潔が嫉妬するか否かの検証「なぁ、賭け、しようぜ」
レオは、このテーブルについている俺、蜂楽、凛を順に見回してから口を開いた。
ブルーロックに参加したサッカー選手を中心に集められた会合、の後の飲み会。最初はこの度の企画に関係したメンバーでテーブルを固められていたが、スタートからすでに3時間。今は仲のいいメンツや逆に仲の悪いメンツでバラけて座っている。
「賭けって、何?ギャンブルしてるのバレたら、俺たち試合に出してもらえなくなるよ」
レオがいかにも大事そうにギュウと握りしめていたグラスを、さりげなく取り上げる。試しに少し口をつけてみたら芋焼酎だった。かなりキツい。さっきまでそこに座っていたお嬢が置いていったんだと思う。
「いやいや、金かけるとかじゃなくてさ。まぁあれだ。自由研究。純粋な興味」
頭をグラグラと揺らしてだいぶ危なっかしい。この後、俺が家まで運ばなきゃいけないんだろうな。
「自由研究か。夏休み、いいな。一ヶ月、いや一週間、三日でもいい。休みたい」
レオの逆隣には凛が座っている。ガスガス頭をぶつけられているのに怒っていないところを見るに、凛も相当酔っているようだ。
「凛ちゃんは、夏休み欲しいの?おやすみもらったら、何がしたい?」
蜂楽が凛の顔を覗き込む。一見シラフに見えるが、凛にめっちゃくちゃ顔を近づけているし、多分蜂楽も酔ってる。いやいつもこんな距離感だったかな。チューしちゃいそう。あ、ほっぺにチューした。凛と蜂楽は、このテーブルについてからはジュースみたいなお酒を次々に飲んでいる。カラフルで、フルーツや小ちゃい傘が刺さっている可愛いやつ。
「いさぎと、ごろごろする」
「へー、それから?」
「何もしたくない。ロードワークもヨガもなんにもしない。ウーバーイーツ頼んでみたい。3食全部ファミレスかファストフードだ。あと、寝ながらアイス食べる」
「えー、俺も行っていい?」
頬杖をついて上目遣いで蜂楽が凛にニコニコしてる。ここだけ女子会みたい。レオも顔可愛いし。
「蜂楽、お前はダメだ。いさぎとイチャイチャするだろ」
「俺と潔が?まさか」
「俺も混ぜてくれるなら、ちょっと考える。いやだめだ。いさぎは俺のものだ」
「えー?かわいーんですけどー」
蜂楽とレオの声が重なる。俺以外みんな可愛い空間。俺が凛の潔デレをくらうとき、なぜか100%潔はその場にいない。
「あれ、そういえば潔は?」
「あっち」
潔は、カイザーとネスと一緒に盛大に大暴れしていた。カイザーに馬乗りになりビール瓶を振りかぶる潔、潔を後ろから殴りまくっているネス。カイザーは何故か高笑いしている。
「あいつらこそ、サッカーできなくなるんじゃない?」
絶対あっちに近寄らないし、レオたちを近寄らせないようにしようと俺は決意する。
「そんなことより、賭け、自由研究のテーマは?」
「俺が決める」
凛が勢いよく立ち上がり、フラーっと前に倒れる。すんでのところで蜂楽が凛の前の飲み物と皿をどけたので、大惨事は免れた。
「凛ちゃん、内容は、何がいいの?」
凛の頭を撫でながら蜂楽が問いかける。凛はテーブルの天板の上にべちゃっと顔をつけたまま喋っている。
「いさぎ、あのバカがどうしたら嫉妬するかだ」
「むしろ潔が凛ちゃんに嫉妬しないことってあるの?」
もっともな意見だ。
「嫉妬、しない。してくれない。俺はいつも俺以外のやつのこと羨ましいのに」
そう言って、顔をあげ、潔の絶叫の響く方向へ視線を送る。羨ましいの?あれが?
「俺が怒って出ていくって言っても、何時に帰ってくる?って聞いてくる。気に食わない。半年しか違わないくせに、年上づらする。あいつは友達が多い。ずるい。俺とだけ一緒にいればいいのに」
「凛も他のやつの名前出してみれば?」
レオがどこかから水を持ってきて凛の前に置いた。
「前に、蜂楽のところ行くっていたら、こいつがうちに来やがった」
「蜂楽、自分の家に匿ってあげなかったの?」
「命が惜しいからね!でも凛ちゃんが可哀想だから俺が二人の家様子見に行ったの。部屋の中、すごかった」
斜め上を見えあげながら顎に手を当てる蜂楽。
するとレオが突然パチンと指を鳴らした。3人ともレオのことを見た。
「糸師冴は!?兄貴の名前出したら、流石に焦るんじゃね?」
にいちゃ?と言って、凛はポヤポヤしている。
「嫉妬させたいって話でしょ?レオ、ちゃんと話聞いてた?」
うーん、とレオが考え込む。
「でも、焦るんじゃねぇかなぁ。冴に、凛取られたらどうしようって、潔が昔言ってたし」
「は?」
「レオ」
俺はレオの肩に手を置いて、首を振る。ラインを越えているよ、レオ。
「兄ちゃんが、俺を、迎え入れてくれるわけ、ないだろ」
凛ちゃん泣かないでーと言って蜂楽が凛を抱きしめる。
「冴ちゃんも俺たちも、もちろん潔も、凛ちゃんのこと大好きだよー!潔と冴ちゃんは、やばいくらい凛ちゃんのこと大事に思ってるよー」
「そうそう、だからさ、今度潔と喧嘩した時、兄貴のところ行ってやる!って言ってみろよ。確実に潔は本気で凛を引き止めるし。冴は冴で、凛が家に来たら絶対凛のこと大事にしてくれるだろ」
糸師冴の名前を出せば潔は嫉妬する!に賭ける!とレオが高らかに宣言する。
蜂楽と視線を合わせ、無言の会話をする。
やばそうじゃない? ほんとに。 どうする? 酔ってるもん、二人とも忘れるっしょ!
その後、カイザー、ネス、潔を唯一止められる可能性のあるノエル・ノアが召喚され、この会は強制的にお開きになった。
『おい、御影』
「凛?」
『??凪か?これ、御影の番号じゃないのか?』
「レオは今、パソコンポチポチしてるよ」
通話をしたままレオに近づく。パソコンを覗き込むと、投資じゃなくてブログを書いているようだったので、話しかけて大丈夫そう、と伝える。その後しばらく、凛の呼吸する音だけがこちらに流れた。
『潔と喧嘩した』
「ん?うち来る?レオ、大丈夫だよね?いつ来ても、いつまでいても大丈夫だよ」
『いや、自由研究を進めようと思う』
「自由研究?」
「ああ、こないだの飲み会の賭けの話か。凪忘れたのか?俺は覚えてるぞ!なぁ、凛」
待って、二人とも酔っていたのに、なんで覚えているの??
『今から兄貴のとこ行くって、潔に言う。このスマホをビデオにして部屋映すから、様子を見ていてくれ。あいつがどんなにひどいやつか、証人になれ』
「ええー?」
巻き込まれたくないな。と思うがレオがワクワクして前のめりになってしまっている。
「わかった!出てったあとどうする?そのスマホはサブか?財布は?」
『できるだけ心配させたい。どうしたらいいと思う?』
うーん。二人で考える。
「じゃあ凛はさ、手ぶらで家から飛び出してきなよ。俺とレオで凛のこと迎えに行ってあげる。しばらく俺たちの家にいればいいんじゃない?レオ、車出してくれる?」
「まかせろ!」
凛のスマホで成り行きを見届けた後、凛には家から少し離れた幹線道路の交差点まで走ってきてもらい、レオの車でピックアップすることにした。潔が凛を引き止めることに成功したら、俺たちは通話を切るから、ってことになった。
まぁ、ちょっとしたイベント。そんな大したことは起きない。その時はそんなふうに考えていた。
「お、始まった」
凛と潔の家のリビングが写っている。
『もういい!出ていく!』
画質は悪いが、声からして凛が涙を堪えているだろうことは容易に想像できる。
『凛、むきになるなよ。な、もう仲直りしようぜ』
聞いたことのない、潔の甘い声がして寒いぼがたつ。潔、二人の時はこんなふうに話すんだね。
「凪、車用意できたぞ。いつでも出せる。どうなった?」
「もう少しで凛が家を出そう。潔、本気だと思ってなさそうだし、すんなり外出て来れそうだよ」
しばらく腕を掴んだり、言い合いを続けている。なかなか糸師冴の名前出さないな。
『くそっ!俺は!出ていく!!』
『出ていくって言ったって、凛、友達いねぇだろ』
『な、ななせ、とか』
『七星は俺に全部報告してくれてるんだよ』
俺の方が仲良しだし、元チームメイトだし、と言って笑っている。
「ムカつくなぁ潔!殴っちゃえ凛!殴っていいぞ!」
「レオ、落ち着いて」
画面の向こうで凛が目を擦ってる。やっぱ殴っていいかも。
『……いく』
『ん?』
『出ていく!兄ちゃんのとこ行くから!!潔なんて嫌いだ!死ね!』
「お!キーワード~!凪、すぐ出るぞ」
ん?
「あ、待ってレオ、潔が変」
『お前、今、なんて言った?』
空気が変わった。俺は立ち上がりかけてたレオの服の裾をひっぱり、座らせる。
『しね?』
『その前、冴のとこ行くって、言ったか?』
潔が一度部屋から出ていく。凛は、潔の様子が変で、動けなくなっているようだ。
「潔のやつ、何してるんだ?」
「さぁ?」
『な、なんだよ!俺は!いくぞ!スペインに!』
あ~嘘っぽいー!冴が今どこにいるか知らないけれど、日本にいる感じに言っておけば本当っぽく聞こえるのに。
『やっぱ、冴がいいのか?一番は冴か?冴が好きなのか?』
『??い、いさ、何持って……?』
次の瞬間、凛がバタン、と倒れた。
「は?潔、今何した?」
「おそろしく速い手刀……俺じゃなきゃ見」
「言ってる場合か!!おい!こいつヤバいやつじゃないか!!」
潔はヤバいやつなんだよ。ずっと前から。レオだってよく知っているだろうに。
『お前は俺のものだろ?俺と一緒にいるって言ったじゃねぇか。今更手放すわけないだろ。冴なんか※※※※※※※※※』
「?!」
「凪は聞かないで」
レオに耳を塞がれた。
「えっと、どうする?この後」
潔は凛のことを手際よくロープで縛っている。なんか、エロいやつ。
「うーーん、あ!そうか!んっ、んー、おい潔!!!!!」
レオが突然大きい声を出した。ビックリしたー。
『え?誰?誰かいるのか?』
潔がキョロキョロしている。あ、ミュートを切ったのか。マイクがオンになって、こちらの声が向こう側に聞こえているんだ。
「おい潔!警察呼ばれたくなかったら、凛のロープ解いて凛をベッドに寝かせろ。場合によっては救急車を呼べ!」
『え?ああ、はい。ん、レオ?どこにいるの?』
潔はずっとキョロキョロしている。
「このままあいつらの家に行くぞ。凪、ずっと潔に話かけ続けてくれるか」
「イエス、ボス」
その後、通話を繋げたまま二人の家に行った。凛の無事を確認して、ロープを押収。凛が起きた後、俺とレオが同席したまま二人に話し合いをしてもらい、その場は収まった。
結論から言うと、潔は嫉妬してないなんてことは、もちろん、全然なかった。ただ、凛の交友関係の狭さ、凛の信頼している人間(俺たちとか)を信用しているから、これまで焦ることはなかった、と。でも、糸師冴は地雷だったわけだ。確かに、糸師冴が本気を出したら、ブラコンを隠さなくなったら、二度と潔に凛を会わせてあげない気はする。
潔は凛のことを大事に思っているし、嫉妬もしている、と言うことが怖いほどわかったはずだ。一件落着。
またどういう経緯かは全くわからないが、この数日後、糸師冴による凛誘拐未遂事件が起こる。でもそれは、また別の話である。