あなたと分け合う体温が心地よいと知っている(クラージィ視点)
ふわふわと温かいものに身を包まれている。背中だけには固さを感じるが、温かさで言えば抜群だ。低い声に自分の名前を呼ばれたような気がしたが、微睡が心地よく、重い瞼は上がってくれなかった。それでも応じようとしたが、身を捩っただけで眠気に負けてしまった。
頭上で笑われたような気配がしたと思えば、今度は浮遊感に包まれた。もこもこ、ふわふわ。このまま、ずっと身を任せていたいと思うほど快い。大海を漂うクラゲはこんな気持ちなのだろうかと、どこか遠くで思った。
しかし、それにも終わりが来てしまった。身を包んでいた温もりが剥がされ、頬には布の冷たさを感じた。慣れ親しんだ匂いに包まれているものの、何かが決定的に足りない。それなのに、更に温もりが遠のいていこうとする気配を感じる。離してたまるかと必死に両手を握りしめる。
どれだけ触り心地の良い毛布に包まれても、部屋が暖かくても、安心する匂いに満ちていても、この温もりがなければ意味がないのだ。
すると、何かが軋んだ音がして、再び温もりに身を包まれた。抱きしめてくる腕の感触に、背中から広がる掌の熱に、強まった彼の匂いに、誘われるように眠気が深まっていく。そして、名前を呼ばれ、額に柔らかいものが触れるのを感じながら、意識を手放した。
(三木視点)
目の前の画面には海が映っている。ドキュメントと環境映像の中間のような番組だ。映像の美しさは素晴らしいが、語りが少なく、波の音が続くので退屈やら眠気やらが押し寄せてきた。番組を変えるなり、他のことをするなりしたいところだが、そうはいかない。何故なら、足の間に大事なものを抱えているからだ。
冷え性の彼女は炬燵にブランケットを持ち込んだだけでは飽き足らず、背中が寒いからといって自分の足の間にすっぽりと体を収めてきた。人を座椅子兼湯たんぽ代わりにするとは強かなものだと思うが、すっかり慣れてしまった。
華奢で小柄な体を抱えながら、矢継ぎ早に飛んでくる質問に答えていたもの最初のうちだけだった。彼女は見慣れない海の映像を食い入るように見つめていたが、やがてこくりこくりと船を漕ぎ始めてしまった。微笑ましく、前後左右に揺れる旋毛を見つめていると、小さな頭が自分の胸元に着地した。眠気は本格的なようだ。
起こすのは気が引けたが、ベッドに向かってもらうべく、彼女の名前を呼ぶ。しかし、目は伏せられたままで、一向に意識は浮上してこない。更に、身を捩ったかと思えば、縒れたスウェットを掴まれてしまう。
こうなってしまっては、抱えて運ぶしかない。そう決意して、彼女をブランケットごと持ち上げた。万が一落としてしまうことがないように、慎重に歩を進める。癖毛の彼女の身体は薄くてあまり肉がついていない。当然だが、体重も軽い。羽のよう、とまではいかないが、抱えて歩くのが苦にならない程度には軽い。
寝室に到達し、ベッドに彼女の体を横たえた。寝にくいだろうとの思いからブランケットを剥がすと、冷たさを不快に感じたのか眉間に皺が寄った。スウェットを掴まれたままなので作業をしにくいが、彼女が温かく眠れるように急いで毛布を重ねていく。
自分のベッドであるし、関係性から言えばこのまま同衾しても問題はないだろう。しかし、同意も無しに彼女の横で眠ろうと思うと、何故か罪悪感が湧いてきた。そのため、炬燵に引き返そうと身を起こすと、彼女の手も一緒についてきた。可哀そうだが引き離そうと思えば、彼女の両手に込められた力は強まっていった。
「「 」」
縋るような必死さに気を取られていると、彼女の口から微かに声が零れた。聞き取れなかったが、耳慣れた言語ではなかった気がする。ただ、力が込められた両手や、むずかるような表情を見てしまえば、この場を離れるべきではないと思った。
振動で彼女を起こしてしまわないように、注意しながらベッドに潜り込んだ。毛布や掛け布団を肩まで引きずり上げていると、強い癖毛が胸元に擦り寄り、細くて冷たい足が絡まり付いてきた。愛しさから抱きしめれば、薄いはずの身体から柔らかい弾力が感じられた。もう彼女の眉間の皺はすっかりほぐれている。表情は安心しきっており、握りしめられていた両手からも力が抜けていっていた。
もう一度彼女の名前を呼び、形の良い額に唇を寄せた。それから、ふわふわの癖毛に顔を埋めると、形容し難い幸福感に包まれた。これならきっと、夢も見ないで眠れるはずだ。
完