凛の証明写真が欲しい潔さんの話「凛の証明写真が欲しい」
「……」
「余ってない?学生証作った時の残りとかない?二年前じゃもうないか。なんかの検定受けたりしてないの?」
「……」
「証明写真さ」
「うるせぇ!!何なんださっきっから!」
だって、と言って潔は口を噤む。ほっぺを膨らませて床にのの字を書きだした。もちろん全然可愛くない。が、こいつの中でこれは可愛い仕草と認識されているらしい。こういうやつのことをぶりっ子というんだな。間違いない。
「やっと会えたのに、凛が冷たい」
「やっと会う都合つけてきたかと思ったら、急に人ん家押しかけて来やがったのはお前のほうだろ。茶出してるだけありがたいと思え。文句があるなら出て行け」
「はるばる会いに来たのに、なんだよ。絶対今日泊まっていくからな!凛のお母さんの作ってくれたご飯ぜったい食べるから!」
っていうか今日俺泊まるところ凛の家以外無いし!と騒ぎだす。潔はこないだの春大学に進学し、今はサッカー部の寮で生活をしている。学業と練習で忙しいらしく、なかなか連絡を寄越してこない。生活時間も厳しく管理されているとのことだ。それにしたって短くてもいいからメールでも、電話の一本でもくれたらいいものを。なんて思っていない。いや、断じて。寂しくなんかない。こういうことは二度目だしな。でもそんなに忙しいのか?大学生って。
「凛ー、写真ちょうだい、もう写真ならなんでもいいよ。ちっちゃいやつ」
と言いながら自分のスマホの背面を撫でている。
「なんで写真なんか欲しいんだ。あれがあるだろ。ブルーロックの連中で撮ったやつ、お前も持ってるはずだ。グループラインに来てたから」
今年の年始、ブルーロックに収監されていたメンバーでの集まりがあった。春から国外に行く奴がいるから集まろうと、確か烏から全員に連絡が来たのだ。念の為自分のスマホで履歴を遡れば、やはり大量の写真がアルバムにアップされていた。もちろん俺が写っているものもある。
「そういうんじゃなくてさ、もっと希少価値の高いやつが欲しいんだよ。学校の写真とかないの?体育祭とか、修学旅行とか。データじゃなくて印刷されてるやつがいい」
今日の潔は面倒くさい。なかなか折れない。俺は仕方なく立ち上がって本棚を探った。目的のものは簡単に見つかり、それを潔の前に並べる。
「アルバム?見ていい?」
「好きにしろ」
「えーどれにしよう」
これが可愛いかなーとかブツブツ言いながら様々な写真に目をつけてはサイズを確かめるようにスマホを重ねる。
「なんで写真なんか」
「うん、高校生の彼女がいる友達がいるんだけどさ、そいつがスマホカバーに彼女の証明写真挟んでるんだよ」
「は?」
「だから俺も可愛い恋人の写真もらって俺のに挟もうと思って、手頃なやつが欲しいわけ。証明写真ないならいいや。これは?これちょうだい?」
「やるわけねぇだろ」
こいつ、なんて言った?恋人の写真?つまり俺の写真を?スマホの透明カバーの中に?
「え!?いいじゃん!ケチ!減るもんじゃないじゃん!」
「確実に俺のアルバムから一枚思い出が消えんだろ。いや、違う、俺の写真をどうするって?」
「可愛い凛の写真を、ここに飾ります!なんと!いつでも見れる!」
「却下」
「なぁんでだよぉー」
俺も高校生の恋人見せびらかしたいのにー!と言いながら床をダン!ダン!と叩いている。
「あのな、一応、世間的にライバルとされている男の写真をそんな風に持ち歩いてみろ、どうなると思う?」
「どうなるの?」
「くそ気持ち悪い」
「どうして!?純愛なのに!」
潔と付き合うことになってからまだそれほど時間はたっていないが、この短期間で潔は随分オカしくなっている気がする。大丈夫かこいつ。俺のせいかもしかして。
「別れた方がいいのか?」
「なんで?!写真欲しがったから?!ごめんね?!写真いらない!」
アルバムを放り出して俺の腰に抱きついてきた。アルバムが鈍い音を立てて床にぶつかる。角折れただろ、あれ。
「ごめん、もうわがまま言わない。別れるなんて言わないで。やっと付き合えたのに。あと、欲しがらないからアルバムゆっくり見ていい?」
「せいぜい目に焼き付けろよ」
その後、潔はすっかりおとなしくなって、静かにページをめくり始めた。途中さっきのアルバムをやたら撫でていたから、やっぱり折ったんだと思う。まぁいいが。
お茶のおかわりを取りに下の階へ降りると、母が帰宅していた。潔が来ていること、この後も恐らく潔が騒ぐこと、今晩泊めるつもりだということを伝える。母は嬉しそうにしていた。
「凛は潔さんと、本当に仲良しなのね」
なんと返していいか分からず、曖昧に返事をし、用事を済ませてから部屋に戻った。
部屋では潔がまだ、集中して一枚ずつ眺めていた。俺が退室したことにも気づいていないようだ。リビングで探してきたあるものをそっと机の上に置き、お茶の乗ったお盆だけ持って潔に近づく。
「つまんないだろ。そんなもん見ても」
「え?面白いよ。凛って、学校にいる時、全然顔違うのな」
こういう凛もいいと思うけど、と呟いてまたページをめくる。潔の言っている意味が分からず、首を傾げる。顔が、違う?
「自分で気づかない?人形見たいだよ。感情がないみたい。美人だからかな?ブルーロックで会ったばっかりの時も無表情だったけど、それとも違う。俺と一緒にいる時はこういう顔しないだろ。怒ってるか、最近はたまぁに笑うし。お前の笑った顔、すげぇ可愛いよ」
大好き、と言って満面の笑みを向けてくる。お前の方が、と言いかけて、やめる。こいつの笑顔を見て、恋人の写真を持ち歩いているその友人とやらの気持ちが少し理解できた気がした。
机の方を振り返る。そこには潔が散々欲しがった証明写真があるわけだが……死人のような表情で映っているそれを渡そうかどうか。一晩、ゆっくり考えようと思う。