屋上にて【28♀】「サボタージュとは感心しませんね」
暖かな陽気に誘われるまま、うとうとと意識を揺蕩わせていた時だった。そよぐ風が声の主の柔らかな髪を揺らした。
「もうすぐ授業が始まってしまいますよ」
俺はその凛とした、何度聞いても飽きることの無い心地の良い声にゆっくりと目を開いて、そしてもう一度閉じた。
「王子様はの、お姫様のキスがないと起きれんのじゃ」
「それは逆ではなかったですか?」
「さて、どうじゃったかのう」
からかうように笑うと、ふわりと風が吹いて、彼女のほのかに甘いシャンプーの香りが強くなった。
「もう、仕方の無い人ですね」
冗談のつもりだったのだ。馬鹿なことを言ってないで起きてください、と言われると思っていた。しかし、実際には先程よりも近くで声が聞こえたかと思うと、唇に柔らかいものが触れて、ちゅ、と小さな音を立てて、そして離れたのだった。
「おはようございます、仁王くん。早く音楽室へ行きますよ。合同授業なんですから、私まで怒られてしまいます」
思わず目を見開いた俺に、彼女──柳生は手を差し伸べた。その手を握りながら、俺の頭の中では、ファーストキスじゃったとか、一瞬じゃったけど柳生の唇柔らかかったとか、柳生も初めてだったんじゃろうかとか、音楽苦手なのわかっとるくせに呼びに来たんかとか、合同授業で柳生と一緒なのは嬉しいとか、真田にどやされるのはめんどいとか、色々な思考が駆け巡った。しかし、口に出たのは詐欺師の名折れもいいところな言葉だったのだから、やはり俺は柳生には敵わないのかもしれなかった。
「そ、それを早う言いんしゃい……」