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    ケミカル飲料(塩見 久遠)

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    ミキとクラ。ミキクラ成立済み。体調不良のミッキと力になりたいクラさん。
    2023/2/17にTwitterにアップしたものの再掲です。

    貴方と隣り合って眠りたい 朝から嫌な予感がしていた。そして、嫌な予感ほど的中する、というのも相場で決まっているので、ある意味必然だったのかもしれない。
     
    この日は朝から調子が悪かった。日常で重なった疲労に加え、季節の変わり目ということで風邪を引いてしまっていた。病院に駆け込むほどではないが、市販薬で誤魔化すには若干無理がある。そんな具合だった。しかし、それでも仕事は立て込んでいる。いつもより回らない頭と軋む関節をどうにか宥めながら、当日の現場へ出向いた。
     現実は優しくないもので、そんな日に限ってクレーマーやら機材トラブルやらが相次いだ。クレーム対応に人員を割かれ、メーカー問い合わせに人手を食われ、想定より少ない人数で現場を回す。その場では妙な結束感が生まれるが、疲れてくると互いのミスのカバーも間に合わなくなってくる。結局、予定していた時間よりも遅れてタイムカードを切ることになった。
     それから次の現場へ。本来なら取れたはずの休憩時間がなくなってしまったので、栄養補給も碌にできなかったのは手痛かった。夜間帯の仕事で、暇を持て余すこともあるのでどうにかなるかと思っていたが、その考えが甘かった。不審者、ポンチ吸血鬼、変態、等々がこれまた相次いだ。類は友を呼ぶとはこういうことなのだろうか。体を張って食い止めたり、関係機関に通報したりと息を吐く間もなく、気付けば明け方になっていた。

     やっとの思いで帰路についたが、まだ不幸は続いた。今となっては何が呼び水となっていたのか分からないが、二度あることは三度ある、泣きっ面に蜂とはよく言ったものだ。
     重たい足を引き摺って寄ったコンビニは品薄で買えるものはなく、諦めて歩き出せば信号は悉く直前で赤になった。狭い生活道路で40キロ越えの車に追いやられながら歩いていると、いよいよ目が眩んできた。それでもなんとかマンションが視界に入る距離に戻ってきた。
     もう彼は寝ている時間だな。そう思いつつ、見上げた先には灯りの漏れ出る窓があった。何故、早寝早起きの彼がこんな夜明けに起きているのか。怪訝に思いつつ、ぼんやりした頭を動かそうとして気付いたことがある。灯りがついているのは彼の部屋ではなく、自分の部屋だ。
    なるほど、不幸続きのフィナーレは盗人か、と最早笑えてきてしまった。しかし全く面白くないので、痛む節々から目をそらして足早に自宅に急いだ。

    いつでも通報できるようにスマホを手に、いざとなれば犯人を取り押さえられるように頭の中でシミュレーションしながら、慎重に鍵を開けた。室内で何かが動く音は確認できない。そっとドアを開いたが、中から人が飛び出してくることもなかった。
    ということは、昨日の自分が電気を消し忘れていたのだろう。無駄に焦って損をしたが、実害が無いに越したことはない。玄関で盛大に溜息を吐きながら靴を脱ぐと、どっと疲れが押し寄せてきた。発熱していそうだが、自覚すると辛くなるので体温計を探す気にはならなかった。風呂にも入らず、寝てしまいたい。冷え切った布団に思いを馳せ、行儀悪くコートを脱ぎながらリビングに向かう。ソファにコートを放り投げようとしたところで、ローテーブルに黒い塊が突っ伏していることに気付いた。
    「クラさん?!」
    思わず大声を出してしまった。すると、彼もビクッと肩を震わせてから、勢いよく顔を上げた。視線が合うと、眠気が残った声で、
    「三木サン、オカエリナサイ」
    と、ふにゃふにゃした笑顔を向けられた。
    「はい、ただいま、です」
    言葉に詰まってしまったが、とりあえず返事ができた自分を褒めたい。まさか、彼が合鍵を使っているとは想像がつかなかった。今までは、家主が不在なのに勝手に上がり込むのは気が引けると言って遠慮していたはず。そんな彼が合鍵を使った。それ自体には何も問題がないのだが、どうして今日に限って彼は我が家で待っていたのだろう。それも、普段の彼ならとっくに眠っている時間なのに。何か困ったことでもあったのだろうか。
    「あの、クラさん、何か部屋にいられないような問題でも起こりました?」
    そう尋ねると、彼は眉毛を下げて、こう答えた。
    「イイエ。勝手ニ、オ邪魔シテ、スミマセン。最近、三木サン、忙シソウデシタ。顔色、ズット悪イデス。ダカラ、何カデキルコトナイカ、考エマシタ」
    すると、彼は立ち上がって台所に向かった。つられてそちらを見れば、小さな鍋とフライパンが置かれていた。この家のものではないので、彼が持ち込んだのだろうか。話が見えるようで見えず、彼が説明してくれるのを待つ。
    「疲レテル時、栄養必要デス。コレハ、吉田サンに手伝ッテモラッテ、作リマシタ」
    彼は、コンロ使イマスネと言いながら鍋を温め始めた。どうやら、不摂生な自分を心配して食事の差し入れをしてくれたようだ。突っ立っているのをやめて、彼に近付く。後ろから覗き込めば、わずかにコンソメの匂いが漂ってきた。
    「吉田サン、具沢山ナラ、品数少ナクテモイイ、言ッテマシタ」
    かき混ぜているものを見るに、野菜スープらしい。細かく刻まれた数種類の野菜や豆がくたくたに煮込まれていて、彩りも栄養も豊かそうだ。フライパンには肉か魚が入っているのかと思ったが、彼曰くフライパンで作れるパンとのこと。確かに、そこには小さな丸パンが詰まっていて、温められれば小麦の甘い香りが鼻をくすぐった。パンはそのうち熱で少し膨らんで、ふかふかになっていった。
    スープとパン。刺激は少ないが、今の疲れた体にはぴったりだ。そう思うと、ぐぅと腹が鳴った。そういえば、昨日の朝からほとんど何も口にしていなかった。
    後ろで鳴った小さな腹の音を聞き逃さなかった彼は笑った。そして、
    「マダ、アリマスヨ」
    と隅の方に置かれていた、ラップが掛けられた平皿を電子レンジに入れた。
    「鮭のムニエル、キノコのアンカケ添エ、デス。吉田サン、ポン酢デ食ベルト良イ、言ッテマシタ」
    ブーンという小さな音を聞きながら彼の解説に耳を傾けていた。料理上手な隣人は、すっかり癖毛の彼の調理指導者となっているようだ。クソデカ料理以外も作れたのか、という失礼な考えは頭から追い払って、彼にも感謝の念を送る。
    とはいえ、一度意識してしまった空腹は強まるばかりだ。そわそわしていると、彼から「準備シテルカラ、手、洗ッテキテクダサイ」と苦笑されてしまった。こういう時の彼はまるで保護者のように振舞うので、調子が狂ってしまう。しかし、そっと背中を押す手が優しくて安心したのも確かであり、素直に従うことにした。
    洗面所で手を洗い、ついでにスウェットに着替えてリビングに戻れば、すっかり食事の用意ができていた。シェフの彼はというと、ちょうど、両手にマグカップを携えて台所から戻ってきたところだった。自分の分のカップを受け取ってから、ローテーブルに向き合って座る。

    「いただきます」
    「ドウゾ、召シ上ガレ」
    パチンと手を合わせて、感謝を伝える。
    スープが入ったお椀に手を添えると、じんわりと熱が伝わってきた。
    温かい野菜スープを口に運べば、荒れた胃にそっと染み込んでいくのを感じた。
    ポン酢でさっぱりしたムニエルを飲み込めば、体にエネルギーが満ちていくのが分かった。
    柔らかいパンは腹だけではなく、その熱や匂い、味で感覚を満たしてくれた。
    それらを、ゆっくりと噛み締めながら味わった。
    その間、無言になってしまったが、彼は特段気にしていないようで、穏やかな表情でお茶を啜っていた。

    当然だが、美味しいものは食べればなくなってしまう。これほど満たされ、終わりを惜しむような食事はいつぶりだっただろうか。彼には感謝しても感謝しきれない。
    「ごちそうさまでした。すごく美味しかったです。本当に、ありがとうございました」
    「オ粗末様デシタ」
    気持ちが落ち着くと、すっかり保護者の顔をした彼に対して若干の決まりの悪さを感じてしまう。せめて洗い物だけは自分で、と思ったのだが、結局彼に押し切られてしまった。
    自分の家にいるのに、勝手に食事が出てきて、後片付けもしないで済んでいる。そんな馴染みのない状況に戸惑っていると、冷えた両手をこすり合わせながら彼が戻ってきた。向かいに座るかと思いきや、隣に腰を下ろされた。何事かと思っていると、彼の手がこちらに向かって伸びてきた。それを避けようという考えも浮かばず、ぼんやりしていると額に手が当てられた。彼の手はひんやりと冷たく、心地よかった。しばらくその冷たさを堪能していたのだが、彼の手は額に留まらず、頬や首筋に下りてきた。輪郭を確かめるように、それでいて、そっと触れてくる手の意図が掴めない。もしや、何らかのお誘いか?なんて下心が湧き出そうになったところで、彼からこんな言葉が飛び出てきた。
    「ヤッパリ、熱アリマス」
    「あ、はい。多分そうです」
    色っぽい展開は期待できなさそうだ。そして、体調不良を指摘され、自覚してしまったが最後。誤魔化してきた倦怠感が一気に襲ってきた。

    「少シ、休ンダラ、病院行キマショウ」
    彼に背を支えられながらベッドに向かう。
    「いや、栄養のあるもの食べさせてもらったし、寝れば治ると思いますよ」
    マットレスに腰かけながら、やんわりと提案を否定する。しかし、彼は全く引く気がないようだ。じっとこちらを見つめながら、
    「吉田サンにも、ツイテキテモライマスカ?」
    と言った表情は険しくないのに、有無を言わせない圧力に満ちていた。そうだ。彼は普段ぽやぽやしている印象があるが、結構な頑固者で、譲れないものは頑として譲らない気質だった。この状況でそんな彼と張り合う気力もなく、「一人で行けます…」と提案を飲むことにした。
    すると、返事に満足したのか威圧感はすぐに引っ込み、代わりに笑顔が向けられた。更に、
    「帰ッテクルノ、待ッテマスカラ」
    とも続けられた。それはつまり、どういうことなのか。期待してはいけない。いけないと思うが、頭の片隅で下心はひっそりと主張し始めてしまう。発熱しているのに、いい年なのに、疲労困憊なのに。自分に対する呆れがぽんぽんと浮かんでくるが、考えがまとまらない。
    黙り込んでしまった自分を心配したのか、彼の手が肩に置かれる。そして、慰めるように告げられたのはこんな言葉だった。
    「私、猫ニ変身、デキルヨウニナリマシタ。ダカラ、病院行ッタラ、モフモフ猫チャンと、一緒ニ寝ラレマス」
    どこまでも善意の人だなと思う。柔らかくて暖かい猫と一緒に布団に入れたら、それは幸せだろう。しかし、そういうことではないのだ。思わず溜息が漏れた。本日何度目か分からない、盛大な溜息だ。

    それから、目の前に立っている彼の腰を引き寄せて抱き着いた。固い腹筋、薄くて骨張った背中、低い体温。それらは一般的には心地よいものではないのだろう。しかし、妙に癖になる手触りの癖毛、猫と違って抱きしめてくれる両腕を自分は知っている。
    「猫じゃなくて、貴方が良いです。そのままの貴方じゃないと嫌だ」
    彼の腹に頭を押し付けながらそう伝えた。まるで、拗ねた子どもみたいな言い方をしてしまった。我儘だと思われただろうか。病人の戯言と思われたかもしれない。
    「チャント、待ッテマスカラネ」
    頭上からそんな言葉が降ってきた。更に、頭を撫でられた。穏やかな口調に優しい手付き。どこまでも保護者モードなのかと悔しくなり、彼を見上げたところで、それは勘違いだと気付いた。
    顔を逸らした彼の耳は、ほんのり赤く染まっていた。


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    ケミカル飲料(塩見 久遠)

    DONEミキとクラ♀。クマのぬいぐるみがきっかけでミッキが恋心を自覚する話。クラさん♀が魔性の幼女みたいになってる。これからミキクラ♀になると良いねと思って書きました。蛇足のようなおまけ付き。
    2023/4/8にTwitterにアップしたものに一部修正を加えています。
    魔法にかけられて 「それでは、失礼します」
     深めに礼をして、現場を後にした。ファミリー層向けイベントのアシスタントということで、テンションを高めにしたり、予想外の事態に見舞われたりと非常に忙しかったが、イベント自体は賑やかながらも穏やかに進行した。主催している会社もイベント担当者もしっかりとしており、臨時で雇われているスタッフに対しても丁寧な対応がなされた。むしろ、丁寧過ぎるくらいだった。
     その最たるものが、自分が手にしている立派な紙袋だ。中には、クマのぬいぐるみと、可愛らしくラッピングされた菓子の詰め合わせが入っている。
     「ほんのお礼ですが」
     という言葉と共に手渡された善意であるが、正直なところ困惑しかない。三十代独身男性がこれを貰ってどうしろというのだろうか。自分には、これらを喜んで受け取ってくれるような子どもや家族もいなければ、パートナーだっていないのだ。そして、ぬいぐるみを収集、愛玩する趣味も持っていない。
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