行き違いや誤解で黒死牟(巌勝)に翻弄されちゃう無惨様 さて、あの遊園地事件をきっかけに正式に付き合うようになったわけだが、あの事件の完璧すぎる立ち回りを見ても解るように黒死牟はなかなかの策士である。
自分の思い出の遊園地を守る為に主である自分まで謀って大博打に出る度胸があり、その上、話題の発端になったテレビの取材も黒死牟の持ち込み企画だった。
そりゃそうだろう。あんな寂れた遊園地に都合良く在京キー局のニュース番組が取材に来るはずなどない。
ロマンティックなムードになった観覧車も、黒死牟が熱心に写真を撮っていたのは周辺環境を写真に残す為だったそうだ。ちょっと気分が盛り上がった自分が馬鹿みたいである。
そんな黒死牟の努力の甲斐があり、産廃処理施設計画は無事白紙となり、その上「あの鬼舞辻議員が秘書とデートしていた遊園地」として、ちょっとした観光スポットになって繁盛しているようだ。
昭和のレトロ感が「エモい」と言われ、若者たちの映えスポットになったが、黒死牟のおかげで「秘書から恋人へのシンデレラストーリー」という玉の輿のご利益や同性カップルの恋愛成就祈願で一躍人気の遊園地となり、あの遊園地から鬼舞辻に金が流れているのではないかと、あらぬ疑惑まで浮上したくらいだ。
「先生、イメージキャラクターをしませんか、というオファーが来ていますが……」
「絶対嫌だ」
ムスッとした表情で答える無惨に黒死牟は苦笑いする。
無惨の不機嫌さは遊園地に関する疑惑云々ではない。
国会内であれだけ盛大に告白し、関係が周知のものとなった今でも、一度も朝を一緒に迎えたことがないのだ。
勿論、二徹など仕事で四六時中一緒にいることはしょっちゅうあるのだが、朝を一緒に迎えるどころか、二人きりで食事に行ったことも告白して以降、一度もなかった。
「寄っていかないか?」
と週末に声を掛けても黒死牟は丁重に断って帰っていく。
何だろう、この微妙に避けられている感じは……。
毎日勝負下着で気合いを入れているのに、見せることなく、毎晩脱衣かごに投げ入れる日々が続いている。
婚前交渉はしない主義だろうか。だとすれば、同性婚が認められていない今のこの国で、何をどうすれば結婚と同等の扱いが出来るのか。無惨は政策以上に頭を悩ませた。
いや、待てよ。黒死牟が望んでいることは、そういうことではないのかもしれない。
もしかして、雇用主である自分に気を遣って、ままごとに付き合ってくれているだけではないだろうか。
何と無く、そちらの方がしっくり来る気がするのだ。
告白してキスはしたものの、どちらが男役かとか考えたこともないし、将来のことなど何も考えていない。話し合う機会もなかった。
それは自分の空回りで、黒死牟は、自分の我儘にこちらを巻き込んだ手前、告白を断れなかっただけではないだろうか。
「はぁ……」
無惨は大きな溜息を吐き、やや高温のシャワーを頭から浴びた。
そりゃそうだよな、10歳も年上のオッサンのガチ告白にまともに取り合ってくれる子なんていないよな……と、鏡に映る姿を見て、濡れた前髪を掻き上げると、男前だ、イケメンだと持て囃されるものの、そこにはしっかりと歳を重ねた自分の姿があり、黒死牟に比べると、かなり老けた印象である。
自分が合コン三昧で遊び倒していた大学時代に、黒死牟はランドセルを背負って通学していたのだ。その年齢差は大人になっても埋まらない。
この恋愛ごっこにいつまで付き合ってくれるのだろうか……と不安な毎日を過ごしていた。
「先生、性的マイノリティーの団体から取材の申し込みが入っておりますが」
「全て断ってくれ」
別に黒死牟のことが好きだが、同性愛者というわけではない。
ただ、政治家という社会的に影響がある立場でカミングアウトした為に、講演会の出演依頼や機関誌でのインタビュー依頼など、数多くのオファーが来ていた。
昨夜、自分も結婚に代わる制度について考えたので、夫婦と同等の権利については興味のある項目ではある。だが、彼らは自分に話し合いの場は求めていない。同性婚実現への突破口に自分を使おうという下心が見えている。誰も彼も死活問題なので使える駒は使おうと思っている気持ちは解るが、その旗振り役をするには自分には何も材料が揃っていないのだ。全く進展していない恋に心痛めている自分には触れてほしくないところである。
黒死牟が断りのメールを送り終わるのを見届け、無惨は腕時計を見て黒死牟に尋ねた。
「今夜は何が食べたい?」
「え?」
黒死牟は驚いて持っていたタブレットを落とした。
「いや……もし、この後、予定が無かったら晩飯でも一緒にどうかな、と思って……あ、いや、予定があるなら良いのだ! 悪かった!」
タブレットを拾い上げる黒死牟に平謝りし、無惨は走って部屋を出た。
これはまずいぞ。
付き合う前より意志疎通がしづらくなっている。
こんなにギクシャクするくらい自分は嫌がられているのか……と無惨は思わず泣きそうになるが、イイ歳したオジサンが職場で恋人とのすれ違いで泣くなんて、情けなさすぎる。
必死で堪えて部屋に戻り、無惨が「帰る」と言うと、黒死牟は「お送り致します」と車の鍵を持った。
車内に気まずい沈黙が流れる。
既に心がバキバキに折れている無惨は、寝たふりでもしようかと思ったが、曖昧なことを許せない性格が災いし言ってしまったのだ。
「私のことが迷惑なら、はっきりと断ってくれても良いぞ」
「……どういう意味ですか?」
急ブレーキを踏んで、黒死牟は車を停めた。
「お前が私を拒んでも、別にお前をクビにしたり冷遇したりはしない。ただ、気まずいというなら、他の信頼出来る先生を紹介してやろうかと思っているが……」
そう言うと、黒死牟はサングラスを外し、涙で潤んだ瞳で無惨を睨んだ。
「え!?」
まさか、そんな表情をされると思っておらず、無惨は動揺してしまう。
「俺が毎日どんな気持ちで先生の下で働いていると思っているんですか!」
ぐずぐずと声を詰まらせながら、毎日、無惨の傍にいられるだけで嬉しいこと、国会で告白してもらうなんて自分には贅沢過ぎるご褒美を貰えたと、これ以上に幸せなことも、誇りもないと話してくれた。
「だけど先生は……遊園地のイメージキャラクターも断るし、同性愛者だってことも認めて下さらない……あの場面で、引くに引けないから俺の名前を使っただけなのでしょう!?」
無惨は自分に「これまでと違うイメージ」が付くことを嫌がっている、そう解釈した黒死牟は、自分との関係を後悔しているのではないかと思い距離を置いていたのだと言う。
「俺は、先生のことが好きで……好きでたまらないから、あの告白がすごく嬉しかった! だから、先生こそ、俺のことが本気じゃないなら、これ以上、俺の気持ちを弄ばないで下さい!」
車を降りようとする黒死牟の腕を掴んだ。
「改めて話をしたいから、取り敢えず、車を端に停めろ」
そう言われ、黒死牟は車を道端に停め、駐停車のハザードランプを点けた。
「後ろの座席に来い」
「はい……」
黒死牟は涙を拭い、運転席から後部座席に移動した。後部座席に乗り込むと、無惨は黒死牟を思い切り抱き締めた。
「せ、先生!?」
「あー……良かった……嫌われているのかと不安で堪らなかった……」
無惨が頬を擦り付けると、黒死牟は頭が茹で上がったのではないかと思うほど真っ赤になり、頬が熱かった。
「先生を嫌いになるはずなどありません……俺の憧れの人ですから」
「憧れの人? 違うだろう」
ちゅっと耳にキスをすると、黒死牟は熱のこもった吐息を漏らし、無惨のジャケットを握った。
「……好きな人です……」
「よろしい」
やっと主導権が自分に戻った為、無惨はこれまで悩み苦しんだ日々の憂さを晴らすかのように、黒死牟を甘く攻める。
「今まで擦れ違っていた分、お前への気持ちを伝えられなかったからな。一晩くらい、お前をベッドで独占したくらいでは伝えきれないと思うが……今夜、泊まっていくだろう?」
耳元で囁くと、黒死牟は「無理です……死んじゃいます……」とやんわり拒絶しようとするが、ふっと耳に息を掛けられ、びくんと体が跳ねた。
「本当に死ぬかどうか試してみるか? まず……」
黒死牟の細い顎を掴み、そっと唇を重ねる。静かな車内に濡れたキスの音だけが響いていた。