幼少巌勝くんを引き取ることになった無惨さまが自分好みに育てようと試みるお話 鬼舞辻無惨30歳。ある日突然、10歳男児の父親になった。
人生、何が起こるか解らない。勿論、身に覚えのあることは沢山してきたが、子供が出来たなんて一度も聞いたことはなく、認知してくれと迫られたことはない。
この子は純粋に赤の他人であり、縁もゆかりもない子供だ。
友人が突然うちにやってきて「暫く預かって欲しい」と子供を置いて姿を消したのだ。
そう言えば、最近店が上手くいっていないと言っていた。夜逃げするのに子供が邪魔だったのだろう。置いていった鞄を見ると母子手帳まで入っていたので、これは本気で迎えに来る気がないな……と眩暈がした。
「えっと……巌勝君」
「はい」
動揺するこちらとは正反対に、落ち着いた子供だった。両親どちらにも似ず、めちゃくちゃ美形だし、利口そうな顔をしている。
「暫くおじさんちで過ごすみたいだけど、小学生だよね?」
「はい、そうです。今まで私学に通っていましたが、恐らく、そこにはもう通えないでしょう。最近、父の会社が倒産したそうです」
そこまで解っていたのか……と、子供につらい現実を見せる友人に殺意が沸いた。とはいえ、理解しているのなら隠すことも出来ない。
「一旦、住民票を移して、こっちの学校に通う? あ、でも赤の他人のところで養育するって出来るのかな?」
無惨が色々考えていると、巌勝はプリントアウトした養子縁組に関する資料をランドセルから取り出した。
「鬼舞辻さんさえご迷惑でなければ、僕を養子にしていただけませんか? このまま夜逃げした親が迎えに来るとは思えませんし、何かと不便なことが多くなります。18歳まで面倒を見ていただけたら、その後は絶対にご迷惑をおかけしません」
「いや、ちょっと待って……私は独身だから養親になる条件を満たせない場合があって……」
と話をすると、冷静だった表情が突然不安そうになり、涙ぐんで俯いたのだ。
「……そうですよね……まだ独身なのに、僕がいたら邪魔ですよね……」
「いや、そういう意味ではなくて! 解った! うちの顧問弁護士に手続きさせるから、今日は旨いモノでも食いに行こう!」
そう言って、顧問弁護士に連絡し、養子縁組の手続きを開始した。
調べると巌勝は退学の手続きをしていなかったので、これまで通り私学のおぼっちゃん学校に通い続けることになった。少々高い学費など何でもない。無惨はいくつかの会社を経営し、30歳時点で総資産は数億円といわれた敏腕経営者である。
結婚を意識した相手もいないし、ひとり暮らしに退屈してペットでも飼おうかと思っていた矢先なので、あまり手のかからない巌勝が家にいるのは特に問題無かった。
それに、兎にも角にも巌勝の顔が良かった。
どんな服を着せても似合うし、礼儀正しく、所作も美しい。その上、養子縁組が完了してからは無惨のことを「お父様」と呼ぶのだ。
お父様……若い頃にやんちゃして、何度も家を飛び出し、クソジジィと父親を呼ぶ世界を生きてきた無惨にとって、とてつもなく新鮮な言葉であり、少しはにかみながら「お父様」と言ってくる巌勝は妙な色気があって、心臓が跳ね上がる。
そんな巌勝に良い暮らしをさせてやりたいと無惨は今まで以上に仕事に打ち込んだ。家を空けることが多くなったので、ハウスキーパーを入れることを提案したが、何故か巌勝は反対した。
「僕はお父様と二人の生活が良いです……家事なら、僕、頑張りますから」
「いや、お前は学業に専念しなさい。家事をしてもらうだけだから、別に私たちが一緒に過ごす時間に入ることはない」
「そうですか、なら大丈夫です」
巌勝がにっこりと笑うと無惨は安心する。その度に、なんだか巌勝に転がされていないか? と違和感を持っていたが、どうにもこうにも巌勝は無惨を手懐けるのが上手すぎる。
無惨も無惨で、巌勝を「一流の男に育てる」と張り切っており、子供の頃から本物に触れる機会を沢山与え、ピアノ、バイオリン、剣道、空手、英会話……と様々な習い事をさせ、日に日に無惨の分身のようになっていた。
そのせいか、他人から見た時に巌勝は無惨の実子に見えるほど、よく似ており、仕草や話し方もよく似ているので本当の親子に見えると言われた。
「何より、お二人とも美形ですからねぇ……」
女性陣はうっとりと二人を見つめる。引き取ってから数年、巌勝は無惨に勝るとも劣らない美形に育ち、微笑むだけで失神しそうになる女性がいるほどであった。
「女遊びはほどほどにしておくように」
「私のことですか? ふふっ……お父様ほどではありませんよ」
嫌味を言う巌勝も美しい。生意気にも無惨の真似をして一人称を「私」と言うようになったが、子供の頃から大人びていた巌勝には非常に似合っており、「僕」や「俺」と言うよりもしっくり来ている。
そんな巌勝の指摘通り、まだまだ三十代で男盛りの無惨だが、数々の女性から誘いを受けてはいるものの「息子がおりますので」とその誘いをすべて断っていた。かつて自由奔放に過ごしていた頃からは考えられない変貌ぶりである。
かといって、純粋に父親になったかというと、実はそうでもないのだ。
目線が同じ、いや少し巌勝の方が高くなるほどに成長したことを喜ばしく思うのは、父親の想いだけではないと気付いていた。
こいつが恋人だったら良いのに、と何度も考えた。自分が丁寧に育てたせいか、最も居心地の良い相手になってしまい、それ以上に見た目が好み過ぎて、何度も「自分は父親、自分は父親」と言い聞かせてきたのだ。
こんな疚しい気持ちが巌勝に伝わっていないか、無惨はいつもヒヤヒヤしていたが、優雅な笑顔で見つめてくる巌勝を見て、きっと大丈夫だろうと胸を撫で下ろした。
しかし、その日はやってきた。
眠っていると、妙に体が重い。誰かが自分の上に乗っていることに気付き、急いで起き上がろうとしたが、強い力で押さえ付けられた。
「私のことをそういう目で見ているのに、手を出さないお父様が悪いんですからね」
自分の上に乗っている人物、それは巌勝であり、薄暗い室内でほんのりと白い肌が光っているのが解る。そう全裸で自分の上に乗っているのだ。
「何度お父様を思って自分の体を慰めたことか……今夜、やっと長年の夢が叶います」
紅潮した頬、乱れた息遣い、そういう淫らな子は大好きだが、そんなことを教えた覚えはない。動揺していると巌勝はにっこりと微笑む。
「光源氏計画ですよ。お父様は無意識に私を自分好みに育て上げたのです。私もお父様のことは誰よりも知っていますよ」
口をぱくぱくしていると巌勝はそっとキスしてくる。巌勝から微かに香るシャンプーの匂いが好きなのだが、好きで当然だ。自分の好きなものを巌勝に買い与えているのだ。そうやって考えると、巌勝のことを子供ではなく、自分好みのお人形として世話していたのかと、物凄く罪深いことをしていたのではないかという罪悪感に襲われた。
抵抗することも出来ず、巌勝がパジャマのボタンをひとつずつ外す姿を、固唾を飲んで見守っていた。