ある夏の日『帰りにソフトクリームを買ったんだ』
『ええやん、何味?』
『バニラと抹茶』
『ほーん』
『悪いがドアを開けてくれると助かる』
ホールハンズに届いたメッセージを見て顔を上げる。ベッドから降りて数歩、寮の自室で涼んでいたこはくは慌てて閉め切っていたドアへ駆け寄ると勢い良く開け放った。
鼻の頭にまで汗をかいて、向日葵の笑顔を浮かべた青年が両手にソフトクリームを持って立っている。すう、と彼が大きく息を吸ったので身構えた。
「た、ただいまあ」
「なんや、いつもみたくデカい声で来るかと思ったんに」
「さすがに、この暑さの中を全力疾走したらなあ、俺だって……あっ駄目だ溶ける。こっちこはくさんの」
「お、おん。おおきに」
ずいっと差し出されたバニラと抹茶のソフトクリームは、もう表面がとろりと溶け始めていた。急いでてっぺんにかぶりつくと、口の中をじゅわりと甘味が満たし、バニラの濃厚な香りと抹茶のこうばしさが混ざり合って鼻腔を抜けていく。
同じようにかぶりつく斑を手招いて部屋の中へ通した。聞けば寮のすぐそばにキッチンカーで販売に来ているのを見かけ、買ってきてくれたらしい。ローテーブルの前に座って舌鼓を打っていると、斑もいそいそと隣に腰を下ろした。
ソフトクリームなんて何年ぶりだろう、とつぶやいた斑に、そんなものかと思いながらもう一口氷菓に食らいつく。座敷牢から出て初めての夏に、一度食べたきりかもしれない。あのときは確かユニットの仲間たちと一緒で、コンビニでアイスを買うというこれまたはじめての経験も同時に済ませた。あのとき食べたものは思いのほか固くて、テレビやインターネットで見たソフトクリームはもっと柔らかいものだというイメージがあったから驚いたものだ。
「どっちが好きか分からなかったから混ざったやつにしちゃったけど、それで良かったかなあ」
ふいに聞こえた斑の声に現実に引き戻される。見れば、彼はすでにコーンの上の部分をあらかた食べ尽くしてしまっていた。ざくりとコーンのふちに歯を立てる音に食欲を刺激されて、彼の問いかけに答える前にこはくはもう一度アイスにかぶりついた。
「……んぐ、んぐ……わしもそんなに種類食べたことあらへんから、何が好きとかよぉわからんけど、これは美味しいわぁ。どっちも、ちゅうのがええね。よくばりで」
「よくばりかあ、確かになあ。どっちの味も楽しめるし、そう考えれば贅沢なのかもしれない」
「あっ」
「どうしたんだあ」
「Double Faceや……」
一瞬きょとんとした顔をしたあと、みるみる斑の顔が歪む。肩を震わせたあと机に突っ伏した彼は、肘で小突いてやるといよいよ抑えきれなくなったらしい。大笑いしながら膝を打って、ひいひい言いながら苦労して、最後に残ったコーンの先を口の中に放り込んだ。
「あっはっは、ひーっ、ふふっ、そ、そうなるとなんだ、俺はバニラかあ?」
「おんどれがこないに真っ白なわけあらへんやろ、抹茶じゃ抹茶。わしは……あいや、わしもバニラにはなられへんか……」
「あは、は、はは」
ハンカチでこめかみに伝う汗を拭って笑う斑は「まあつまり、俺達ひとりひとりがバニラと抹茶のソフトクリームってわけだ」などと締め括ると、一つ長いため息をついた。後ろに手をついて体をそらし、天井を見上げて満足そうにしている。
「あー、良い息抜きになった」
「このあとは?」
「夕方からまたお仕事だなあ。こはくさんは?」
「明日の昼まで何もない。シャワー浴びてく?」
「助かるなあ」
すっかりこの部屋の常連になった斑の着替えは、いつからか一セット常備されるようになった。同室の人間のスペースにも同じような形跡が見て取れるので、こはくはこの距離感がおかしいものだとはつゆほども思っていない。
以前よりも随分近い距離で、何気なくかかわることのできる日々は、なかなかどうして心地が良い。まだ彼に腹の立つことは多々あるけれど、たとえば今日のように、暑い日にはともに涼を取り、美味いものを見つければともに楽しむ関係を、こはくは案外気に入っている。
「こはくさん、指についてるぞお」
ああ、道理で少しひやりとするなと思った。ティッシュに手を伸ばす前に、斑の顔がすっと近づいてくる。
「ごちそうさま」
これで本当に満足、という顔をした男の頭に、こはくは思いきりげんこつを落とした。