一枚絵の中の花々 朝見た彼が、傘を持っていなかったような気がした。そして自分も、彼と同じビルの中で仕事の予定があった。そのうえたまたま、仕事が終わる時間までだいたい同じであった。だから、特にこの行為に何か深い意味があるわけではない。
けれども、たとえば彼が天気予報を見ていなかったとして。急に今になって雨が降ってきて困っていたとして、そこに自分が現れて傘を差し出したら彼は多少なりとも恩義を感じてくれるだろう。そんな予想をする自分が嫌だった。しかし、いつものことでもあった。もう慣れていた。相手の一歩、二歩先の出方を考えてから動くのは、斑にとって生きていく上で当然に必要なことだったのだ。
ロビーのソファに腰掛けて、出入り口の傘立てに視線をやると、まだそこには斑の持ってきた傘が残っていた。もしこれで誰かに持って行かれでもしていたら、最初から何もなかったのだとそのまま次の仕事場に向かうつもりだった。しかしそこに傘があったので、斑は静かにここでこはくを待つことにした。
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