いつだって、どこだって、花盛り いつになく緊張しながら待ち合わせ場所に向かう。服装や髪形は変ではないか。変だったとしても、それをあげつらうような人たちではないが、折角なら楽しい気分で時間を過ごしたい。そんな思いに背を押され、浮足立って歩を進めた。
街に不慣れで待ち合わせ場所を探せるか自信がないこともあり、早めに自宅を出たのだが正解だった。人、人、建物、人、建物、人、変態、変態、人、吸血鬼。目の前の景色が目まぐるしく動いていく。目印になるものを教えてもらっていたのだが、どうにも見つけられない。時間に余裕はあるが、焦る気持ちが強くなってきてしまった。
こういう時はコウバンというものに助けを求めるのだったか、それとも誰かに電話をするべきなのか、いや、まずは落ち着こう。一度立ち止まって深呼吸をする。近くにあった掲示板で地図を見てみたところ、向かう方向は間違っていない。ならば進むだけ、そう決心して歩き出そうとすると、後ろから肩を叩かれた。思わず飛び上がってしまったが、
「おわっ!悪ぃ、クラちゃん!驚かせるつもりはなかったんだ」
「マリアさん、デシタカ、ビックリデス」
「ごめん、ごめん。後姿が見えたから、どうせなら一緒に行こうと思ってさ」
「はい、イッショ、おねがいします」
現れたのは見知った顔で、この状況においてとても心強い味方だった。これで迷子にならずに済みそうだ。マリアに先導されて歩いていくと、あっさり指定場所に辿り着くことができた。そして周囲を見渡してみると、こちらに向かって手を振っている女性が二人。ヒナイチとコユキだ。マリアと一緒でよかった。彼女もだが、他の二人も普段と格好が違うので、自分だけでは気付けなかったかもしれない。
「二人とも相変わらず早いな」
「さっき来たところだ。それより、クラージィと一緒だったのか。ここが見つけられるか心配だったからよかった」
「おう、見つけたからナンパしちゃったぜ。あとはターチャンだけだな」
無事に合流できたことに胸を撫で下ろしていると、目の前のコユキがにこやかに両手を挙げていることに気付いた。よく分からないまま同じように手を挙げると、パチンと音を立ててタッチされる。挨拶と楽しみの共有を兼ねているのだろうか。彼女の表情が明るいので良いかと思っていると、
「楽しそうじゃん、俺らもやるか!」
「え?私もか?」
とマリアがヒナイチを巻き込んで、ハイタッチ合戦が始まってしまった。代わる代わる、パチン、パチンと手を合わせていると後ろから大きな溜息が聞こえてきた。
「お前ら、街中で何やってるアルか」
普段と異なり髪を下ろしているので一瞬分からなかったが、ターチャンだ。時計を見てみると予定時刻ぴったりだ。
「何ってハイタッチだよ。楽しいだろ?」
「街中で騒ぐな、言うてるよ」
「まぁ、いいじゃねーか。それより、揃ったんだし、さっさと行こうぜ」
そう言ってマリアはショッピングセンターへと足を進めた。他の三人もそれに倣って歩き出したので、自分も慌ててついていく。はぐれたら大変なことになってしまうという焦りがあった。そんな自分の様子を察したのか、ヒナイチが歩みを弛めて隣に来てくれた。
「クラージィは初めての“女子会”だな!」
「はい、タノシミ、シテマシタ!」
そう、これは自分史上初の“女子会”なのである。
女子会とはいえ、今回はショッピングセンターの案内も兼ねてくれているようで、買い物とお茶の両方を楽しんでしまおうという贅沢なコースが予定されていた。
特に目的のある買い物ではないので、まずはビルの上階から下へと順を追っていくことになった。雑貨、洋服、靴、家電に家具、その他諸々、気になったら店に入ってみるということをひたすら繰り返す。それぞれ趣味も生活も異なるため、一つのフロアの滞在時間がとても長くなった。自分としても勿論楽しいのだが、波のように押し寄せてくる情報量と刺激に眩暈がしそうだった。それでも一緒にいる彼女達はピンピンしており、エネルギーの熱さというか眩しさを感じてしまった。
それぞれの手に荷物が増えてきたところで休憩を取ることになった。入ったのはヒナイチとコユキお勧めの、ケーキの種類が豊富な店だった。席につくと、二人が熱っぽくメニューの解説をしてくれた。
「それと、ここは紅茶も美味しいんだ」
「ソレハ、タノシミデス。オススメはアリマスカ?」
「そうだな、味や香りの好みはあるか?」
「エー、フレーバーティー?ハ、チョットニガテデス」
「なるほど、それならこっちのページがお勧めだ」
各々迷いつつも注文を確定させた。肩を寄せ合って一つのメニューを眺める、わちゃわちゃとおしゃべりしながら何を食べようか選ぶ、なんて初めての体験だった。人間だった時だってしたことはなかった。
ケーキと紅茶が席に届くまでも、届いてからもおしゃべりが途絶えることはなかった。誰かが黙れば誰かが喋りだす。話題は仕事、趣味、愚痴、雑学、次から次へと移り変わる。賑やかで楽しい時間だ。時間としては短いが、今日会ったばかりの時よりも互いの人柄や内面に詳しくなったのは確かだ。
ケーキが腹に収まり、ゆっくりと紅茶を味わっていると、更に新しい話題が投下された。
「そうだ、この後ドラッグストア寄ってもいいか、ファンデ切れそうなんだ」
「いいな、私も職場用のハンドクリームがなくなりそうだったんだ」
マリアの提案から話題が広がっていく。コユキも何か探したいものがあるようだ。ドラッグストアといえば、普段はカイロや石鹸などの消耗品を買っているが、確かに化粧品も充実していた覚えがある。しかし、自分にとっては縁のないものと思っていたので詳しく見たことはなかった。そう思いに耽っていると、
「クラも何か買うものあるか?」
とターチャンが気遣って声をかけてくれた。するとマリアもこちらを向いて気持ちのいい笑顔を送ってくれたのだが、
「そうそう、大体のもの揃うからな。っていうか、クラちゃんが化粧してるとこって見たことないな」
と途中で気になったことがあるようだ。周りもつられて、「そういえばそうアルね」「こちらの化粧品は肌に合わなかったか?」「興味ない?」と色々コメントが続いた。
「いえ、オケショウ、キョウミアリマス。キョウのミナサン、イツモとチガウフンイキ。トテモイイナ、オモイマス。デモ、ワタシはデキナイ」
自分としても化粧には興味がある。二百年前ならまだしも、今は化粧のハードルが下がっているし、社会で生きる上の嗜みの一つであるとも聞く。ならば手を出したいところではあるが、自分には一つ問題があった。そしてそれは非常に人に伝えにくい、伝わりにくい内容である。
「どういうことだ?信条の問題か?」
「いいえ、エット、ソノ、ワタシ、ジツハ、イロがワカラナイデス」
そう答えると、全員の頭のから疑問符が飛び出てきたのが分かった。
「アノ、ゼンブワカラナイ、ジャナイデス」
「信号の色、違い分かるか?」
「はい。シンゴウ、ワカリマス。トッテモアカルイアオと、トッテモクライアオのチガイもワカリマス。デモ、そのマンナカ、よくワカラナイ。ホカノイロモオナジ」
「じゃあ、暗い青と暗い緑とかはどうだ?」
「ワカラナイコトアリマス。ワタシにはオナジ、ミエル。デモ、チガウイワレル、ヨクアリマス」
持っている語彙を総動員して伝えるが、これは感覚の問題なので母語であっても難しい。それでも皆、自分の言葉の真意を探ろうとしてくれている。
「つまり、見分けられる色が限られるということか?」
「タブン、ソレデス!」
何回かのキャッチボールの末、自分の状態を言い表せる表現が出てきた。思わず声が大きくなってしまった。
「なるほどな、この前焼肉行った時にやたらと生焼け肉に手を出そうとしてたのはそれが原因か」
「アノトキ、ありがとうございました。トメテクレテヨカッタ。ワタシ、ナマヤケにミエナカッタ」
「てっきり、意外とせっかちなのか、生肉好きかと思ったぜ」
どうやら既に不審に思われる行動をしていたようだ。ヒナイチのまとめとマリアの発言で周りも納得というか、合点がいったようだ。
「色の判別が付きにくいとなると確かに化粧は難しいな。ちなみにそれは転化の影響か?」
「イエ、ニンゲンのコロもオナジ、デシタ」
そう、これは人間の頃から変わらないことだ。視力が弱い人がいるのと同じように、自分は色を見分ける力が弱いのだと思うようにしていた。細々とした不便はあるが、大問題に発展するほどではなかった。そもそも、化粧や服装に現を抜かしている場合ではなかったというのも大きいだろう。しかし、二百年経った今、目の前の彼女たちを見てしまうと、自分の目の機能を少しだけ疎ましく思う気持ちが芽生えてしまった。
思わずしょんぼりしてしまうと、隣にいたコユキが腕に手を添えてくれた。向けられたのは哀れみではなく、むしろ励ましてくれるような、奮起させるようなキリっとした表情だった。それに合わせてターチャンから、
「つまるところ、クラは化粧したい、おしゃれしたい、でも色が分からないからできない、それでよろし?」
と確認された。
「ソウデスネ、オケショウ、オヨウフク、ヤッテミタイことアリマス」
自分としても素直な気持ちを伝えると、マリアがスマホを取り出した。
「じゃあさ、シーニャに連絡していいか。あいつ化粧品のサンプルとか色々持ってるだろうから、片っ端から試してみたらいいんじゃないか?」
「はい、デモ、メイワクジャナイ?」
「大丈夫だって!むしろ実験台にされるから気を付けた方がいいかもな」
「なぁ、クラージィ、さっきの店に戻らないか?実は、似合うだろうなと思った服があったんだ。嫌じゃなければ試してみてほしい」
「ありがとう。デモ、ジカンダイジョウブデスカ?」
「遠慮いらないアル。むしろお前が大変なるよ。こいつら人のことおもちゃにするの大好物アル」
「おいおい、ターチャン、人聞き悪いぞ」
「事実ね」
あれよあれよと話が展開していく。ぽかんとしている間に、それぞれカップを空にして、身支度を始めている。またしても、それにつられる形で自分も動き出す。コユキに腕を引かれて店を後にした。
そこからは怒涛の展開だった。「第一回クラちゃんコーデバトル」と題したショッピングが始まり、自分はすっかり着せ替え人形にされてしまった。途中で合流したシーニャの勢いも凄まじく、別世界を体験した心地だった。
しかし時間は有限である。濃厚な時間もやがて終わりを迎え、「またな」「次の女子会が楽しみだな」なんて手を振りながら別れた。自分の両手には数えきれないほどの、しかしどれもすっかり愛着が湧いてしまったアイテムが収まった紙袋が握られていた。体力的にはへとへとだが、気持ちは不思議と満たされていて、疲労よりもわくわくした気持ちの方が勝っていた。
帰宅したら、改めて中身を広げてみよう。そして、化粧にも挑戦してみるのだ。ただ、色を判別できる目が必要なので、誰を頼りにしようか。月の綺麗な夜に、そんなことを考えながら家路を急いだ。
完