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    こは斑オメガバース短編。
    pixivにアップロード済みの
    君は気持ちの良いひと
    https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=19789906
    の前日譚のようなものです。全年齢。

    透明な証 うなじをさする。
     ふとしたときに、そっと首の後ろをさする。そんなクセがついたのは、こはくと番になった頃からだ。自覚した頃にはやめられなくなっていて、人前でその仕草をしなければいいかと、その点にだけ気をつけるようにはしている。
     番になったときの噛み跡はもうとっくにきれいに完治している。痛みもないし、特別何か感じるものがあるわけでもないのだが、あの頃の自分は割と追い詰められていたのかもしれない。そんな、あるはずのない痛みに縋るような仕草が癖になってしまうだなんて。

    「暑いん? 髪、結おうか。」

     ぱっと斑は振り向いた。見れば、洗面所の入り口でこはくが壁に凭れてこちらを見ている。
     斑が借りているアパートの一室での、朝のことである。昨日まで重たいヒートを起こしていた斑は、散々こはくの身体を貪ったあとだった。下着しか身に着けていない少年の腰回りや肩、首筋に青あざができているのを見て、額に手をやる。理性が働いているときは気を使えるのに、少し気を抜くとこれだ。自分が必死になってしがみついた痕跡を見つけてしまうと、どうにも気恥ずかしさといたたまれなさで表情に困る。
     それはそうと、髪、と言われて斑は首を傾げた。たしかに今、斑は髪を解いておろしている。普段は朝起きてすぐに整えてしまうのだが、今朝はひどい体の倦怠感がゆえに後回しにしていたのだ。

    「おはよう。髪? どうして。」
    「いや、首もと暑いんやろ。」

     こはくは、ぺちぺちと自分のうなじを手で叩く。そこでやっと気がついた。あのクセが出てしまっていたのだ。鏡の前で感情に浸っていたからか、無意識に首の後ろに触れていたらしい。
     どう説明したものかと黙り込んでいると、こはくは「顔洗ったらおいで」と言って部屋に戻っていってしまった。

    「そこ座って。他人様の髪なんぞ結ったことないし、上手いことできるかわからんけど。」

     斑は黙ってソファーに腰掛けた。髪を下ろしたまま動くのにはどうにも違和感があり、そわそわしてしまう。いつも使っている髪留めをひとつ渡して、適当にまとめてくれればいいと言うと、こはくはこくりと頷いた。

    「きれいな女の人の髪じゃあるまいし、そんな恐る恐る触らなくても……。」
    「阿呆、大事な恋人の髪の毛やぞ。緊張せんほうがおかしいわ。」

     こわごわと触れてくるこはくを揶揄うつもりで言ったのに、返ってきた言葉に黙り込むことしかできなくなってしまった。こはくは、こちらが怯むほど真っ直ぐに想いを伝えてくる。口を引き結んだままうなじに手を伸ばそうとして思い留まった。これ以上墓穴を掘ってはならない。
     さらさらとこはくは斑の髪に指を通し、その触り心地を楽しんでから、ゆっくりと後ろでひとまとめにしてくれた。外気に晒された首筋が涼しい。仕事のときのメイクなどで髪に触れられるときとは全く違う感覚だった。くすぐったくて、あたたかくて、甘ったるくて仕方がない。

    「……で、できた! 大丈夫かな、傾いてへん?」

     上ずった声にはっと我に返った。差し出された手鏡と、こはくが背後で構えるスタンド式の化粧鏡で後頭部を確認すると、少しばかり不格好ではあるがきちんと結べていることがわかる。普段なら編み込んである髪もまとめてしまっているから、首周りがなんとなく落ち着かない。
     けれど、そっと自分でも頭の後ろに触れて、斑はにこりと笑った。

    「うん、初めてにしては上出来だなあ! ありがとう、こはくさん。涼しくなっ……っ、ひっ、」

     感謝の言葉は途中で途切れる。こはくが指先で、晒されたうなじにそっと触れたからだ。

    「……こ、はくさん、そこは、」
    「ふふ。……わしにも触らせて。ひとりじめせんと。」

     ばっとそこを押さえて振り返ると、頬を染め、照れ臭そうな笑みを浮かべたこはくと目が合った。こはくは鏡を静かにデスクに置くと、なあ、と低い声で囁いて、ソファーの背から斑の身体に腕を回す。

    「ほんま、かわええおひと。」

     もう傷跡一つないそこを、大切にしているのは斑だけではない。
     赤い顔を誤魔化すようにため息をついて、斑はこはくの頬に掠めるだけのキスをした。きょとんとこちらを覗き込んでくる、あどけない顔立ちの少年に、仕返しとばかりに囁き返す。

    「見えるように、もう一度痕でもつけてくれるのかあ?」

     遠くない未来に、その言葉が現実になることなど、知りもしないまま。
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