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    ケミカル飲料(塩見 久遠)

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    POIPOI 43

    私による私のためのアドベント企画です。
    根底はノスクラ。メインはクラさん。
    12/2~12/24までTwitter(X)に短編を1日1本アップしていきます。こちらにはそれを継ぎ足す形でアップしていきます。

    星降る夜の贈り物(2023年アドベント企画 ノスクラ)0

     「お前宛てに荷物を送った」
     そんな簡潔なメッセージが届いたのは数日前のことだ。そして、今、目の前には大きな段ボール箱がどっしりと構えている。側面に貼られたラベルをみるに、壊れ物らしい。
     カッターで傷を付けないように配慮しつつ、そっと蓋を開ける。すると、そこには真っ白な梱包材が存在を主張していた。当然といえば当然なのだが、肝心の中身を確認するべく、梱包材を取り払った。
     やっとのことでお目見えしたのは、木製の家だった。二つ折りにされた状態であり、小さな鍵がついている。その鍵を外して広げると、一から番号が記された面が並んでいる。箱の厚みを考慮するに、沢山の小箱が収められているのだろう。まるで、今自分が住んでいるマンションのようだと思った。
     とはいえ、こんなに立派なものを急に送り付けてきた理由はなんなのだろうか。見当もつかず、本人に直接訪ねるしかなかった。

     「あぁ、ノースディンか。私だ。今、話しても大丈夫だろうか。そうか。この前聞いた荷物が届いたんだ」
     ―無事に届いたのなら何よりだ。
     「そうだな。しかし、随分と凝ったものだが、これはアドベントカレンダーというものではないか?」
     ―なんだ、知っていたのか。
     「詳しくないが一応は」
     ―なら話は早い。この時期に丁度いいだろう。
     「私の勘違いでなければ、主に子どものためのものだと聞いたのだが」
     ―元々はそうだったな。だが、最近はそうでもない。何だってイベントのための口実になるのだからな。
     
     では、ノースディンも何か口実をつけているのだろうか。
     そんなことが頭に浮かんだが、聞いたところで素直に教えてくれるとも思えない。そうして、近況報告やら今後の予定やらを話しているうちに、会話の区切りがついてしまった。
     無理に聞かずともよいか、と思いながら通話を終えようとすると、珍しく彼から引き留められた。何かと思えば、
     ―あぁ、そうだ。箱は一日に一つずつ開けるように。気になるからといって、覗き見するんじゃないぞ。
     とのこと。まるで幼い子どもに言い含めるような口調に唖然としているうちに、通話は終了してしまった。

     結局、あいつは何がしたいんだ?
     何も分からないまま、目の前に佇む木製の家を眺めるしかなかった。


    1

     目が覚めた瞬間、
     「今日から待降節の始まりだ」
     と思った。
     長い眠りから醒めて以来、初めて迎える待降節である。人間だった頃と全く同じように過ごすわけにはいかない部分もあるが、やはり身の引き締まる思いがするものだ。
     とは言え、張り切って何か違うことをするわけではない。いつもと同じように身支度を整え、祈りを捧げる。
     それで良いと思っていたが、リビングに出向いたところで思い出した。ラックの上に鎮座している立派な木製の家である。どうしたものかという気持ちがないわけではないが、アドベントカレンダーであることには変わりないはず。自分にそう言い聞かせた。
     それでも、そわそわと、どこか落ち着かない気持ちを抑えながら、「1」と印字された小箱に指を掛けた。引き出したそれは軽くて、テーブルに置くとコトンと乾いた音がした。聞いた話では、アドベントカレンダーの中身はキャンディやクッキーといった菓子がほとんどだという。しかし、目の前の小箱には綿が詰まっている。困惑しながらも、そのふわふわとした白い塊を引っ張り上げた。
     そうして現れたのは、氷で出来た薔薇だった。いや、氷と見紛うようなガラスの薔薇だ。敷き詰められた綿のおかげで、それが淡い水色をしていることが分かる。触れたら溶けてしまうのではないかと思うほどに、繊細な造りをしていた。

     どう見ても、どう考えても、お遊びで済むようなものではない。

     いつもよりも早い鼓動を抑えつつ、携帯端末を操作した。
     ―どうした?
     「どうしたも何も、お前が送ってきたもののことだが」
     ―あぁ、楽しんでもらえたか。
     「おかげさまで」
     ―それは何より。……なぁ、クラージィ。あまり深く考えるな。ただ、楽しめばいい。
     「どういうことだ?」
     ―そのままだよ。分からなければ、それでいい。

     彼はそれだけ言って、通話を終了させてしまった。
     それでいいと言われても、立派な家に収められた沢山の小箱を見てしまえば、そうは思えなかった。
     イブの日までこんなに落ち着かない気持ちを味わうのだろうか。そう思いながら、掌の上の薔薇を眺めていた。

     本日の小箱:ガラスで出来た薄氷色の薔薇

    2

     「なるほど。クラさんとしては、ノースディンさんが何を考えているか分からない、贈り物をどう受け取っていいか困惑している、ということですね?」
     こちらの拙い説明に嫌な顔もせずに付き合ってくれた隣人は、ざっくりとまとめをしてくれた。その言葉に頷くと、食卓を共に囲んでいる二人は顔を見合わせた。その表情は苦笑いというに相応しかったが、何故そのような顔をするのか分からなかった。
     何か変なことを言ってしまったのだろうか。そんな心配が頭を過った時、
     「僕らが言うことじゃないかもしれないですけど、クラさんは色んなことを気にしないでいいんじゃないですかね?」
     と眼鏡の彼が言った。それに対して、七三分けの彼も深く頷いていた。
     「気ニシナイデイイ、デスカ?」
     「そう。多分ですけど、ノースディンさんは、クラさんに現代を楽しんでほしいって思っているんじゃないでしょうか」
     「楽シム、デスカ…」
     「そうそう。現代は何でもあり、というか、堅苦しくならなくてもいいっていう感じですかね?」
     二人の言葉は昨日のノースディンの言葉にも通じるところがあった。
    アドベントカレンダーについても知識としては持っているが、経験はない。ならば、現代の文化を学ぶという名目でイベントに乗じてしまっても良いのかもしれない。
     そう思うと、心が少し軽くなった。

     帰宅後、「2」と印字された小箱を引き出した。昨日とは異なり、綿が敷き詰められていることはなかった。代わりに、シンプルな包み紙がお目見えした。手に取ってみると、中でカシャリと音がした。壊れ物でなければいいのだが、と心配になりながら包みを解いた。すると、現れたのは薄いピンクや水色、クリーム色の楕円形だった。
     ドラジェだ。あの頃よりも綺麗な形をしている。長い時間をかけて、遥かに洗練されてきたのだろう。
     それでも、懐かしさが一気に押し寄せてきた。
     行儀が悪いことを承知で、立ったまま一粒口に運んだ。
     舌に乗せたそれは酷く甘くて、歯を立てるとパキリと小気味よい音がした。

     本日の小箱:ドラジェ(糖衣掛けアーモンド)

    3
     街中がとにかく眩しい。元より眠らない街であるのに、十二月に入ってからはより一層輝きを増している。
     街路樹に巻き付いた色取り取りの電飾、道行く人を導くようにして並び立つアーチ、橇を引くトナカイ達とそれらを率いる赤い服を着た老人。その他、数えきれないほどの光の造形物が立ち並んでいる。
     見ているだけでもどこか落ち着かないような気持ちにさせる華やかさだ。それでも現代人はこれらを見るだけでは飽き足りないらしい。恋人と思わしき二人組も、家族連れも、大きなカメラを構えているあの人も。あちこちからパシャパシャとシャッターを切る音が響いてくる。
     なんとなく居たたまれない気持ちになり、帰路を急いだ。

     玄関のドアを開けると、真っ暗な空間が広がっていた。思わず安堵の溜息を吐いてから、街の眩しさに疲れていたことに気付いた。電灯を点ける気にもならず、そのまま歩を進めた。
     それでも吸血鬼の眼は便利なもので、室内の様子くらいなら分かってしまう。カーテンの隙間から月明かりが差し込んでいることもあり、難なく木製の家の前に辿り着くことができた。
     「3」と印字された小箱を引き出した。何か輪のようなものが見えたため、箱をひっくり返して掌で受け止めた。軽くて乾いた感触がくすぐったかった。視線を手元に落とせば、そこにあったのはリースだった。月明かりを受けて艶やかに光っているのはセイヨウヒイラギの若葉だろう。
     そして何より目を引いたのは、その実だった。つやつやと丸くて真っ赤で、薄明りのなかで燃えているようだった。
     その二つの実をじっと見つめていると、まるで誰かと目が合ったような心地がした。

     本日の小箱:小さなリース

     クラージィは小さなリースを木製の家の屋根にそっと飾った。

    4

     街を歩けば、そこかしこから明るい音楽が聞こえてくる。どうやら「クリスマスソング」というものらしい。讃美歌そのものであったり、讃美歌を模したものであったり、全く関係のないものであったり、その幅は非常に広い。
     それにしても、いずれもアップテンポで陽気である。煌びやかな鈴の音に耳を傾けていると、クリスマスというものが知っているようで全く別のイベントと化しているのだと感じられた。
     鼻の赤いトナカイが活躍する歌には心を動かされたが、それでもどこか寄る辺なさがまとわりついていた。そんな、ほんのわずかな寂寥感とともに、繁華街を後にした。

     帰宅するなり、木製の家が目に映った。自然と視界に入りやすいところに置いてしまったと気付いたのは最近のことだ。
     「4」と印字された小箱を引き出した。中には薄く綿が敷いてあり、そこに鎮座していたのはトランペットだった。金色に鈍く光るそれは、持ち上げてみると非常に軽かった。これもまた木製なのだろう。指先で摘まんだそれは、どこか温もりを感じさせた。
     ―このラッパでは終末を告げられそうもないな。
     そんなことが頭を過ったからだろうか。ふと口ずさむものがあった。

     “Conditor alme siderum. ”

     長い眠りより醒めてから知ったことだが、吸血鬼であっても讃美歌を歌えるらしい。それでもいつか何か起こるのではないか、という不安があった。そのため、日常では祈りこそすれ、讃美歌や聖句をそのまま口にすることは少なかった。
     それがどうだろう。一節口ずさんだところで何も起こらないではないか。
     その事実を噛み締めながら掌のラッパを軽く握り込むと、ほんのりと熱が伝わってくるような気がした。
     それから、宵闇に溶かすように、そっと続きを紡いだ。

     本日の小箱:木製のトランペット

    5
     街のどこかしらで赤い服を着た老人を見かけるようになった。
     どうやら、サンタクロースというらしい。元を辿れば「聖ニコラウス」とのことだが、随分と気前の良い好々爺に仕立て上げられたものだ。
     「その年、良い子にしていた子どもにプレゼントを届けてくれる」
     子どもへの教育という側面もあるのだろう。とはいえ、良い行いをしていれば報いてもらえる、と多くの子どもが認識している世の中は幸せだとも思う。
     平和な街並みをどこか他人事のように眺めていると、ふと彼からの贈り物が頭に浮かんできた。
     『一日に一つずつ開けるように』
     なんて手の込んだことを仕込んで、何をしようとしているのか。やはり分からない。
     イブの日を迎えるまで先は長いというのに、どうしたことだろう。
     とはいえ、小箱に収められているのは、どこか懐かしさを感じさせるものでもある。
     そう考えれば、肩の力を少しくらいは抜いても良いような気がしてきた。

     帰宅してから、「5」と印字された小箱を引き出す。その中身を覆っている包み紙を剥がしてみると、雪だるまが姿を現した。マジパンらしい。食べるのが勿体ないくらい可愛らしいのだが、これは彼が作ったのだろうか。
     市販品である可能性が大いに高いのだが、美丈夫たる彼がこの菓子をせっせと作っているところを想像してみると、どうにも堪らない気持ちになってしまった。
     もし自分が子どもであったなら、我が家に訪れるサンタクロースは青い髭を生やしているのかもしれない。そんな想像までしてしまった。

     本日の小箱:雪だるまのマジパン。青いマフラーを巻いている。

    6
    「つまり、あの髭が何を考えているのか?ということですな」
     眉間に皺を寄せた華奢な吸血鬼はそう言った。
     今日の出会いは、街中で重たそうな買い物バッグに押し潰されて砂になりかけているところを救助したことから始まった。彼の住処までの道すがら他愛のない話をしていたのだが、ふとした思い付きで彼からの贈り物について尋ねてみた。
     すると先述の答えが返ってきたわけである。彼は苦々しい表情をしていたが、不機嫌というわけではなさそうだった。
     額に手を当てて、何か考え込んでいるような、思い出しているような仕草をしていたかと思えば、パッと顔を上げた。そして、
     「まぁ、あの人も一度決めたら頑として譲りませんからね。嫌でなければ付き合ってやれば良いのではないですか?」
     と何でもないように言った。
     果たして、そのように好意に甘えてばかりで良いのだろうか。そんな考えが頭を過ったが、それも彼には見透かされていたようだ。
    今でも変わらず悪戯好きの彼は、細い眉毛を片方だけグイッと釣り上げて笑いながらこう続けた。
     「いいんですよ。それで。それに、貰えるものは貰っておきなさい」

     不思議なもので、彼からそう言われると「そういうものか」という心持ちになった。
    帰宅し、それとなく楽観的な気持ちで小箱に指を掛けた。早いもので、もう六つ目だ。
    中を覗けば綿が敷き詰められている。ふわふわの綿に包まれたそれは、ガラスでできたコマドリだった。
     電灯に翳すと、赤に似た橙色がキラキラと透き通っていた。ひんやりと冷たいのに、今にも歌い出しそうな小鳥に心が解けるような心地がした。

     本日の小箱:ガラスのコマドリ

    7
     「では、当日のお越しをお待ちしております」
     街頭で営業スマイルを振りまく彼を見かけたのは偶然だった。そういえば、十二月は仕事の書き入れ時なので、いつもに増して忙しくなると先日話していた。
     邪魔をしてはいけないと思ったが、彼の方がこちらに気付き、手を振ってくれた。客足も途切れたようだったため、彼の元に足を運んだ。
     聞けば、二十五日に向けてクリスマスディナーの予約を請け負っているとのこと。自分には馴染みのない習慣だが、日本では聖夜に鶏を食することが定番らしい。
     オーブンで香草と共に焼かれた大きな鶏と、クリームたっぷりのケーキ。
     話を聞いているだけでも、それらが美味であることは容易に想像できた。そんな食い意地を顔に出してしまっていたのだろうか。三木から、
     「気になるなら予約してみますか?」
     と微苦笑とともに提案されてしまった。
     気にはなるが、一人で消費できるものなのだろうか。ふとそんなことを思ったが、それすらも見透かされていたらしい。
     「クラさんなら多分一人でも食べられますよ。それに、誰かと分け合ってもいいんじゃないですか?」
     と続けられた。その言葉ですぐに脳裏に浮かんだ人物がいた。とはいえ彼が応じてくれるのか。自信をもって断定することはできなかった。
     しかし、駄目だったとして、その時はその時でなんとかなるような気もした。
     こんなに楽観的で良いのだろうか、と内心では苦笑に塗れていたが、決めてしまえばすぐに行動に移すべきだと思った。
     自分が注文するのに適しているものは何か。それを三木に相談すると、すぐさま答えが返ってきた。
     チキンにオードブル、それに、小さなホールケーキを予約することにした。受け取りの日付と時間が記された紙を手渡されると、なんだかワクワクするような心地がした。
     去り際に三木から、
     「心配いらないですよ。もしかしたら、足りないって思うくらいかもしれないです」
     と声を掛けられた。その励ましが嬉しかった。

     就寝前、馴染みになってきた小箱を引き出した。これまた中身は綿に守られている。
     お目見えしたのは、小さなティーカップとソーサーだった。陶磁器でできているのだろうそれらは、指先に乗せられるほどのサイズとは思えないほど、精巧な造りをしていた。
     これに紅茶を淹れれば、さぞかし美味しくみえるだろう。
     そう思ってしまうと、就寝前だというのに、すっかり紅茶が恋しくなってしまった。
     寝付きが悪くなってしまう、と悩んだ時間は短く、次の瞬間には台所へと足を向けていた。
     薬缶に水を注ぎながら、棚に並んだ茶葉の缶を眺めてみた。
    どの茶葉にしようか、だなんて、贅沢な悩みである。

     本日の小箱:陶器でできたミニチュアのティーカップとソーサー。白磁に青と金が映える。

    8
     「よぅ!久しぶりだな!」
     深夜だというのに明るい街で出くわしたのは、ピンク色の着物の男だった。
     「ケンサン!オ揃イデスネ!」
     彼の後ろには彼の弟だという二人がいた。いつもと違うのは、次男だという彼がコートを着ていること、何やら三人揃って困っているらしいということだ。
     「オ困リデスカ?」
     そう尋ねると、着物の男は、
     「実はな…」
     と事情を説明してくれた。
     曰く、彼らの妹のためにクリスマスツリーを購入することになっていたのだが、役割分担をせずに決めたために、各々がツリーを購入してしまったとのこと。
     そんな彼らの足元には、立派なモミの木が大中小とサイズ展開されていた。
     「そうだ!こいつをもらっちゃくれねぇか?」
     三人と共に植木鉢を見つめていると、着物の男が妙案とばかりにそう言った。他の二人も「珍しくまともなこと言うじゃん」「愚兄にしてはマシな意見だな」と頷いている。
     勝手に話が進んでいくが、ここで自分が引き取らなければこの木はどうなってしまうのかと考えると、反発するのも憚られた。
     小さいものであれば我が家でも育てられると思い、代金を払おうとしたのだが、断られてしまった。曰く、引き取り手が決まっただけでもありがたいのだということ。
    とはいえ、それではこちらの気が済まなかった。せめてものお礼に即席ではあるが、氷で作った薔薇を手渡した。
     すると、
     「すげぇな!よく出来てるじゃねぇか!」
     「これ、あっちゃんが喜びそうだね!」
     と思いの外、褒められてしまった。オールバックの彼も「これは中々…」と頷いている。そんな物々交換をして、それぞれ帰路に立った。

     三兄弟から貰ったモミの木はまだまだ背が低く、鉢植えも両手で包めるほどだった。室内を見渡し、どこに置くべきか思考を巡らせる。
     すると、視線が吸い寄せられるようにして向かった箇所があった。
     そう、件の家である。
     試しに隣に置いてみると、モミの木の濃い緑色が綺麗に映えた。まるで誂えたかのようなマッチングに、我ながら良い仕事をしたと感心してしまった。
     新しい仲間の居場所が決まったところで、今日の分の小箱を開封していないことに気付いた。
     「8」と記された小箱から出てきたのは、クルミの殻だった。細い紐がついており、殻の中にはこれまた小さな兵隊が収められている。黒い帽子に赤いジャケット。綺麗に並んだ歯をみるに、くるみ割り人形なのだろうか。
     そういえば、人形に魂が宿って動き出す、そんな話を人間だった頃に聞いたことがあるような気がする。あれはクリスマスの物語だっただろうか。
     今度、図書館に行ったら調べてみよう。
     頭の中の「やりたいことリスト」を更新しつつ、オーナメントをモミの木に飾り付けた。

     本日の小箱:クルミの殻で出来たオーナメント。中にはくるみ割り人形が佇んでいる。

     木製の家の横に小さなモミの木が加わった。

    9
     「ヌヌヌヌヌン」
     何者かに呼びかけられたが、振り返ってみても姿は見えなかった。気のせいかと思い、再度前を向くが、
     「ヌヌヌヌヌン!」
     これまた自分を呼び止める声が聞こえてきた。声の出処を探していると、足元で裾を引かれる心地がした。そうして下に目線を向けると、丸い生き物がいた。
     「これは失礼。ジョンだったのか」
     「ヌン!」
     そう、顔なじみのアルマジロである。周囲を見回しても、彼の主人の姿は見つからなかった。どうやら一玉で行動しているらしい。
     「一体どうしたんだ?何か困りごとでも?」
     そう尋ねると、彼はとある方向を指差した。
     つられて視線を向けると、そこにあったのは屋台だった。
     小麦粉のふんわりとした生地に餡子やカスタード、チョコレートなどが包まれた、あの菓子である。
     「ヌヌヌヌヌン」
     真剣な表情をした彼に名前を呼ばれた。先日会った際に、彼の主人はダイエットやら運動やらに頭を悩ませていたような気がするのは、記憶違いだろうか。いや、間違いない。それに、今の時間を考えれば、夕飯前である。どうしたって、買い食いをしている場合ではない。
     そう思うのだが、
     「ヌー……」
     と寂しそうな表情をされると、どうにも罪悪感に苛まれてしまう。それでも厳しく言うべきか、どうしたものかと考えていると、ふわりと甘い匂いが漂ってきた。
     ―くぅ
     耳聡い彼はこちらの腹の音を聞き逃さなかったらしい。
     「ヌヌヌヌヌン」
     黒い眼がじっとこちらを見つめてくる。
     「……分かったよ。ただし、半分こ、で手を打ってはくれないか」
     わずかばかりの抵抗ではあったが、彼にとっては十分だったらしい。意外にも俊敏な動きをみせる彼の後を追うことになった。
     たまには共犯というのも悪くないのかもしれない。

     本日の小箱:金色のベル。小さなモミの木に金色がよく映える。

    10
     現代の物流の発展は凄まじいもので、今やどこにいても世界中からありとあらゆるものを取り寄せることができる。
     それはシンヨコも例外ではない。便利な世の中になったものだと感心しながら、輸入食料品店を後にした。
     購入したのは赤ワインである。自分にとっては非常に馴染みのある飲み物だ。どんなに寒い冬の夜でも、温めたワインを飲めば乗り越えられたものだ。
     そんな冬には欠かせないワインであるが、現代では数えきれないほどの種類があるようだ。瓶詰された時点で果物の風味が付いたものやスパイスの効いたものもあり、現代ではなんでも手軽になっているのだと改めて実感した。

     吐く息の白さに季節を感じながら、少し重たい荷物を抱えて歩いた。自宅に着いて、スイッチを一つ押す。それだけで部屋は温まり始めるのだから、便利ではあるのだが、どこか不思議な感覚もするのである。
     もしかすると、これは寂しさなのかもしれない。
     ふと、そんなことを思った。そう気付いてしまうと、妙に納得のいくもので、思わず笑ってしまった。
     二百年も眠っていて、気が付いたら世界は様変わりしていたのだ。寂しさを感じたところで何もおかしなことはないだろう。そんな開き直りに近い考えすら湧いてきた。
     ならば郷愁に駆られて馴染みのやり方でホットワインを作ってもよいのではないか。
     ということで、買ってきたばかりの赤ワインのボトルを持って台所へと向かった。ミルクパンに赤ワインを注ぎ、シナモンスティック、クローブ、オレンジピールを投入した。そして最後に蜂蜜を一垂らし。
     くつくつと煮立ってくると、懐かしい匂いがふんわりと広がった。赤い液体をマグに注げば、うっすらと湯気が立ち上っていく。冷えた両手を温めるのにこれほど最適なものがあるだろうか。
     そんな幸福を感じながらリビングに向かった。次いで、忘れないうちに小箱を引き出した。すると、中に入っていたのはキャンディだった。濃い紫色をしているところをみるに、ブドウ味なのだろう。意外なタイミングで彼と気が合ってしまったことに、これまた笑みが零れたのだった。 

     本日の小箱:ブドウ味のキャンディ

    11
     「性なる夜、だなんて、エッチが過ぎます!」
     「やらしいサンタのお姉さんに水着で迫られたい!」
     河原を歩いていると、草むらから邪極まりない叫びが聞こえてきた。何事かと思い、声の主を見つけようと視線を巡らせると、そこには不思議な形をした何かが見えた。
     そう。「何か」としか言いようがなかった。言葉を発しているので生物だとは思うが、果たして何に該当するのか分からない。「誰」と言うべきか、「何」と言うべきか。そこから判断に困ってしまった。
     なので、とりあえず通報することにした。シンヨコで困ったことがあれば、まずは「退治人か吸退を呼んだ方が良い」とは市民なら誰でも知っていることである。

     その結果、不思議な何かは吸血鬼であるということが分かった。また、彼の邪な叫びは常習的なものということも明らかになった。今回はまだマシな方だったとのことで、駆け付けた退治人達からは注意を受けるのみで済んだようだった。
     彼は彼でそのような扱いを受けることにも慣れているのか、特段気にした様子もなかった。そして、
     「はぁ、いつかエッチな水着を着たサンタさんに会いに行きたいものです…」
     なんて物憂げな表情をしていた。
     そんな彼に、妄言極まりない、と半ば衝撃を受けていると、周囲の人間は、
     「それなら南半球に行けばいいだろ」
     と事も無げに返していた。
     これには、本当に驚いた。聖ニコラウスがサンタクロースになり、善良な老爺として世界中に知られていることは既知である。しかし、冬に活動する老人に水着を期待するとは、これ如何に。相当に特殊な性癖であるとしか思えないのだが、現代人にとっては普通のことなのだろうか。
     そんなことをぐるぐると考えていると、退治人達から心配されてしまった。恐る恐る質問してみると、
     「まぁ、あいつは特殊性癖もなんでもありですけど、水着を着たサンタは一応いますよ」
     「南半球はクリスマスシーズンが夏だから、サーフィンとかもするみたいですよ。それで、浜辺にはサンタコスの水着のおねーさんがいるんですって」
     とのこと。銀髪の彼もポンチョを着た彼も「俺達も詳しいことは分かんねーですけど」と濁していたが、最早それらを気にするどころではなかった。

     それから、なんとかしてその場を離れたが、現代文化の発展に久しぶりに恐ろしさを感じた。
     ふらふらと覚束ない足取りで我が家を目指しながら、自宅にある木製の家を思い浮かべた。
    懐かしさと温かさを感じさせてくれるそれを、堪らなく恋しく思った。

     本日の小箱:ドライフルーツがふんだんに練り込まれたクッキー。しっとりしていて優しい味がする。


    12
    「サンタさんにお手紙を書かなきゃね」
     街ですれ違った親子の会話がきっかけだった。
     流石にサンタクロースに手紙を書こうとは思わないが、クリスマスカードというのは興味深い習慣だと思った。

     そんなわけで、大きな書店に足を運ぶことになったのである。
     可愛らしいサンタクロースや厳かに微笑む天使、それらを心待ちにしている子どもたち。そんな心温まる光景が描かれたカードが陳列されている。
     時代や文化が違えば受け止め方も随分と変わるものだ、と思いながらそれらのカードを眺めていた。
     そんな時、一枚のカードが目に留まった。
     そこに描かれていたのは一面の雪景色と針葉樹だ。そして、朝日が降り注ぎ、その光を受けた樹氷がキラキラと輝いている。
     そんな光景だった。他のものと比べると地味とも呼べそうだが、自分はその光景にすっかり惹き付けられてしまった。
     迷いなくその一枚を手に取り、レジに向かう。

     ―さて、あいつに何を書こうか。


     本日の小箱:レース編みの赤い靴下。白いポンポンが可愛らしい。

    13
     なんとなく、全てが上手くいかないように感じる一日だった。
     大きな失態をしたわけでもない。周囲と衝突したわけでもない。
     それでも、心のどこかで、
     「あの時はこうすれば良かったんじゃないか」
     「どうしてこうしなかったんだろう」
     と思うことばかりだ。

     仕事から帰宅しても堂々巡りの考えは止まらなかった。本日、何度目か分からない溜息をついたところで、ふと木製の家が目に留まった。
     ―そういえば、今日はまだ開けていなかったな。
     最早習慣になりつつあるが、本日分の小箱をそっと引き出した。

     中に入っていたのはハーブティーだった。半透明のティーバッグ越しにも濃い紫と淡い黄色が鮮やかに映った。袋を開けると慣れた香りがふわりと広がった。ラベンダーとカモミールだ。
     のろのろしながら湯を沸かした。沸騰した湯をマグに注ぐと、ティーバッグからゆらゆらと淡い色が広がっていった。
     灰色に似た色の水を口に含むと、肺が広がっていく心地がした。そうして大きく息を吐いた時、やっと呼吸ができたような気がした。
     人心地つくと欲が出てくるもので、彼の声が恋しくなった。迷ったのはほんの僅かな時間で、気付けば携帯端末を指でなぞっていた。

     ―こんな時間にどうした?
     いつもなら連絡しないような時間にもかかわらず、彼は応えてくれた。
     それがどうしようもなく嬉しくて、言葉に詰まってしまったのだった。


     本日の小箱:ラベンダーとカモミールのハーブティー。懐かしくて安心する匂いがする。

    14
     公園の前を通りかかった時のことだ。数人の子どもたちが縒れた紙の束を片手に顔を突き合わせていた。なんとなく足を止めて観察していると、どうやら劇の練習をしているのだと気付いた。
     ぎこちない身振り手振り、覚束ない立ち位置移動、抑揚のない台詞。
     お世辞にも上手とは言い難いが、子どもたちが懸命に練習をしている様は微笑ましい。
     それに、練習している劇が主の誕生を題材としているのだと気付いたことも大きかった。たどたどしくも懐かしさを感じさせる台詞に耳を傾けていると、心が凪いでいくような心地がした。

     一段落ついたであろうところで、思わず拍手を送っていた。するとそれに気付いた子ども達は、恥ずかしがったり喜んだりと反応は様々だった。
     「頑張ッテクダサイネ」
     と伝えると、照れながらも「ありがとう!」と返してくれた。
     そして、去り際には、
     「おじさん、良かったら、観に来てね!」
     とチラシまで渡してくれた。

     行儀が悪いとは思いつつ、歩きながらチラシを眺めた。教会で行われるのであれば、今の自分が足を運んでいいものか迷うところである。しかし、幸いにも会場となるのは近所の商店街の特設ステージのようだ。
     また一つ、新たな楽しみが増えたことに感謝しよう。

     本日の小箱:キャラメリゼされたナッツが練り込まれたチョコレート

     クラージィは自宅の冷蔵庫にチラシを貼り付けた。

    15
     「おや、モジャさんじゃないですか」
     「ヌー!」
     夜の街を歩いていると、一人と一玉に出くわした。「丁度いい。今日は良いものがあるんですよ」なんて誘われるままに辿り着いたのは、ロナルド吸血鬼退治事務所だった。
     当の所長はといえば、原稿に追われているらしい。PC画面を睨みつけたかと思えば、突然スクワットを始めたり、机の引き出しの開け閉めを繰り返したりしている。何事かと驚いたが、ドラルク曰く、この程度では奇行と呼べないらしい。
     「まぁ、原稿ゴリラは置いておいて、こちらへどうぞ」
     そうして通された先で振る舞われたのは、透き通った紅茶とつやつやしたアップルパイだった。
     「さぁ、どうぞ。召し上がれ」
     そう言われるがまま、ティーカップに手を伸ばした。口に含んだ紅茶は香り高く、外の寒さを忘れさせてくれた。アップルパイをフォークで突けば、サクッと音を立てて生地が崩れ、トロトロの林檎が流れ出てきた。二つの食感が口のなかで混ざり合って、いつまでも飽きがこない代物だった。
     彼は自分で食べることがないというのに、よくもこれだけ丁寧に作るものだ、と感心してしまった。当の彼はというと、
     「ジョン、これは五歳児の分だからね。食べてはいけないよ。おかわりも控えておきなさい」
     と大きな一切れを白い皿に移しながら、既に自分の皿を空にしたアルマジロに言い聞かせていた。しかし、そう言われると、余計に手を出したくなるのだろう。丸々とした一玉は、
     「ニュ~ン」
     と上目遣いにおねだりの姿勢をとっていた。とても可愛らしい。
     それでもドラルクは彼の健康を気遣ってか、毅然とした対応をしていた。主人として、健康を預かる身としては正しい選択なのだと思う。しかし、徐々にしおらしくなっていくアルマジロを見ていると、憐憫の情が湧いてきてしまうのだった。そのため、つい、
     「少しくらいならいいんじゃないか?私が急に来たから取り分が減ってしまったんだろう?」
     と声を掛けてしまった。すると、アルマジロは味方を得たとばかりに強く頷いていたが、主人の方はそうではなかったらしい。こちらを見据えて、
     「いいえ、そんなことはありませんぞ。ジョンの摂取カロリーを考えての量です。それに、パイ自体は大量に作ってありますからね。どうせロナルド君が沢山食べるんですから」
     ときっぱり言い切られてしまった。
     そこまで言われては仕方がない。ジョンには申し訳ないが、これ以上の援護射撃は彼にとっても良くないものになってしまうのだろう。そう思ったところで、
     「全く、あなたまでジョンを甘やかすなんて…。あ、先日、ジョンが夕飯前に何か食べて帰ってきましたが、もしかしてあなたが関係しています?」
     と思わぬ方向から矢が飛んできた。まさかそんなことを聞かれるとは思ってもおらず、
     「え?いや、私は…」
     と言葉を濁してしまった。すると、ドラルクの小さな瞳孔がカッと開いた。
     「やっぱり!ジョンが宇宙一可愛いのは自明の理ですがね、健康管理という視点も持ち合わせて頂きたいものでして…」
     お説教モードに突入しそうな気配に、アルマジロとともに慌てふためく。しかし、共犯関係は事実であり、説教も甘んじて受け入れるしかない。
     そう思ったところで、ガチャリとドアの開く音がした。一斉にそちらに視線を向ければ、家主が顔を覗かせていた。
     「うわっ!みんなしてなんだよ。あ、クラージィさん、お久しぶりです。何のお構いもせずにすみません」
     「イエ、コチラコソ、オ邪魔シテイマス」
     そんな挨拶を交わしていると、ドラルクの溜息が聞こえた。横目に見た彼は両手を広げて、首を横に振っていた。まさに「やれやれ」といった風情だ。
     「来客にやっと気付いたのか。それでも所長かね。まぁ、仕事の出来る男である私がもてなしていたので何も問題はないから安心したまえ」
     「お前いちいちそういうこと言わないと気が済まねぇのかよ、腹立つなぁ。……まぁいいか。それより、腹減った。美味そうな匂いするし、俺も食べたい」
     「そう言うと思って君の分は確保してあるよ。そこのマジロが狙っているから早くするといい」
     「ジョ~ン!ジョンのためなら喜んで差し出すぜ!」
     「だから!そうやって際限なく食べさせるようとするのをやめろって、何回言ったら理解できるのかね?!」
     気付けば風向きがすっかり変わっていた。
     それから、人間と吸血鬼とアルマジロと、すっかり仲良くおやつを堪能したのだった。

     思いがけず楽しい時間を過ごし、身も心も温かいまま帰宅した。心地よい気分で木製の家の前に立ち、小箱に指を掛けた。
     すると、中から出てきたのは、トナカイだった。レースで編まれており、よく見れば角の色は体色と異なっていた。
     これは彼の手製なのだろうか。レースに限らず、彼が編み物をしているところなど見かけたことも、話にも聞いたことがない。それでも、丁寧で編目の揃ったトナカイを見ていると、不思議と製作者は彼だろうと確信めいたことを思ってしまうのだった。

     本日の小箱:レースで編まれたトナカイ。立派な角がついている。モミの木の上だって駆け回れるかもしれない。

    16
     職場の同僚からとある菓子を貰った。
     それは白くて丸いクッキーだった。口に入れるとほろりと溶けて、ほんのりとした甘さが舌の上に残った。
     名前を聞けば、『スノーボールクッキー』と言うらしい。
     なるほど、と思いながら、指先に付いている柔らかい粉砂糖を見つめた。すると、この菓子を気に入ったと思われたのか、その同僚は、
     「このクッキー、意外と簡単に自分で作れちゃうんですよ」
     と言って、レシピまで教えてくれた。携帯端末の通知から情報を辿ってみれば、確かに自分でも作れそうだと思った。
     しかし、我が家に泡だて器やオーブンの類はない。料理好きのお隣さんならば持っているだろうか。善は急げ、ということで、すぐに眼鏡の彼にメッセージを送った。

     「泡だて器、オーブン、モッテマスカ?ツクル シタイモノ アリマス。カシテ ホシイデス。オレイハ ちゅーる イカガデショウ」

     メッセージを打ち込み終えると、ちょうど休憩時間も終わる頃合いだった。退勤する頃には返事が来ているといいなと思いながら、携帯端末をしまっておうとすると、軽く振動を感じた。
     画面をみると、そこにはコミカルな猫が親指を立てるイラストが表示されていた。

     帰りにスーパーに寄って材料を揃えなければ。
    先程見たレシピの材料を思い返しながらスタッフルームを後にした。楽しみができると、労働への意欲も増すものだ。
     先程よりも気合を入れて、エプロンの紐をギュッと結んだ。

     本日の小箱:木製の林檎。真っ赤で艶々している。

    17
     ふと、木製の家とその横に佇むモミの木を見つめてみた。その周辺にはガラスのコマドリやミニチュアのティーカップなどが並んでおり、随分と賑やかになったものだ。
     その一方、モミの木はといえば、クルミの殻のオーナメントやレース編みの靴下・トナカイなどが飾り付けられている。それなりの大きさのものが飾り付けられているため、寂しさは感じられない。しかし、賑やかとは言い難いのだ。
     物足りなさの理由を探るために、街で見かけたクリスマスツリーを思い起こしてみる。
     煌びやかな電飾、色鮮やかなオーナメント、ツリーの周囲をも巡るオブジェ、などなど。確かにそれらは華やかさを演出しているが、自宅に必要かと問われれば、否である。
     では、何が物足りなさを感じさせるのか。
     もう一度、目の前のモミの木をみつめてみる。そうしていると、とあるものが足りないことに気付いた。
     雪である。
     何故もっと早く気付かなかったのだろうか。屋外のツリーはともかく、室内のツリーには大抵の場合、白い雪が付随していたのだ。
     我が家のツリーにも纏える雪はないものか。そう思った時、隣に構える木製の家が視界に飛び込んできた。
     この中に、ちょうどよいものがあるではないか。
     小箱を引き出し、中を覗けば、今まさに求めているものが詰まっていた。
     そう、ツリーを彩るオーナメントを守ってくれていた白い綿である。
     白い塊を手に取って、薄く広げる。それを三回ほど繰り返し、今度はモミの木に纏わせる。
     すると、どうだろう。一気に「クリスマスツリー」らしくなったではないか。
     温かい室内にあって雪が積もっているというのも奇妙な話かもしれないが、これはこれで良いだろう。
     ―いや、これがいい。
     溶けない雪を纏ったツリーを見て、そう思った。

     本日の小箱:金色のリボンが付いた小さなサシェ。ローズマリー、フェンネル、スミレが詰められている。それから、僅かにバニラの香りがする。

    18
     クリスマス当日、といっても今年は平日である。そのため、眼鏡の彼は通常通りに会社に出勤しなければならない。七三分けの彼に至っては仕事を何件掛け持ちしているのだろうか。
     そんなわけで、集まって騒ぐのであれば、全員が色々と落ち着いた頃、それならばいっそのこと忘年会も兼ねてしまおうという結論に至ったのだった。
     「ということで、お前もどうだ?」
     そう問い掛けてみたが、返事は返ってこなかった。
     そうして、しばらくの間、エアコンが部屋の空気を混ぜる音が静かに響いていた。その沈黙を破ったのは、
     ―一応、検討してみよう。
     という重々しい声だった。
     電話越しであっても、彼が眉間に皺を寄せている様がありありと浮かんできた。
     それでも無下に断ることはしないのだなと思っていると、先日ご近所さんから教わった、とある言葉を思い出した。それは、
     『行けたら行くわ』
     という言葉である。関西出身だという眼鏡の彼が言うには、これを言われたら相手は来ないと思った方が良い、ということだ。しかし、電話の向こうの彼は、微塵もそんな意味を含めてはいないのだろう。真面目で誠実な彼らしいと思う。
     ちなみにこのような誘いは今回が初めてではない。恐らく今回も了解を得られることはないのだろう。
     それでも、いつか四人で楽しく食卓を囲めたらどれほど幸せなことかと思わずにはいられないのだ。

     本日の小箱:小さなキャンディケイン

    19
     現代ではお伽噺も様変わりしていることがある。そう知ったのは最近のことである。
     自分が知っていたのは口減らしに関する言い伝えだ。あの時代は当たり前のことであったが、それらが現代においては「残酷」「グロテスク」と捉えられるようだ。
     そんな話が形を変えたとはいえ、クリスマスの演目の定番になっているとは驚きである。

     何故そんなことを考えているのかというと、図書館からいつくかの書籍を借りてきたからである。
     『グリム童話』と銘打たれたものだが、時代によって内容に手を加えられているらしい。兄と妹は実母に捨てられたり、継母に捨てられたり、魔女を窯で焼いたり焼かなかったりするようだ。
     そのような変遷の裏にある事情を推測するのも面白いが、本題はなぜこの話がクリスマスをにぎやかすようになったのかということだ。関連書籍を紐解けば、詰まるところ、お菓子の家の魅力に尽きると言えそうだ。
     魅力的なお菓子に、愉快で華やかな歌と踊り。そうして悲惨な状況を乗り越えてハッピーエンドに至る、というのは確かにクリスマスにうってつけだったのだろう。

     そう結論付けたところで、我が家にも立派な家があることを思い出した。お菓子で作られているわけではないが、時折お菓子が出てくるのである。

     ―なんとなく、今日は菓子の類が入っているような気がする。

     何の根拠もないのにそんな予感がして、今日の分の小箱を引き出してみた。
     すると、中に入っていたのはジンジャーブレッドだった。包み紙を捻ると、シナモンの香りがふわりと鼻腔をくすぐった。予想が当たったことも、中身にも嬉しくなり、すぐさま口に運んだ。
     ずっしりとした小麦を味わいながら、
     「あいつも私を太らせてから食べる気なんだろうか」
     なんてことを思ってしまった。

     本日の小箱:ジンジャーブレッド。生姜とシナモンがピリッと効いている。

    20
     「あ!クラージィさんじゃないですか!」
     快活な声に名前を呼ばれた。振り返ってみれば、銀色の髪の毛が輝かしい彼が笑っていた。
     真っ赤な帽子やジャケットを見るに、仕事中なのだろう。挨拶がてら尋ねてみると、やはり巡回中とのことだった。
     「いつも変なことで賑わってる街ですけど、やっぱりクリスマスは格別ですよね。まぁ、その分変態も沢山出てくるってことになっちゃいますけどね」
     それでも、彼はそう言って笑った。

     しばらくの間、彼と連れ立って歩いた。すると、街の一角に見慣れない市場をみつけた。銀髪の彼曰く、「クリスマスマーケット」というものらしい。
     「人間も吸血鬼もごちゃ混ぜになって、色んなもの売ってるんですよ。すっごい古いものもあって、見てるだけでも面白いと思いますよ」
     元々人好きのする青年だと思っていたが、あれこれ身振り手振りを交えて説明してくれるあたり、人以外にも好かれそうだ。
     正直なところ、彼とは特に親しい間柄というわけではない。それなのに、どうしてこれほど親切にしてくれるのだろう。そう思っていると、彼が更に言葉を続けた。
     「あの、余計なお世話かもしれないんですけど、俺、クラージィさんにシンヨコのクリスマス、楽しんでほしいんです。勝手が違うことも多いと思うので、困ることがあったらすぐに言ってください。俺で出来ることだったら手伝うし、一応事務所にはあいつもいるので。それで、えっと、何が言いたかったのかっていうと、その、日本だとクリスマスって大切な人と過ごす日っていう感じなので、そういう過ごし方も良いんじゃないかなって」
     最後の方は萎むような声になっていたが、彼の青い眼は真っすぐにこちらを見据えていた。

     どうやら、年若い彼には随分と気を遣わせてしまっているらしい。こちらが心配するほどにお人好しだ。
     「ロナルドサン、アリガトウゴザイマス。昔ト変ワッテイルトコロ、沢山アリマス。デモ、シンヨコノクリスマス、楽シイデス。大切ナ人ノタメノ準備、頑張ッテマス」
     そう答えると、彼の表情が緩んだ。
     「それなら良かった。俺も、今年は事務所の皆と過ごすんです」
     どうやら彼にも大切な人達がいるようだ。
     そうしたところで、今度は互いに照れが沸き上がってきてしまった。どう言葉を続けたものか分からなくなって、見合ったまま、にへらと笑ってしまった。
     互いに、不器用で、それでいて、幸せを噛み締めている笑顔だった。

     本日の小箱:銀色の鈴。高く澄んだ音が鳴る。

    21
     「おや、こんなところで会うなんて奇遇だね」
     金色の髪をした男はそう言った。こちらが抱えている荷物を見て、彼は口角を上げた。そして、
     「今でも彼の人への祈りは健在かい?」
     と尋ねてきた。
     返しに窮する問い掛けだったが、彼はこちらのそんな様子は気に掛けていないかのように話を続けた。

     「今となっては救いの対象になるかも分からないのにね」
     「祈るのは見返りを求めてのことではないだろう」
     「では、なんのため?」
     「自分と向き合うために必要だ」
     「ふーん」
     「それに、周りの人への感謝もあるし、大切な人が幸福であってほしいと願うことだってある」
     「随分と強欲だね」
     「言っただろう。見返りは求めていないと。誰かに肩代わりしてほしいわけでもない。あくまで思考の整理であり、自分がやりたいと思ったことは自分で行動するまでだ」
     幾度かの問答の末、そう答えると、彼は溜息をついて肩を竦めた。
     「君は本心でそう思っているからなぁ」
     「嘘をついてどうする」
     「まぁ、そうだけどさ。からかい甲斐がない」
     「そんなものはなくて結構。誰が見ていなくても気付いていなくても、大切な人を大事にしたいと思うのは当然だろう」
     これで話は終いと思って切り上げようとしたところだった。目の前の彼に視線を向けると、ポカンとして口が半開きになっていた。かと思えば、彼は急に笑い出した。突飛な行動に理解が追い付かないでいると、一頻り笑った彼は大きく息を吐いた。そして、
     「君、それはね、君の想い人に言ってあげた方がいいことだよ」
     と言った。

     もしかしなくても、自分は中々に恥ずかしいことを口にしてしまったのかもしれない。初めて会った時からそうだが、金髪の彼は自覚していなかった本心を引き摺り出すことに長けている。
     「ヨセフ!」
     半ば八つ当たりのようなものとは分かっていたが、恥ずかしさやら居た堪れなさやらを受け止めきれず、彼の名を呼んだ。
     しかし、時既に遅し。彼は離れたところで手を振っていた。そして、
     「良い週末を」
     とだけ口にして去ってしまった。
     彼が何をしたかったのか。それは皆目見当もつかないが、彼の思惑を図ろうとするだけ無駄なのかもしれない。
     腕の中の荷物を抱え直して帰路を急いだ。

     本日の小箱:ロイヤルブルーのシルクのリボン。夜空のような光沢が美しい。

    22

     我が家に貴族然とした男がいる。ごく平凡なマンションの一室においては違和感のある組み合わせだが、そのうち慣れるだろうと目を瞑り、台所へ向かった。

     紅茶のポット、カップ、ソーサー、茶請けのクッキーを載せたトレーを手にリビングへ戻った頃には、随分と目が慣れていた。彼の向かいに座っても互いに言葉はなく、こちらが茶器に触れる音だけが響いていた。それでも、不思議と気まずさはなかった。
     
     彼の前にソーサーを差し出したと同時に、
     「そうだ。直接礼を言えていなかった。素敵な贈り物をありがとう」
     と彼に礼を伝えた。すると、彼は組んでいた腕を解いた。
     「あぁ、楽しんでもらえたか?」
     「勿論。あれを見てもらった方が早いかもしれない」
     自分にとってはすっかり馴染みとなった木製の家とモミの木を指差した。彼もそちらに視線を向けていたが、意外だったのだろうか。目が丸くなったのが見て取れた。
     「随分と賑わっているな」
     「おかげさまでな」
     「ちなみに、あの木はどうしたんだ?」
     「あれか?あれは、モミの木を持て余して困っていた人から譲ってもらったんだ」
     「なんて?」
     最早第二の我が家と化しそうな勢いで賑やかになっている立派な木製の家とモミの木について、話題は尽きることが無かった。

     取り留めもなくこの一か月近くのことを話していたが、今日は彼に伝えたいことがあるのを思い出した。いや、ずっと頭に居座ってはいたのだが、切り出すタイミングがなかなか掴めなかったのだ。そんな誰に向けているのか分からない言い訳を心のなかで繰り返していたが、ウジウジしていても解決しないと腹を括った。
     「なぁ、明日、駅の近くの商店街で子ども達が劇をやるんだ」
     「そうか」
     「それと、日本ではクリスマスに鶏を食べるのが定番らしい。ということで、鶏とケーキを予約してある」
     「そうか…ん?」
     「あとは、そうだ。商店街の近くで市場が開かれているんだ。私にとっては馴染み深いものが沢山並んでいた。今では年代物と言われてしまうらしいが」
     「おい、ちょっと待て」
     「なんだ?」
     「一回情報を整理しろ。結局何が言いたいんだ」
     取りこぼしのないように気を付けていたつもりだったが、彼からすれば意図が読みにくいものを並び立てられたようなものだっただろう。額に手を当てている彼を見て、ハッとした。一番伝えたかったことを言葉にしていなかったのだ。それは、
     「あぁ、つまりだな、明日も一緒に過ごさないか。お前と一緒に行きたいところ、したいことが沢山あるんだ」
     ということだった。

     この一か月弱、彼から贈られたもの、与えてもらったものは沢山ある。物理的にも、形にできないものも、数えきれないほどだ。
     おかげで、現代のクリスマスというものが怖くなくなった。
    大切な人を大切にするための時間であっても良いのだと知った。

     「…どうだろうか」
     伝えたいことは伝えられたので後悔はないのだが、無言で瞬きを繰り返す彼を見ていると不安が顔を覗かせ始めた。彼にそう問い掛けた自分の声は、思っていたよりも弱弱しいものだった。
     彼が息を吐く音が聞こえた。それから続きの言葉が紡がれるまでの時間がとても長く感じられた。
     更に、彼にしては珍しい、歯切れの悪い前置きにもどかしさを感じていると、彼は彼で腹を括ったらしい。そして、降ってきたのは、
     「…そういうことは、事前に相談の一つもするものだろう」
     という、まるで子どもを諭す親のような言葉だった。
     遠回しに断られてしまったのだろうか、という考えが頭を過った。しかし、彼の方を見てみれば、意味するところは明確だった。
     「あぁ、次からはそうしよう。それでは、今から明日の話をしてもいいか?」
     「いくらでも、どうぞ」
     そうして、紅茶がすっかり冷めてしまうまで、ポットが空になってしまうまで、話は続いたのだった。
     

    おまけ

     夜明けも近くなってきた頃、今日の分の小箱を開けていないことに気付いた。彼を前にして開けるのもどうかと思ったが、彼自身は全く気にしていないようだった。

     そうして、小箱を開けると、中に入っていたのは雪の結晶だった。電灯の光を受けて、キラキラと輝いている。その透き通った煌めきに、思わず触れることを躊躇するほどだった。
     「なぁ、馬鹿なこととは思うが、これはガラスで出来ている。合っているか?」
     「安心しろ。正真正銘のガラスだ」
     これまでにもガラス製のものはあったが、今目の前にしているこれは雰囲気が異なっていた。それでも、恐る恐る手に取ると、ひんやりと冷たくて、やはりガラスなのだと納得してしまった。
     「最後に出てくるものが雪だなんて、お前らしいな」
     そう軽口を叩くと、彼は彼で「そうだな」なんて言って笑っていた。
     そして、
     「お前と私の共通点といったら、氷くらいしか思い付かなかった。それで、形に残るものは何かと考えたら、こうなった」
     なんてことはないように、そう続けた。

     これには驚かされてしまった。しかし不思議なもので、彼の考えが窺えた途端に、心にすとんと落ちるものもあったのだ。言いたいことは色々と湧き出てきたのだが、ひとまず、
     「ありがとう」
     と礼を伝えると、
     「どういたしまして」
     とだけ返ってきたのだった。

     それから、掌に雪の結晶を乗せて眺めていると、不意に視界から消えてしまった。まるで蝋燭の火を消すようにパタリと伏せられたのは、目の前に座っている彼の掌である。自分のものより若干大きくて、体温が高い。
     何をする気なのかと思って出方を窺うも、特に動きがない。手を握るでも撫でるでもない。ただ、重ねているだけである。その間にも動きはないが、彼の熱がじわりじわりと伝わってきた。
     「……なぁ、本当に、これは溶けないのだろうな」
     気まずさからそう尋ねると、彼はずいと身を乗り出してきた。額をこつんと合わせると、内緒話をするように彼が囁いた。
     「どうなっているか、見てみようか」
     すると、彼の熱が離れていこうとするのが感じられた。
     僅かにできた隙間が堪らなく冷たくて、彼の手の甲にもう片方の自分の手を重ねた。
     「もう少し、このままがいい」
     そう伝えると、彼は伏し目がちに頷いた。

     掌のなかの雪の結晶に、この時間と温もりを詰め込んでしまえたらいいのに。
     そう願わずにはいられないほど、満ち足りていた。

     本日の小箱:ガラスでできた雪の結晶。いつまでも決して溶けることはない。

                                それでは皆様、良い夜を

    延長戦(クリスマス当日)

     彼と連れ立ってシンヨコの街を歩くのは初めてかもしれない。
     大の男が二人して並んでいると目立つのではないかと思っていたが、気付けば人混み構成員の一部と化しており、まったく無用の心配であった。

     煌びやかなイルミネーションの群れを眺めながら、人だかりを縫って歩いた。
     行きかう人々のなかには見知った顔がいくつもあった。
     三兄弟だと思っていた彼らの傍には小さな女の子の姿があった。手を振ると、こちらに気付いたのか揃って手を振り返してくれた。何故か隣の彼は渋い表情をしていた。

     駅の近くのステージは、思いの外立派なものだった。
     子ども達の保護者ばかりと思っていた観客に、ロナルド吸血鬼退治事務所の面々が混ざっていた。聞けば、巡回も兼ねているが、彼らの知り合いの子どもも出演するとのことだった。
     子ども達の拙いながらも練習の成果を遺憾なく発揮したクリスマス劇を鑑賞し、ステージを後にした。

     クリスマスマーケットの賑わいは、街の喧騒とは少し異なっていた。懐かしいものを見つけては、隣の彼が、
     「それならうちにもある」
     と拗ねたように唇を尖らせていた。そんな可愛げもあったのかと意外な一面を発見してしまった。
     物見遊山とばかりにうろついていたが、彼から贈られた雪の結晶はペンダントトップになっているとのことだった。それを聞いて、箱に仕舞い込むよりも、日頃身に着けておきたいと思った。
    すると、ちょうど革細工を扱っている出展者がいたため、手頃な革紐を購入した。
     「これから一緒に歳月を重ねられますように」と願いながら、小さな袋をそっと鞄にしまった。

     最後に、鶏とケーキを受け取りにいった。
     白くて四角い箱が二つ。
     傾けないように、衝撃を与えないように。
     大の男が二人して、そろそろと慎重になりながら帰路についた。

     マンションに着いた時、見上げた空には満点の星が瞬いていた。その輝きに見惚れていると、
     「早くしろ。体を冷やすな」
     と急かす声が飛んできた。随分と今更なことを、と思いながら、重たいガラスのドアを開けて待っている彼の元に向かった。

     自宅の鍵を開けた時、もう一度見上げた空は、ひんやりとして澄み切っていた。
     「星が降ってきそうだ」
     気付いた時には口に出していたらしい。すると、目の前の彼は小さく笑って、
     「もしそんな星があったら、探しに行くとするか」
     と言った。
     彼がそんなことを言うのは意外だったが、もし叶うのならばとても素敵なことだろう。
     そんなことを考えていると、パタンとドアが閉まる音がした。

     彼の手の中にある箱も、自分の抱えている箱も、綺麗に水平を保っている。
     顔を見合わせると、くすりと笑ってしまった。

     さぁ、現代シンヨコ式クリスマスパーティーの開幕である。

                                          完
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    ケミカル飲料(塩見 久遠)

    DONEミキとクラ♀。クマのぬいぐるみがきっかけでミッキが恋心を自覚する話。クラさん♀が魔性の幼女みたいになってる。これからミキクラ♀になると良いねと思って書きました。蛇足のようなおまけ付き。
    2023/4/8にTwitterにアップしたものに一部修正を加えています。
    魔法にかけられて 「それでは、失礼します」
     深めに礼をして、現場を後にした。ファミリー層向けイベントのアシスタントということで、テンションを高めにしたり、予想外の事態に見舞われたりと非常に忙しかったが、イベント自体は賑やかながらも穏やかに進行した。主催している会社もイベント担当者もしっかりとしており、臨時で雇われているスタッフに対しても丁寧な対応がなされた。むしろ、丁寧過ぎるくらいだった。
     その最たるものが、自分が手にしている立派な紙袋だ。中には、クマのぬいぐるみと、可愛らしくラッピングされた菓子の詰め合わせが入っている。
     「ほんのお礼ですが」
     という言葉と共に手渡された善意であるが、正直なところ困惑しかない。三十代独身男性がこれを貰ってどうしろというのだろうか。自分には、これらを喜んで受け取ってくれるような子どもや家族もいなければ、パートナーだっていないのだ。そして、ぬいぐるみを収集、愛玩する趣味も持っていない。
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