始祖が秘書上を肩に担いで安産型の尻を叩く 誰だ、先生の椅子でふんぞり返っている感じの悪い男は。
そう思うものの、その男は鬼舞辻に瓜二つで、寧ろ、鬼舞辻よりも妙な大物感がある。親戚など血縁者はすべて把握しているが、あんな男は存在していなかった。
警戒する黒死牟を見て、退屈そうに欠伸をする。
「おい、お前」
「お前と呼ばれる筋合いはない」
声音まで似ていることに驚いたが、毅然とした態度で黒死牟が返事をすると、不機嫌そうに眉間に皺を寄せる。机に右肘をついて首を傾けたまま、下から睨めつけるように黒死牟を見る。
「口の利き方に気を付けろ、継国巌勝」
本名を呼ばれ、黒死牟の指先が僅かに震えるが、ぐっと拳を握り締め耐えた。その名を知る者は鬼舞辻しかいない。久方振りにその名で呼ばれ、反応する自分にも驚いた。
「やはり、お前も巌勝なのか、黒死牟」
黒死牟は瞬時に懐に手を入れ、銃を掴むが、その腕は椅子に座っていた筈の男に止められた。机からここまで、あんな一瞬で動ける筈がない。黒死牟はショルダーホルスターから銃を抜けず、そのまま立ち尽くしていた。
「よせ、そんなもので私は殺せない」
言われなくても、そんなことはこの一瞬で痛い程解っている。そうなってくると、黒死牟の心配事はただひとつだった。
「先生をどこへやった」
グリップを握った手を離さず、トリガーに指を掛ける。勝てないと解っていても、このまま黙って殺される気はない。
「こんな時でも主の心配か。その心意気、嫌いではないぞ」
「質問に答えろ」
銃を抜こうとするが、更に強い力で押さえつけられ、苦痛で顔が歪む。涼しい顔のまま指先ひとつで黒死牟の動きを制圧するこの男は誰なのか。
「気の強さは主譲りか。お前の主は私と同じ顔できゃんきゃんと吠える姿が鬱陶しかったからな、そこで寝かせている」
男は机の後ろ側を指さした。そちらに駆け寄ろうとするも、黒死牟の動きは封じられたままである為、身動き出来ない。
鬼舞辻がここにいると解った以上、銃の暴発を避ける為、黒死牟は銃から手を離し、大人しく左腕を上げ、銃を握っていた右手も素手であることを証明する為、ジャケットから出した。
「私が人質になるので、先生を解放しろ」
サングラス越しに男を睨むが、男はゆっくりと瞬きして、赤い目で黒死牟を見つめる。
「お前を人質に取って、私に何の得がある?」
「ならば、狙いは何だ!」
どうしても勝ち目のない相手だが、黒死牟は鬼舞辻を守ることに意識を集中させ恐怖心を消し去った。自分の命よりも大事だと思える相手である、その鬼舞辻を守れずに死ぬなんて無様な死に様を晒す気はない。
「そう熱くなるな、黒死牟」
耳元でそっと囁かれ、体から力が抜けそうになる。その甘い声音を聞くと、体が無意識に反応してしまう。しかし、この男は鬼舞辻ではない。黒死牟は急いで離れ、一定の距離を保つ。
「弱いくせに威勢の良いことだ、黒死牟」
じりじりと間合いを詰められ、黒死牟の額に汗が滲む。せめて鬼舞辻の意識が戻り、自分が引き留めている間に逃げてくれたら……そう思い、声をあげようとすると、男はくちづけて黒死牟の唇を塞いだ。
突き飛ばそうとしても抵抗しても、力が強すぎて離れることができない。そのまま広いデスクの上に押し倒される。
後ろに鬼舞辻がいるのに、男は机の上に乗り、黒死牟の両手を押さえ、膝で黒死牟の股間を刺激する。必死に声を押し殺す様を見て、赤い目を輝かせて舌なめずりする。
「賢明な判断だな、ここで声を漏らすと、お前の主は目覚めるかもしれない」
下唇を噛み締め、顔を背ける。男は黒死牟の左手を離して、目元を隠すサングラスを奪い取った。
「長らくお前の目がふたつの状態を見ていなかったなぁ」
意味が解らず、顔を背けたままでいると、男は更に強く股間を刺激した。嫌がる黒死牟の唇に吸い付き、舌を口内に侵入させようとするが必死に抵抗している。
「無惨様……お戯れが過ぎます……」
男の背後から、もうひとりの強い気配がし、黒死牟は更に体を強張らせる。恐る恐る男の肩越しにその男を見ると、自分とやや似た印象の袴姿の大男が立っている。驚くべきはその顔で、目が六つもあり、殺意剥き出しでこちらを見ている。
「冗談に決まっているだろうが」
男は立ち上がり、黒死牟を解放する。やっと解放されたと思ったが、男は米俵を肩で担ぐように黒死牟を肩に乗せ、パァンと黒死牟の尻を叩いた。
「ひっ!」
初めて声をあげ、黒死牟は身を震わせる。
「こんな良い尻をしているのだ、一度くらい味見」
「無惨様……」
「冗談だ、忘れろ」
とは言うものの、細い指先で黒死牟の尻を撫で回している。肩に担がれた状態で、六つ目の化け物と見つめ合う形になり、黒死牟はその嫉妬の炎で燃える目が恐ろしくて堪らなかった。
「お前、本当に良い尻をしているな。骨盤が広くて、尻が大きくて」
「無惨様」
「冗談だ」
やっと解放され、黒死牟は少々よろけながら立ち、急いで鬼舞辻の元へ駆け寄った。口許に耳を近付けると呼吸は乱れていないので、本当に眠っているだけのようだった。
「おい、あの黒死牟は主が第一だぞ。ちょっとは見習ったらどうだ」
「……これ以上……私に何をお求めで……?」
六つの目がぎろりと男を睨みつけても、男は笑いながら、その異形の大男の腰に手を回し、またも尻を撫で回している。何と無く自分と鬼舞辻がじゃれ合っている姿を見せつけられている気分になり拍子抜けしてしまう。
「黒死牟」
名前を呼ばれ、黒死牟は鬼舞辻の前に立ち庇おうとする。
「お前のその愚直なまでに主を守ろうとする忠誠心、気に入った。どうだ、私の元に来ないか?」
「断る!」
即答だった。想像通りの答えが返ってきて、男は声をあげて笑った。その姿を見て、六つ目の男は不快そうに目を細めた。
「黒死牟、そこにいる私はただの人間だ。刃物で刺されることや、銃で撃たれでもしたら簡単に死ぬだろう」
言っている意味が解らないが、黒死牟はじっとふたりを睨みつけたまま、鬼舞辻をなるべく自分の影になるように隠す。
「お前も……黒死牟の名を与えられた者だ……命を惜しまず……その方にお仕えしろ……」
六つ目の男はそう言うと、ふたりは見つめ合い微笑み合いながら、光に包まれ消えていった。一体何が起こったのか解らないまま、黒死牟は鬼舞辻をゆすって起こした。
「先生、起きて下さい、先生」
「……黒死牟か?」
がばっと起き上がり、黒死牟の顔に触れる。
「目がふたつしかない……」
「寝ぼけておられるのですか?」
何の話をしているのか黒死牟は心当たりがあったが、知らないふりをしていた。本当にあの男と鬼舞辻は寸分違わず同じ顔をしているが、鬼舞辻の瞳は綺麗な茶色い瞳だ、あの赤い目とは違う。
「それより先生……」
黒死牟は鬼舞辻の上に乗り、首の後ろに手を回した。無言で鬼舞辻の唇に吸い付くと、鬼舞辻の細い指が黒死牟のジャケットを脱がせ、そのままスラックス越しに尻を撫で回す。似ているようで違う。キスの仕方も、指の動きも、似ているようで全然違うのだ。
「随分と積極的だな」
キスの合間にそう言われ、鬼舞辻は優しい眼差しを黒死牟に向ける。
「こんな可愛いことをされたら、一生放したくなくなるぞ」
「えぇ、望むところです」
黒死牟は小さく笑い鬼舞辻に抱きついた。