なにさまおこさま「なぁ、あれ言うて」
明け方の気怠い空気のなか、こはくがそんなことを言うので、斑は沈みかけていた意識をもう一度眠りの縁から引っ張り出してこなくてはならなかった。
あれ、とは。正直、口を開くのも億劫だったので目線だけで問うと、こはくはいたずらっぽく笑って「マセガキ」とだけ囁いた。
「はあ?」
「やってみろよ、マセガキ、っちやつ」
なぜいま。再度になるが、斑はもう半分眠りの中にいたのだ。彼の発言の理由を考えることにより得られるメリットと、このまま眠りについたときのそれとを天秤にかけ、さっさと布団を頭まで引き上げた。
「なぁ、なぁ」
「……本日の営業は終了いたしました」
「まだ四時やで」
ぐい、と布団を引っ張られて呻いた。誰のせいでこんな時間になったというのか。半分ほどは散々煽った自分のせいなのだけれど、とりあえずそれは棚に上げておくとして、斑は地を這うような声を出した。
「今の君はマセガキじゃなくてクソガキだろう」
きゃらきゃらと嬉しそうに笑う声は低く、耳に心地良い。もうこれで満足してくれないだろうか。これ以上やり合うのも、意地を張るのも長くは続けられそうにない。火照った体とじんわりと痛む腰と、それらを包み込む強烈な眠気に耐えられないのだ。
ひとしきり笑ったあと、幸いなことに気が済んだのかこはくはおとなしくなった。隣にもそもそと潜り込んでくる気配に、ほっと胸を撫で下ろす。同時に、先程まで気にならなかった、眠気に負けていた好奇心が少しずつ勢力を取り戻してきた。
これは良くない。せっかく気持ち良く眠りにつけそうだったのに、とため息をついて、斑は手元のスマートフォンの画面をつけた。五月五日、午前四時三分。
(こどもの日……)
しょうもない。ここから連想したのだろう。
フッと息を吐いた斑に気がついたのか、こはくが背後でそっと笑った。
「初めて会うた日のこと、思い出してん」
そう言って、こはくは掛け布団を自身にかけ直す。一枚の布団を共有しているから、斑の身体に掛かっている部分が少々引っ張られていった。
「君じゃ俺の相手にならない、やったっけ。ふふ。こども扱いされてるみたいで、腹立たしかったなぁっち」
「……いまさら意趣返しかあ?」
「今ならあんなふうに言われても、そんなに気にならんかもしれへん」
上機嫌でこはくは言う。それはそうだろう。学ばなくていいことまでしっかり吸収して、驚くべき成長力でめきめきと様々な力をつけ、今ではこうして斑を疲労困憊させるほど追い詰めることさえできるようになった。
しかし、これはなんというか。
「君のそういうところ、案外かわいらしいよなあ……」
「は?」
「はは……さっさと寝なさい、マセガキ」
言い捨てると、今度こそ斑は目を閉じる。
少し強めに布団を引っ張ると、対応しきれなかったこはくが慌てた声を上げる。その後ぶつくさ文句を言っているのが聞こえて、それでやっと溜飲が下がった。