ふれて、つないで 女性の手というものは、下から掬い上げるものだと思っていた。それは挨拶の一環だったり、エスコートの一場面だったり多岐に渡る。しかし、いずれであっても、非力なそれは仰々しく、恭しく扱うべきものと認識してきた。
それが今はどうだろう。目の前に差し出された手は確かに小さく華奢な造りをしている。しかし、こちらに掌を向けて勢いよく伸びてきたそれに、か弱さはまるで感じられない。その仕草は子どもが菓子を強請るようにも見えなくはないが、彼女に限ってそんなことをするとは思えない。
―では、この手が意味するところはなんなのだろうか?
目の前の青白い掌をじっと見つめるが、答えは見つからなかった。すると、彼女はこちらが何も反応を返さないことに痺れを切らしたらしい。もう一歩距離を縮めたかと思えば、
「恋人というのは、手を繋ぐものなのだろう?」
と言った。そして、柔らかい癖毛を揺らしてそっぽを向いてしまった。恥じらうような、不貞腐れるようなその仕草はどこか幼さを感じさせた。それでも、力一杯に差し出されたままの掌を酷く愛おしいと思った。
「そうだな」
そうして、彼女の掌に自分の掌を重ねた。すると、彼女の掌は視界から消えてしまった。それに、僅かにではあったが、彼女の腕が沈んだ。
慌てて手を離そうとすると、指先をしなやかな感触に包まれた。ひんやりとしていて遠慮がちだったそれは徐々に力強くなり、気付けばぎゅっと握り締められていた。彼女の掌に収められなかった親指と小指を所在なく動かしていると、彼女がくすりと笑い声を漏らすのが聞こえた。
それから彼女はこちらの指の形を確かめるように、何度も何度も華奢な指先に力を込めた。漸く解放された頃には、互いの体温がすっかり混じり合っていたほどだ。
「ありがとう」
そう言って口元を綻ばせた彼女に他意はなかったのだろう。恐らく、交際のステップを一つ上った、その程度の認識しか持っていないはずだ。
しかし、こちらとしてはそういうわけにはいかなかった。彼女の嫋やかな掌の感触を、冷えた指先に自分の体温が移っていく感触を一方的に味わうことになったのだ。果たしてこの行為を「手を繋いだ」と呼べるのだろうか。
答えは、否だ。
「こちらから触れても?」
満足そうな表情を浮かべている彼女にそう尋ねると、こくりと首肯が返ってきた。しかし、一転して目を伏せており、肩に力が込められたのは誰の眼にも明らかだった。
そんな彼女の手の甲に軽く触れてから、縮こまっているそれを解すようにして掌を重ね合わせた。体温はすっかり馴染んでいて、指先を軽く曲げると彼女の薄い爪の感触がした。そうして絡ませた指を根本まで下ろしていくと、不思議なことに彼女の指は反り返っていった。よくよく見てみれば、小さな手を目一杯広げて、こちらの指を受け入れようとしているではないか。握り込める力を一度弛めると、今度は彼女からおずおずと指を絡めてきた。その控えめな指先に笑みを零さずにはいられなかった。
短く切りそろえられた小さな爪を撫でていると、
「ノースディン」
と名前を呼ばれた。動きはそのままに視線で続きを促すと、彼女は視線を彷徨わせてから、
「……その触れ方は、その、少し、くすぐったいんだ」
と消え入りそうな声でそう言った。耳の先を僅かに赤く染めて恥じらう様は酷くいじらしい。しかし、ここが今の彼女の限界点のようだった。結局のところ「手を繋いだ」とは言い難い結果だが、無理を強いるつもりはなかった。そのため、
「そうか」
と答えて、絡ませていた指を解いた。すると、彼女が息を呑む音が聞こえた。
彼女の小さな手が更に小さくなってしまう前に、隙間なく掌を重ね合わせた。そして指先に軽く力を込めると、眼を丸くした彼女と目が合った。
「恋人は手を繋ぐものなんだろう」
そう告げると、彼女は頷いて華奢な指先をぎこちなく動かした。そうして絡められた指を握り込むと、彼女が安堵の息を吐いたのが分かった。
不器用で不格好な手の繋ぎ方だった。
それでも彼女は、
「やっと手を繋げたな」
そう言って微笑んでいた。
完