下手な嘘 鬼にした者たちの思考を読み取れることは、便利だが不愉快なことも多い。
目の前で媚び諂っている慇懃無礼な雑魚の内心は恐怖、憎悪、野心、どす黒いものに満ち溢れ、同じ空気を吸うのも不愉快なので、気に入らない鬼は即刻処分した。
そんな配下の中で、唯一、自分に必要以上の恐れを持たず、敬意を持って接してくれる男がいた。
元鬼狩りの黒死牟だ。
主の首を持って、こちらに寝返った男だ。いつ寝首を掻かれるか解らない、信用ならない男だと警戒していたが、この男の胸の内は口に出して言う言葉とほぼ同じであった。
「私が恐ろしくはないのか?」
「その強さには……畏敬の念を抱いております……」
それは世辞などではなく、本心のようだ。
こちらを主と認めつつも、気位が高い性格ゆえ、どこか対等な立場のように、恐れを抱かず、堂々と背筋を伸ばし、見惚れるほどの美しい所作で無惨に接する。領主をしていた頃があったと言っていたので、人の上に立つ者特有の立ち居振る舞いに気高さがある。それは一朝一夕で身に着けられるものではない。鬼狩りなどにならなければ、領主として良い働きをしていただろう。
そんな黒死牟と接していると京にいた頃の記憶を思い出し、どこか苦々しく思いつつも、黒死牟がいることで場の空気が引き締まり、下々の鬼に対しての威厳を倍増させてくれるので、無惨は得意満面で黒死牟を傍に置いた。それは配下としてだけではなく、教養や作法を身に着けた黒死牟は、無惨にとって唯一の良き相談相手でもあった。
ある日、退屈凌ぎに囲碁をしていたが、その際、無惨は黒死牟の思考をすべて読み、易々と勝ってしまうことがあった。
「こうして心を読まれることに抵抗はないのか?」
「別に……隠し事はございませんし……人であった頃のように……取り繕う必要がないので……こちらとしても助かっております……」
重厚な見た目とは裏腹に、意外と型破りな発言をする時がある。その突拍子のない感じに心を引かれた。
「無惨様こそ……こちらの手の内を読んで囲碁を打っても……面白くはないでしょう……」
小気味良い音を立てて黒い碁石を置く黒死牟を小賢しい、とさえ思ったが、正直で不遜なその人柄を好ましく思っていた。
しかし、どれだけ心を通わせたつもりでいても、その言葉と心は偽りのきれいごとでしかない。所詮は肉の器を持った、欲深い獣でしかない。強さを求めると同時に、無惨の寵愛を一身に受けようとし、他の鬼の追随を許さず、鬼狩りであった頃より多くの鬼を殺してきた。上弦の壱の座を与えてやっても増長する一方だった。
「私のすべては……貴方様のものです……」
六つの目が真っ直ぐとこちらを見据える。
ただ、それさえも下手な嘘だ。ここでも、閨でも「無惨に愛されたい」と黒死牟は下手な演技をするのだ。
この男は、人の目を見ながら、無惨と自分自身に堂々と嘘が吐ける強かな男だ。
私の全ては貴方のもの、よくまぁ、そんな白々しい嘘が吐けるものだと無惨は呆れていた。黒死牟の目に自分は映っていないし、心は常に読み取るものなど何ひとつない虚無であった。そんな昏い心の奥底は禍々しいあの男が巣食い、あの男を忘れようとするために無惨を求めるが、心の中ではいついかなる時も、あの男の名を呼び続けているのだ。
無惨に嘘を吐いているつもりも、隠し事をしているつもりもない。あの男がいることに、黒死牟自身が気付いていないのだ。
だから、決して心の内を自分自身で認めようとせず、目の前の肉欲に溺れることで忘れ去ろうとしている。
嘘の下手な男だ。軽蔑しつつも無惨はその愚かな男を愛した。