動物園でデートする二人 パンダが見たい。
無惨が突然、そんなことを言い出した。
実際付き合うようになり、無惨がそういうことを言い出す時は王道を絶対に外す。なので、「上野動物園」ではないことは解ってきた。
あぁ、だとすれば、和歌山のアドベンチャーワールドだな、白浜温泉に寄って帰るのか、と黒死牟も無惨の狙いが読めるようになってきたと勝ち誇った表情をするが、三択の答えは、まさかの「王子動物園」だった。
「王子動物園ですか…?」
確かに王子動物園にもパンダはいる。何だか裏をかかれた気がして、黒死牟はムッとした表情をする。そんな黒死牟の表情を嬉しそうに見ながら、二人は次の休日、新神戸駅まで新幹線で向かい、タクシーで王子動物園へと向かった。
「わぁ……!」
タクシーの窓から見える景色に黒死牟は声を出した。見事な桜が咲き誇っている。季節は春、桜が満開の季節なのだ。年度末で忙しい時に、と黒死牟はイライラしていたので、桜の季節だということをすっかり忘れていた。
「王子動物園はパンダもいるが、桜の名所でもあるのだ」
二人はタクシーを降り、家族連れやカップル、大勢の人間で賑わう王子動物園の中へと入って行く。
園内は動物たちの独特の匂いがする。桜とフラミンゴのピンクのコラボレーションに黒死牟は子供のようにはしゃぎ、カモやクジャクのいるゾーンを抜けると人だかりの向こう側にパンダのエリアがある。
桜とパンダのおかげで無惨と黒死牟が堂々とデートをしていても気にする人はそれほどおらず、行列に並んでパンダを見ている。
「おぉ……」
二人はよくあるパンダのぬいぐるみやキャラクターを頭に思い描いていたが、実物のパンダを見ると意外にクマ感が強いな……と同じことを考えていた。
「パンダのしっぽって何色か知っているか?」
「イメージ的には黒ですね。その方が配色も良いですし」
「はずれ、白だ」
「でしょうね」
二人の会話を隣にいた女児が聞いて、「へー」と声をあげたので、二人はサングラスを外してにっこりと笑って手を振った。この女児のイケメンハードルをこの二人がクソ高い位置まで押し上げたのは言うまでもない。
「次、コアラ見に行こう」
「はい」
そう言って、コアラを見に行っては「爪が意外に鋭い」「結構獰猛ですからね」と夢のない会話をし、ふれあい広場で遊んでから、クマ舎でホッキョクグマを見て、その後、爬虫類、類人猿のエリアを歩きながら見て、キリンと桜のコラボレーションを撮影し、旧ハンター邸と桜をバックに無惨の撮影会をして、入口に近いゾウと猛獣のいるエリアへと向かう。
「てっきりアドベンチャーワールドに行くのかと思っていました」
「だろう? まぁ、あっちはあっちで白浜温泉に行きたいから、改めて行くとしよう」
やはり白浜温泉に行きたかったのか、と、その読みは当たっていたので、黒死牟は胸の中で小さくガッツポーズを取った。
「でも、上野動物園でもパンダは見られるのに、どうしてここまで来たのですか?」
先日もわざわざ伊丹空港で降りて、阪急電車ツアーをしたところだ。
「そうだなぁ……」
風が吹くと桜が雪のように舞う。そんな桜吹雪の中にいる無惨が美しすぎて、思わず見惚れてしまった。当たり前のように四六時中一緒にいるが、未だに慣れない。どうして、こんな完璧な人が自分を恋人に選んでくれたのだろうか。いつもそんなことを考えていた。
やや頬を赤く染めつつも、不安そうな表情をしている黒死牟の手を握り、二人は並んで歩く。
「自分が生まれ育った関西の土地を、お前にも知ってもらいたかった」
電車で京都に移動する時も同じことを言っていた。
ここで自分は幼少期を過ごし、学生時代はこんなところに行って、今でもこの味を懐かしく思うし、ここで遊んだ記憶をお前にも知ってもらいたい、と、無惨が案内してくれた場所には、黒死牟の知らない無惨の姿があり、こうして訪れたことでその思い出を共有した気持ちになっていた。
「これからの人生、様々な思い出をお前と作っていきたいと思う」
「え?」
無惨は繋いだ手を更に強く握る。
「法律上は結婚出来ないが、一生、私の傍にいて欲しい」
「こんなところで言うなんて、ずるいです」
黒死牟は涙が零れそうになるのを堪える為、頭上の桜を見上げた。
ゾウを見てから猛獣エリアに行き、一通り動物は全て見た。園を出てから、二人は今夜の宿の有馬温泉までタクシーで向かう。
あんな告白を受けた後で、温泉旅館、それも部屋に露天風呂がついた完全個室の部屋での宿泊なので黒死牟は完全に緊張してしまっていた。無惨はそんな黒死牟の様子が手に取るように解るようで、ルームミラーに映らない位置で黒死牟の手をそっと握った。
「今夜は寝られると思うなよ」
無惨の呟きに悲鳴をあげそうになるが、黒死牟も無惨の手を握り返した。