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    こは斑ワンドロワンライ、開催ありがとうございます!
    お題「ありがとう」「蕾」お借りしました

    #こは斑
    yellowSpot
    #こは斑ワンドロワンライ

    帰るべき場所にてほころぶ花の香 一人で立つことには慣れている。ステージの上でも、日常生活においても、身軽で気軽に動けるおひとりさまという生き方を気に入ってもいる。無理に誰かに合わせることも、逆に誰かに気を遣わせてしまうこともない。力加減を間違えて周囲を傷つけてしまったり、距離感を間違えてこちらの事情に罪のない人を巻き込んでしまったり。そういったことも、もう御免だ。
     黒いバックパック一つを背負って、斑は星空を見上げながらのんびりと歩いている。
     数ヶ月に渡る海外でのライブツアーが無事に終了した。初めて渡航する国であったけれども、手応えは上々。ESが近頃目をつけている地域なだけあって、アイドル文化はよく浸透し、誰もが異国からやってきた新しい風を歓迎してくれた。一身に浴びた歓声と拍手とを思い出すと、寒さからではない震えが今も湧き上がってくる。
     春の香りがする。僅かに切なく、希望に満ちた風が吹き抜けていく。まだ寒い。途中、小さな公園の横を通り過ぎる際に見てみると、桜はまだ固い蕾の状態であった。良い時期に帰って来ることができたな、と思わず笑みがこぼれた。
     一人で立つことには慣れている。しかし、一人ではなかった時期もあった。
     あれは、今までの人生の中でも最も暗澹たる時期であり、じっとりとした苦悩に苛まれた時期であったと思う。同時に、それだけでは片付けることのできない、輝かしい時間でもあった。酷く矛盾しているように思えるけれど、斑にとっては今も、おそらくこの先もずっと、あの時間は大切で愛おしい青春の記憶である。そのとき背中に感じていた熱は、今は胸の奥で静かに斑をあたためつづけてくれている。桜色の、穏やかで苛烈な光である。
     ロングコートのポケットの中で、斑はスマホを握ったり、離したりしていた。しばらく歩いて、公園を通り過ぎて、十字路を曲がったところでやっとそれを取り出した。
     液晶の上を指がさまよう。
    (……どうしようかなあ。もう寝てしまっているだろうか。それとも、結構宵っぱりなところもある子だから、あるいは)
     一人で立つことには慣れている。慣れているけれども、昔と今とでは、その意味は少しだけ変化した。
     一人で立っていなければいけない英雄は居ない。楽しいひとり旅を満喫しながら、家に帰ると大切な家族や仲間のいる、少し贅沢な男はいるけれども。
     結局悩んだ末に、斑は通話ボタンをタップした。コール音が三回。四回、鳴り終わる前に待ちわびた声が鼓膜を揺らした。
    『今何時だと思てんねん、ど阿呆』
    「平身低頭っ。なはは、だけど出てくれるんだもんなあ」
    『ふん。……で? 帰ってきたんか』
    「うん。ただいまあ、こはくさん! ママが日本に帰ってきました! 熱いハグで出迎えてくれると嬉しい☆」
    『相変わらずやかまし……声落としや。ぬしはん今、外やろ。ったく……おかえり。無事に帰って来て良かったわ』
     開口早々お叱りを受けてしまった。懐かしさに口角が上がっていく。これこれ、と逆に嬉しくなりながら家路を急ぐ。長電話は迷惑だろうが、できることなら少し落ち着いて言葉をかわしたい。自宅であるアパートまではあと少しだ。
    『今回はちっと長かったなぁ。斑はんのライブ、こっちでも中継されとったで。ええ出来やったやないの』
    「あは、そうかあ? お客さんたちのノリが良くってなあ、随分助けられたぞお!」
    『ええことやないの。アイドルらしい、アイドルのステージやった』
     冷えた体の奥に、そっと触れる熱をもった言葉だった。噛みしめるように黙り込んだ斑に、電話口からは気遣うような声がする。
    『なんや、やっぱし疲れとるんとちゃう? 今どこにおるんや』
    「……ああ、大丈夫だぞお。あと少しで家なんだ。こはくさんに電話をしたのは、」
     と、しばし逡巡した。声が聞きたかったからだ、と続けようとして照れ臭さが勝った。
    「電話をしたのは……思い出したからだ。ふと、SS予選会のときのことをなあ。あのとき俺に課せられたのは、同じユニットのメンバーに一日一回ありがとうと言うことだった。そんなことをたまたま思い出して、こうして君に電話をかけてみたってわけだ。……こはくさん、おかえりと言ってくれてありがとう。嬉しかった」
     つらつらと話しながらポストを覗いて、入っていた紙束を適当に引き抜いて階段を上る。
     まだ寮にも部屋はあるし度々帰ってはいるものの、一人でリラックスしたいときにこの小さなアパートの一室はとても便利だ。治安の良い地域だったから築年数の割に少々値は張ったが、それでも借り続けるメリットのほうが上回った。
     しばらく沈黙が続いた。足音をたてないように階段を上って目的のフロアまで来たとき、やっと、ぼそりとこはくがつぶやいた。
    「そういうことは、面と向かって本人に言わんかい」
     おや、どうしてそんなところから声がする。
     はっと顔を上げたさき、スマホを握りしめてじとりとこちらを睨みつける男と目があった。
     まだ冬の残り香が混ざる、春の風が吹きつける。乱された彼の髪、その桜色が、ぶわりと咲き誇った。
     いつかのような早咲きの桜に誘われるように、自然と身体は動いた。
    「こないなとこで待っとるわしもわしやけど。こっちで待っとって正解やったわ……っどわぁ! いきなりとびついてくんなっ、阿呆!」
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