玲王そっくりな凪の子供はバスケに夢中らしい(3)あの一件以来、レオは頻繁にうちに遊びに来るようになっていて、正直、困っている。
「やだーーー!レオくんかえって!!!」
「何を!?一応お前に血を分けた人間だぞ!お前の半分は俺で出来てるんだぞ!!」
「きらいーーーせいちゃんもこないでっていってたもん!」
「嘘つけ!!凪はそんなこと……そんなこと言わないよな、凪」
俺はそれには答えず、エプロンで手を拭いて黙って夕食の支度を続ける。どうせ泣かされるのだからレイも構わなきゃいいのに、レオの正面まで駆けていって、イーダ!と歯を剥き出している。
レオが初めて我が家を訪れたあの日、家を飛び出したもののすぐに追いつかれてしまった俺たちは、3人で駅前のファミレスに入った。人目があれば、お互い(主にレオが)感情的になったり暴走したりしないだろうという魂胆だった。レイがずっとしくしく泣いているものだから、周りの人がこっそり声をかけてくれたり、店員さんに「何かあれば合図してください。通報します」とメモを寄越してくれたりした。そのくらい、はたから見て異常な雰囲気だったんだと思う。
なんでも注文していい、というレオの言葉に甘えて、普段は我慢させているビッグパフェをレイのために頼んであげた。のに、レイは俺のお腹に顔を埋めたまま、ひたすら泣き続けているので、パフェはどんどん溶けてドロドロと得体のしれないものなっていく。そして相変わらず、レイを見つめるレオの目が怖い。
「俺、あの時、本当に仕事忙しくて。まさか子供ができてるなんて夢にも思わなかったし」
レオは先ほどから言い訳とも、謝罪ともつかない口上をつらつらと吐いている。レイが心配でほとんど頭に入らないけれど、うん、うん、と形だけうなづいている。
「ところでさ、その子供、本当に俺との子、だよな?」
「は?」
流石に聞き流すことができない言葉が耳に入ってきて、思わず剣呑な声で返してしまった。
「こんなに似てるのに、疑うの?」
「俺によく似たαの子、とか」
「こ、こんなに似てるのに?俺はレオとしか寝たことないよ。それに、身に覚えあるでしょ?最後の日のこと」
「でも、俺たち番ってないし、たった一回でそんな、できるもんか?それにあの日、ゴムしてなかったけど、中に出してな」
「うあーーーん!!!」
レイが大声を出したので慌てて膝の上に抱き上げて抱きしめる。内容がわかっているとは思えなけれど、話題が話題なだけに申し訳なさで俺だって泣いてしまいたい。それと、本当に、レオの顔が怖い。レイになんの恨みがあるっていうんだ。
突然、俺に影が降ってきて、後ろから伸びた逞しい腕に子供を攫われてしまった。けれど、俺が今時点で一番信頼している人間なので、特別問題はない。
「おい、レイがこんなに泣いてるのに放ったらかしとはどういう了見だ。それでもお前たち、こいつの親か?」
「なんでお前が!?凪が呼んだのか?」
レイがようやく静かになった。というか笑顔になった。
「ありがとう馬狼、遅かったね」
馬狼は、仁王立ちで俺たちを見下ろした。
4人になったテーブルで、今度こそ冷静な話し合いが始まった。お互いに認識の齟齬があったことを確認した上で、これからどうしたいかを語り合った。
「俺は、凪と別れたつもりはない。別れるつもりもない。一緒に暮らしたい」
「レイのことはどう思ってるんだ?お前に子供が育てられるのか?」
馬狼だって子供はいない。けれども、俺たち親子を心配して、俺と一緒にレイを守ってくれる、と約束してくれた。レオに悪いから、と一緒に暮らしてはいなかったけれど、頻繁に様子を見にきてくれたし、子育てを手伝ってくれている。運動会、お遊戯会も来て、ビデオ撮ったりしてくれる。
「なん、だよ、二人して俺を悪者扱いして。馬狼、お前、凪からしか話聞いてないだろ?!俺の言い分も聞けよ!」
「あのクサオが、こんなに能動的に動いてるんだ。自分の意志で。自分の足で。お前の力を借りずに。俺はキングだからな、この小さい臣下と弱ってるクサオは俺が護る」
「俺弱ってないけど」
「本当の父親じゃねぇくせに!」
「本当の父親がろくでもないみたいだからな」
「何にしても、俺、レオと元通りになる気はないよ」
二人が黙る。レオの顔がどんどん青くなっていく。けれど、折れるわけにはいかない。俺には、守らなきゃいけないものがあるから。
「レイのことは、レオに絶対迷惑かけない。認知もしてくれなくていい。この子は俺だけの子供だから。俺にはこの子がいる」
レオそっくりに生まれてきてくれた。
「俺にはもう、レオは必要ない」
レイを抱っこして立ち上がる。
「俺は俺の宝物を見つけたから。もう俺はお前の、モノ、じゃない。今までありがとう。レイをくれて、ありがとう」
多分この後のことは馬狼がどうにかしてくれるだろう。俺はファミレスを後にした。
ということがあったにも関わらず、レオは三日と空けずに顔を見せに来るようになった。電話は毎日かかってくる。レイがやっと寝ついたのに、狙ったように電話がかかってくる時など、殺意すら湧いてしまう。
「レオ!!」
『すぐ出てくれた!声ちっさ。かわいい』
「寝て!!」
『え、凪怒ってる?ビデオ通話に切り替えていい?顔見たい』
こんな調子だ。
その日も、レイは泣いていた。別にレオがいじめているわけではない。レイが突っかかっていって、圧に負けて泣いてるだけなんだ。
「あのね、レオ、そこに座って」
レイの情操教育に悪い。なにせ、ここのところのレイは三日に一度は大泣きしている。レオ
が三日に一度、我が家に現れるからだ。今日も泣き疲れて眠ってしまったレイを抱えながら、意識して、低いトーンでレオに言う。レオは大人しく、ちゃぶ台を挟んだ俺の真向かいにちょこんと座った。
「俺、もうこの子しかいらないの」
俺の太ももを枕にして眠る我が子の頭を撫でながら、レオに言う。
「俺ね、この子を手放す可能性が出てくることは、完全に排除したいんだよね」
「俺は!俺は、凪のことはもちろん、その子供のこともちゃんと守る。今はお互い距離感がわからないだけで、きっとそのうち」
「別に、守ってもらわなくても生きていける」
レオが怯む。大丈夫、間違っていない。自分に言い聞かせる。
「なんだよ、馬狼とか斬鉄とか、他の奴らは頼るくせに!!」
レイの体がビクッと揺れる。寝ているのか、寝ているふりをしてくれているのか。こんなに小さいのに、たくさん気を遣わせている自覚がある。色々なものを俺に与えてくれているのに、十分に甘やかしてあげることすらままならない。
「ねぇ、レオ、この子のこと、本当はどう思ってるの」
「大事に、思ってる」
「本当は?」
レオがこちらににじり寄ってきて、レイのおでこを撫でる。その後、視線を上げると少し強い力で俺の両頬を、両手で挟んできた。
「この子供さえいなければ、って思う」
その表情が、怒っているのか、悲しんでいるのか、はたまた笑っているのか俺には分かりかねた。不思議、あれだ、能面みたい。その手がゆっくり落ちて、首の辺りで止まる。レオの両手が、俺の首を一周する。力を込められたらきっと、簡単に。昔の俺だったら、レオになら殺されてもいいって考えたかもしれない。でも今はもう、絶対にだめ。
「レオ、手、貸して」
一瞬でレオの顔を赤くなった。俺たち、いろんなこと、それこそ子供ができるようなこともしているというのに、手を握る程度のことでこんなに赤面するレオのことが、もう俺には、本当に、何もわからない。
「な、凪?」
「この子を生む時、名前も知らないお医者さんや看護師さんが手を握ってくれたんだ」
お腹の子が生まれる、今この時間が無事に終わるまでのおまじない、これはレオの手なんだって思おうとすればするほど、記憶の中のレオの手との違いに絶望した。
今レオの手を触りながら、どうしてこうなってしまったんだろうとも思う。
最期の瞬間、俺の手を握ってくれるのはきっとレオだって、ずっと信じていた。あの時までは。
「レオ、俺を見つけてくれてありがとう、サッカー、誘ってくれてありがとう、夢を見させてくれてありがとう、愛してくれてありがとう」
レオの手を握る力を少し強めてから、レオの方に押し返す。
「幸せになって」
俺以外の人と。
ちゃんと声になっていただろうか。レオの耳に届いただろうか。
その後、レオからの連絡はぱったりと途絶えた。