおばあさんの肉や血を食べさせられるし、猟師も出てこないため、「そんな怖い話を子どもにして平気なのか?」と心配になり思わず尋ねたようだ。ちょうど居合わせた職員が文学に造詣の深い人であり、童話の変遷について簡単に教えてもらったことで彼女の好奇心が刺激されてしまったということである。
     比較のためにはいくつかの時代と言語の本を選ばなければいけない。すっかり慣れた足取りで第一目的の書架まで辿り着く。しかし書架を見て彼女は渋い表情になった。そう、電動書架を動かさなければ目的の本が手に取れない。広大な閉架に効率よく蔵書を収めるために電動書架が導入されているのだが、彼女はこれが大の苦手なのだ。そしてその原因は自分である。別に脅かしたいとかそういう気持ちは全くなかったのだが、最初に電動書架の事故例を話して注意を促したところ、彼女には効果覿面だった。今日も往年の敵と対峙しているのかと思うような表情で立ち竦んでいる。しばらくしてから彼女がこちらを見上げてきた。
     「ミキさん、コレ、うごかしてください」
     手をぐーぱーと動かしながら困惑した表情で頼まれると、こちらも神妙になってしまう。そうして、
     「じゃあ、スイッチ押しますよ」
     と予告してからスイッチを押す。それでも毎度彼女はビクッと肩を震わせるのだが、服の裾をちょこんと握られているため振動が直接伝わってくる。これは、最初に青褪めさせてしまったことへの詫びと介護の気持ちを兼ねて、「動かす間に手でも握ってましょうか?」と提案したところから始まった習慣である。慎み深い彼女は勿論、自分の手を取ることはなかったが、「ウゴク、アイダ、おねがいします」と涙目で服の裾を掴まれては二つ返事でこの方法を受け入れるしかなかった。
     無事に書架を動かし、目的の本を手に取ると次の目的地へ移動した。そうして本を揃えると、閉架の脇に設置された閲覧スペースに向かった。隅に埃が積もってがたついた長机と妙に立派な椅子に並んで腰を落ち着ける。
     「今日はどの話なんですか?」
     「エーット、コレデス。サンドリヨン」
     そう言って彼女が開いたページには灰かぶりの少女のイラストが描いてあった。「サンドリヨン」、日本では「シンデレラ」として馴染み深い物語だ。
     「ワタシガシッテタノはコッチ。ペンタメローネとペロー。デモ、グリムはチョットわからない」
     「へー、グリムは初版から今までにかなり内容が変わってきてるみたいですよ。っていうか、俺が子どもの頃とも結構変わってるんですよね。なんか内容が残酷だからみたいですけど」
     「タシカニ、ワタシモ、アカズキン、コドモニキカセル、キイテオドロキマシタ」
     「俺もクラージィさんから聞いて驚きましたよ。そんな話だったと思ってませんでしたからね。今は色んな話が随分ロマンチックになっちゃってますけど」
     いつものように真剣に、しかし他愛なく会話が流れる。
     「っていうか、シンデレラも随分内容が違うんですね」
     「ソウデスネ、マホーツカイ、ドウブツ、マジカルパワーイロイロデス」
     「話の終わり方もこっちは結構エグイですね」
     「コウイウトキは、メガーってヤルデス?」
     「それ、誰の入れ知恵です?」
     「ドラルクとジョン君デス。コノマエ、イッショニ、ラピュタみました」
     「仲が良いようで何より」
     「はい!」
     そう言って本に視線を戻した彼女は、本当によくこの街に馴染んでいる。元々努力を惜しまない性質なのだろうが、交流関係が広がり、楽しめるものができたなら何よりだ。細い指でページを捲り、気になったことをノートに書きつける姿を見てそう思った。保護者でもないのに不思議な気分だ。

     この時間は楽しいが結構頭を使うので、ぼーっとしてしまうことがある。彼女の丸い眼を縁取る睫毛の長さや通った鼻筋、薄い唇になんとなく焦点を当てていると、ふと彼女と目が合った。
     「ミキさん、ツカレマシタ?」
     「少しだけ。あと、ガラスの靴って実際履いたら大変そうだなって思ってた」
     不躾に顔を眺めてしまった気まずさと、彼女の不安そうな表情を和らげたい気持ちがあって、ついおどけて返した。今やシンデレラの代名詞となったガラスの靴だが、世の女性の憧れでもあるらしい。目の前の彼女もそうだろうか。短絡的にそう考えたが、返ってきた答えは意外なものだった。
     「マホーがナイト、ムリデショウネ。ワタシダッタラ、モット、ウゴクシヤスイクツがイイデス」
     「そっか、でも珍しい靴じゃないと王子様が見つけてくれないですよ」
     「んー、ソウデスガ………」
     ガラスの靴は、実用性を好む彼女のお眼鏡に適わなかったようだ。しかし王子と結ばれるためには必要不可欠なアイテムだ。それこそ、義姉達は踵や爪先を切り落としてでも履こうとしたくらいには大事なものだ。なのだが、彼女にとってはそうでもないらしい。しばしの沈黙の後で、
     「プリンスがイナイとシアワセニナレナイ?」
     と返ってきた。これに対して呆気に取られつつも、
     「これだけが幸せじゃないと思うけど、いじめられてたシンデレラは、王子様と結婚して幸せに暮らしました、っていうのは分かりやすいんじゃない?」
     と答えるのが精一杯だった。童話ってそういうものだろう。分かりやすい幸せが書いてあるから憧れる。殆どの人はシンデレラにも王子様にもなれないが。
     そんなことを考えていると、彼女は真剣な表情でこう続けた。
     「ソレモシアワセデス。デモ、ワタシハ、プリンスをマッテルダケ、イヤデス。ジブンのコト、ジブンデヤリタイデス」
     最後まで聞いてみれば、とても彼女らしい主張だった。確かに、シンデレラは働き者で配慮ができて、美人で、動物とも友達になれるほど心優しい。しかし、王子様がいなければ幸せになれない。それはある意味残酷なことだ。それなら自分で自分の道を切り開けばいいというのも人を選ぶ考えではあるが、彼女には合っている気がした。
     「そうですね。いつ来るか分からない王子様を待つよりも幸せになれそうですね」
     彼女に同意すると、
     「ソウデショウ!」
     と嬉しそうにしていた。そして更に、
     「ナルナラ、マホーツカイのホウガイイデス。ナンデモデキルシ、ヒトノヤクニタテマス」
     と続けられた。これまた意外というか、彼女らしいというか。現実を生きる上で魔法使いの能力が一番役立ちそうという意味では同意できるが、それではロマンがないだろう。それに魔法使いというポジションには多少思うところがある。
     「魔法使いはすごいですけど、ちょっと都合よく使われてる感じもしません?」
     そう、誰かのために力を使って、それで退場。どの話でも魔法使いなんてそんなもんだ。主人公にはなれないし、主人公と結ばれることもないのだ。何故かいじけた感じになってしまったが、そう伝えると彼女は微笑んだ。
     その笑顔を見た瞬間、確かに、時が止まった。いつもはうるさい換気扇の音も聞こえなくなった。
     「ヒトノヤクニタツ、ダイジデス。ミカエリ、モトメル、シマセン。ソレニ、ミテクレルヒトイマス。ダカラ、ダイジョウブデス」
     そう言った彼女の背筋はしゃんと伸びていて、こちらを見つめる赤い眼は蝋燭のような温かさを秘めていた。彼女の言葉には説得力があり、あっさりと毒気を抜かれてしまった。そうやって生きてきて、今もそうしている彼女に言われるからこそ、腑に落ちるものがあった。
     「ははっ、そう言われると、魔法使いも悪くないですね」
     「デショウ。ソレニ、ワタシハ、ミキさんがマホーツカイミタイ、オモッテマス」
     「はい?俺が?」
     話が一段落したところで、思わぬ発言が追加された。そろそろ帰り支度をするかと思っていたが、そうではなかった。それどころか、
     「ハイ、サンドリヨンのマホーツカイ、ドレスとクツ、ヨーイシテクレマシタ。ワタシガキョウキテイル、フクとクツ、ミキさんがカウノテツダッテクレタデス」
     と得意そうな表情で、着ている服と靴を指差した。白いタートルネックのニットと黒いロングのフレアスカート、ストラップ付の茶色いパンプス。言われてみればそうだ。先日、冬服を選ぶのを手伝ってほしいと声をかけられて一緒に買い物に行った。ファッションには詳しくないので、冷え性ならこういう服の方が温かいのでは?くらいしか言えず、大した役には立っていないと思う。しかし、それでも彼女は、
     「ナニヲキタライイノカ、ワタシ、ワカラナイデス。ジブンでエランダラ、ヘンカモ、シンパイナリマス。デモ、ミキさん、ソウダンノッテクレタ、ワタシ、アンシンシマシタ。ミキさん、マホーツカッタデス」
     と言い切った。含みのない、純粋な感謝を伝えられては否定する気も起きず、
     「お役に立てたなら、良かったです」
     と返したが、自分の表情は今、どうなっているだろう。地下の閉架は肌寒いはずなのに、顔が妙に熱い。鼓動もいつもより早いし、何より隣に座る彼女に顔を向けられない。何を思春期みたいなことをしているんだと自分を叱咤する。お前の好みは年上だろう、そう言い聞かせたが、隣に座る彼女は生まれ年だけで考えれば自分より遥かに年上だ。どうしたことか、どんどん逃げ道が塞がれていく。いやいや、自分は魔法使いポジションだ。役目を終えたら舞台からはさっさと退場するのが道理であって、なんて一気に思考が脳内を駆け巡る。しかし、彼女の先程の発言を思い出した。「見てくれる人がいる」と。もしそれが本当なら、魔法使いだって舞台に立ち続けていいのではないか。脇役じゃなくてもいいんじゃないか。そう思ってしまった。
     急に黙り込んだ自分を心配したのだろう、彼女の手が自分の肩に置かれた。
     「ミキさん、グアイワルイ?サムイデス?」
     彼女の手の方がずっと冷え込んでいた。青白くて華奢で、少しカサついているのに柔らかい手だった。こちらが顔を上げると離れていってしまい、勝手に名残惜しく感じた。
     「すみません、心配させちゃって。大丈夫です。でも、時間だからそろそろ上に戻りましょうか」
     自分の腕時計を指差すと、彼女が覗き込んできた。そして、
     「モウコンナジカン!イソガナイト!」
     と慌てて帰り支度を始めた。閲覧した本は統計をとっているのか、書架に戻さず、専用のカートに置いて帰ることになっているので、電動書架に怯えることなく上階に戻ることができた。ロッカーから荷物を引き取り、カウンターで職員に挨拶をして図書館を後にした。

     外に出ると、夜も更けて外気はすっかり冷え込んでいた。どんなポンチが現れるか分からないため、よほどのことがなければ彼女の自宅近くまで送ることにしている。そのため、癖毛とマフラーで首回りがもこもこの羊みたいになっている彼女に歩幅を合わせて歩くのも慣れたものだ。
     「キョウモ、アリガトウゴザイマシタ」
     「いいえ、俺も楽しんでるので。いつでも声かけてください」
     「はい!デモ、ハヤクヒトリデダイジョウブにナラナイト、メイワクデスネ」
     思いもよらない言葉が耳に入った。真面目で思慮深い彼女のことだ、そう思うのも当然だが、ここで引き下がるわけにはいかない。
     「俺に気を遣わなくても大丈夫ですよ。用事がある時はちゃんと言いますし」
     「デモ、ミキさん、オシゴト、イソガシイデスヨネ?オヤスミ、デキテマスカ?」
     気遣いが仇になるとはこのことか、と肩を落としそうになったが、それならいっそ利用してしまえばいい。
     「だったら、今度俺の遊びに付き合ってみません?」
     「アソビ?ドンナコトデスカ?」
     相手の律儀さにつけ込むようだが、なりふり構ってはいられない。一歩踏み出すために今できることを手持ちの札から必死に探る。
     「じゃあ、今度、バイクでツーリングに行きませんか?」
     「バイク、ヒトリデノルモノデハ?ワタシ、ウンテンデキナイデス」
     「二人乗りも出来ますよ」
     「ナルホド。デハ、ゼヒ」
     「じゃあ、仕事のスケジュール分かったら、また連絡しますね」
     「はい、マッテマス」
     と次の約束を取り付けたが、自分の提案に吹き出しそうになってしまった。バイクってなんだ。どれだけシンデレラに引っ張られているんだ。まぁ、でも、カボチャを馬車に変えず、ネズミを御者に変身させもせず、自分でバイクを運転する魔法使いがいてもいいだろう。ここまで来たら開き直るしかない。
     そして、もう一つ、大切なことがある。夜風に負けず、スカートの裾をしっかり捌いて歩く彼女に声をかけた。
     「そうだ、バイクに乗ると風が冷たいので、ツーリング用の服も一緒に買いに行きませんか?」

                                          完
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    ケミカル飲料(塩見 久遠)

    DONEミキとクラ♀。クマのぬいぐるみがきっかけでミッキが恋心を自覚する話。クラさん♀が魔性の幼女みたいになってる。これからミキクラ♀になると良いねと思って書きました。蛇足のようなおまけ付き。
    2023/4/8にTwitterにアップしたものに一部修正を加えています。
    魔法にかけられて 「それでは、失礼します」
     深めに礼をして、現場を後にした。ファミリー層向けイベントのアシスタントということで、テンションを高めにしたり、予想外の事態に見舞われたりと非常に忙しかったが、イベント自体は賑やかながらも穏やかに進行した。主催している会社もイベント担当者もしっかりとしており、臨時で雇われているスタッフに対しても丁寧な対応がなされた。むしろ、丁寧過ぎるくらいだった。
     その最たるものが、自分が手にしている立派な紙袋だ。中には、クマのぬいぐるみと、可愛らしくラッピングされた菓子の詰め合わせが入っている。
     「ほんのお礼ですが」
     という言葉と共に手渡された善意であるが、正直なところ困惑しかない。三十代独身男性がこれを貰ってどうしろというのだろうか。自分には、これらを喜んで受け取ってくれるような子どもや家族もいなければ、パートナーだっていないのだ。そして、ぬいぐるみを収集、愛玩する趣味も持っていない。
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