うさぎ「え!? お前、その目どうした!?」
昼休み、屋上に現れた凪は、目を真っ赤に充血させていた。
「ゴーグル忘れたから」
「ごめん、なんの話? 何して腫らしたって?」
足を真っ直ぐにして座り直し、自分の太ももをポンポンと軽く叩く。
すると凪はゆっくり近づいて来て、俺の足の上でゴロンと仰向けに寝転んだ。
「本当は他人の目薬つかうの良くねぇけれど、俺の持ってるやつさすか」
「レオは他人じゃないよ」
「そういうのいいから。嬉しいけど」
カバンを引き寄せ、ポーチから目薬取り出し、凪の目にさしてやる。
パチパチしろ、と言ったら目を瞬かせた。ので、違う、そうじゃなくて手を叩け、と言ったら、困惑しながらゆっくり拍手してくれた。可愛い。
「ていうか、お前、なんか髪の毛濡れてないか? ジメジメしてきたんだけど」
「うん、午前中プール入ってたから」
「は?! プール?? この時期に? なんで??」
「たぶんイヤガラセ。俺、体育、真面目にやってないから。運動苦手なやつが出来ないのは仕方ないけど、出来る奴がやらないのは許さないって」
凪の説明はあまり要領を得なかったが、事のあらましはこうだ。
去年の夏、凪はプールの授業をサボりまくっていた。けれど、筆記試験や他の競技で単位は無事にゲット。しかし今年度に入ったある日、凪は体育教師の不興を買ってしまったらしい。去年、プールの授業でこなさなきゃいけない本数泳ぎ切っていないと言い出したそうだ。そいつは競泳部顧問。プールを自由に使うことができる。クリアしない限り、通常授業を受けさせない、と抜かしたとのことだ。
「どんだけ泳がされたんだ?」
「二五m、一〇本」
「うわぁ。言ってやろうか? パワハラ野郎って。しかるべき場所に」
「レオが口挟むと大事になっちゃうよ。首まで飛んじゃいそうだから、いいや」
あの人の言いたいことも、わからんじゃないし。そう言って凪は俺の膝の上でゴロゴロと猫のように甘えた態度を取る。
「お前がいいなら、いいか」
「うん。いいよ」
空を見上げるとゆっくりと雲が流れている。少し暑い。風邪をひくような天気じゃなくてよかったと思いながら、凪の頭を撫でる。
「見ろ凪! あんな低いところ、飛行機飛んでる! 近いなー、乗ってる人、見えそう」
「んんー?」
「お前、なんでずっと目、瞑ってるんだ?」
「やっぱ、目、いたいかも。眩しい、チクチクする」
「目、水でちゃんと洗ったんだよな?」
「あ」
「困った子だなぁ!!」
足を揺らして、凪が立ち上がるように促す。
「ほら、水道行くぞ! 洗って、もう一度目薬さして様子見るぞ。あとさっさと昼食おう」
「もうちょっと、このままがいいよ、疲れちゃった。ね、お願いレオ」
おねがい。オネガイ。赤い目で、うっすら涙をためて、俺を見上げる、凪。やばい、なんか来る。来そう。
グズる凪を無理矢理起こして、真正面に座らせる。目元を撫でると、凪はゆっくり目を開ける。
「はは、ウサギさんみてぇ」
幼い頃動物図鑑で見た、赤い目をした真っ赤な目の小動物を思い出す。顔を近付け、目の縁をベロっと舐めると、凪の体が大きくビクッと震えた。
「や、やだレオ、なに」
俺から距離を取ろうとするものだから、その肩を強く掴み、そのまま押し倒す。
「俺が喰ってやるよ」
目、閉じてろよ。抵抗する暇も与えてやらない。ミートパイにしてやる。
凪は何が火をつけてしまったのかわからないと困惑していたが、やがて力を抜き、無抵抗になった。
悪化しちゃったらどうするの。凪が口に出したのか、俺が心の中で思ったのか。心配はしている。でももう、目の前の獲物を逃してやれそうにはなかった。