求む、羽毛布団お化けの宥め方 先程から羽毛布団に語り掛けている。正確には、そこに籠城している癖毛の彼女に対して、だ。もう、どれだけ時間が経ったか分からない。優しく声を掛けても、厳しく説得しても梨の礫だ。いっそのこと布団を引き剥がしてやろうかとも思ったが、こんもり盛り上がった布団から発せられる不穏さに気圧されてしまい、手を出せずにいる。これほどまでに彼女が気分を害している原因は、もしかしなくても自分にある。
事の発端は昨夜まで遡る。久方ぶりの泊まり掛けの逢瀬ということで、柄にもなく羽目を外し過ぎてしまったのだ。熱に浮かされて乱れる彼女の様は、思い返しても可愛らしいものだった。特に、力の入らない両腕をこちらに突き出して、懸命に首を横に振っていた姿は、猫が前脚を突っ張って拒否するのと似ていて、愛しさが込み上げてきたものだ。そのせいで、彼女の制止を聞き入れられず、交わりは明け方をとうに過ぎても続いていた。
というわけで、次に彼女が目を覚ましたのは、深夜を回った頃だった。人間で言えば昼過ぎというところだろう。足腰が立たなくなるまで抱き潰した手前、せめてもの労わりの気持ちもあって、そっとしておいたのだが、それが却って仇になったらしい。目を覚ました彼女は、時計を見て状況を把握するなり、羽毛布団に包まって籠城を始めてしまったのだ。
昨夜のことを謝罪したり、せめて服を着るように説得したり、常識的に布団から出る時間だと説教したりしたのだが、目の前の羽毛布団お化けは、ぴくりともしない。唯一の例外は、食事を強請りに来た使い魔の猫が、その布団に吸い込まれていったことだけだ。
「なぁ、そろそろ許してくれないか。お前の顔が見たい」
万策尽きた頃、自分でも呆れるような情けない声が出た。しかし、限界という点では相手も同様だったらしく、羽毛布団がもぞもぞと動き始めた。そうして顔を出した彼女は、気まずそうな、居心地の悪そうな表情をしていた。
「昨日はすまなかった。無体を働いた」
改めて謝罪すれば、彼女は首を横に振っていた。
「いや、こちらこそ、子どもみたいなことをして、すまない」
そして、視線を泳がせながらも、こう続けたのだ。
「今日はお前と出掛ける予定だったのに、それが出来なくなってしまったから…それが嫌だったんだ。だから、昨日のことは別に、嫌ではなくて…」
彼女の頬に僅かばかり朱が差しているのは、布団に籠っていたことだけが原因ではないだろう。更に、自分でそんなことを口にしておいて恥ずかしくなったらしく、布団のなかで猫を抱き締めたようだ。抗議するような、くぐもった鳴き声が聞こえてきた。
どうやら、許されたらしい。というか、最初からすれ違っていたようだ。頬を染めながらも布団を掻き抱いている彼女のあちこちに跳ねた寝癖を愛らしく思い、整えようとして手を伸ばした。しかし、籠城の理由が明らかになったことで、自分の気は随分緩んでいたらしい。彼女に対して口を突いて出たのは、
「なんだ、そんなことか」
という言葉だった。気にするな、ということを言いたかったのだが、そうは伝わらなかったとみえて、彼女の目付きはみるみるうちに鋭くなっていった。彼女にそんな能力は備わっていないはずなのに、室内の気温が下がったような気すらしてくる。そして、
「ノースディンの馬鹿っ!!」
彼女がそう叫んだかと思うと、目の前に姿を現したのは不動の羽毛布団お化けだった。
完