ピンヒール「無惨様……」
「なんだ」
「それは……婦人物の履物では……」
「そうだが」
女装……もとい、女性の姿に擬態はしていない。男の姿、それもスーツ姿のまま、12センチのハイヒールを履いている。
艶々の真っ黒なパテントレザーにピンヒールの内側と靴底は真っ赤で、強烈な双方の色が無惨の足の甲を更に白く見せている。その上、カットが浅く、プラットフォームが無いので、爪先立ち状態の足の指の隙間が見えて、妙に艶めかしい。
しかし、上記の説明はあくまでも無惨、もしくは第三者目線の感想であり、黒死牟からすれば、竹馬のように歩きにくそうな靴を、何故にあのように嬉しそうに履くのか理解に苦しんでいた。無惨と好い仲になり数百年という長い月日が流れた為、近代的な女性の服装の性的な魅力がさっぱり解らなくなってしまった黒死牟は、無惨のハイヒールに何の魅力も感じないのだ。
もしや、女役を御所望か? と黒死牟が悩むと、思考を読んだ無惨は「違う」と即答した。ほっと胸を撫で下ろす黒死牟を見て、いやいや、お前も男だろう……とツッコミたくなるが、そこが黒死牟の可愛さである。
「別に男がハイヒールを履いても良いだろう。現に私は似合っている」
「確かに……」
ドヤ顔でふんぞり返る無惨を見て、そうとしか答えようがないが、スーツでハイヒールという倒錯的な美を楽しむ無惨の姿はいつにも増して輝いている。
しかし、本来の目的はそうではないようだ。
「ほら、これで私の方が高くなった」
12センチのヒールのおかげで、無惨の目線が黒死牟と同じ高さにあった。無惨の顔がふいに近付いて、黒死牟は頬を赤く染める。
「まさか……この為に……?」
「違う、とは言い切れないかな」
黒死牟は無惨より11センチ背が高い。その為、無礼だと承知だが、やや見下ろす形で接していた。そんなことを普段気にしているような様子は見られないが、やはり気にしていたのか、と黒死牟は申し訳無さで心無し屈んで小さくなってみる。
ジョークのつもりだったが、まさか黒死牟が気にすると思っていなかったので、無惨が逆に焦ってしまう。
「まぁ、お前より小柄でも、きちんと可愛がってやることは出来るがな」
そう言って軽々と黒死牟をお姫様抱っこで持ち上げる。こうすれば、黒死牟のテンションが一気に上がることは解っている。それで乗り切ってしまおうと考えたのだ。
不安定なハイヒールに影響されず、無惨は美しい姿勢のまま黒死牟を抱き上げ、踵の音を響かせて寝室へ向かった。