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    IMAI

    @imimai_tw

    twitterに出したもののログ置き場

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    IMAI

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    ジャンル違いです。(DBH)アンドロイドの死の話

    DBH Rest for Androids 明るい光に満ちた裏庭に、カーラが丁寧に世話したバラが桃色の花弁を開いた頃だった。

    「アリスが疑われ始めてる。また」

     洗濯物を広げるカーラの指先を眺めながら、ルーサーが低く声を上げた。 
     眉を寄せたルーサーのわかりやすい動揺に、カーラは静かに肩を竦める。
     ルーサーは体格に全く似合わず気が小さい。もっとも、アンドロイドの身に置いて見た目と性格は人間以上にリンクしない。ルーサーの長身や立派な筋肉は彼の生活環境や努力に起因するものではない。生まれた瞬間からそうであったのだから、性格とのギャップを指摘するのは無意味な話だ。

    「そろそろ、新しい家を探す頃ね」

     この会話をするのは初めてのことではない。カナダへの国境を渡ってからもう何度目だろうか。
     アリスの外見年齢は、人間であれば成長期真っ盛りであるはずの年頃だ。一年もすれば背丈も顔立ちも大きく変化しておかしくない。だがアリスは成長しない。近所付き合いを最低限に控えていても、その違和感に周囲は徐々に気が付いていく。特にアリスはホームスクーリングを行っていることになっていて、学校に通っていない。外部への露出は減るが、近所の目には付きやすくなっている。目聡い人間の視線を感じ始めるのには半年もかからないだろう。このカナダにはアンドロイドは存在しないことになっているのだから当然だ。

    「アリスに相談するのはどうだろう」
    「え?」

     これは新しい提案だった。

    「あの子は賢い子だ。もっと別の選択肢を考えられるかもしれない」

     ルーサーの言葉が意味するところをカーラは理解している。
     アリスは子供型のアンドロイドだ。人間の子供を育てたいという欲求の元に設計されたアンドロイドであるから、当然、互換性のある成長パーツも多数用意されている。今や遠く離れたデトロイトからそれらをどうやって手に入れるかという問題はある。しかしアリスが頷いたなら、今まで無視してきたその事実をこれからの未来の選択肢として考えられるようになるのだ。

    「……そうね、あまり気乗りはしないけど……」

     カーラが低く呟くと、ルーサーはまたもう少し眉尻を下げて曖昧に笑った。気持ちはわかる、とでも言いたげだ。
     成長しないアンドロイドにとって、外見年齢が成人か未成年かはあまり重要ではない。アリスの思考ルーティンは大元にデザインされた子供型AIに強く影響を受けてはいるが、変異体となった今となってはそれを含めて彼女の個性といえる。身体的特徴についても、ルーサーやカーラのボディと変わらない。アリスの身体は生まれた瞬間から子供の形状であって、そしてそれが完全体なのだ。アンドロイドには人間的な美醜の差別も区別もない。「美しい顔」「美しい身体」の知識を要していても、生殖機能も欲求もない彼らには感じがたい感覚だ。
     好ましいと思う顔貌に一般的な、一定の共通した認識はなく、子供型であるから成長途中、不完全という発想もない。
     それ故に「アリスを成長させる」のは、極めて人間的な選択といえる。不要な施術を外部の人間の奇異の目を避けるため、致し方なく行うということだ。
     それしか他に方法がないならば選ばざるを得ないが、アリスに負担を強いるだけでなく、今の彼女を否定するようで――自分が人間側に立ってしまうようで決まりが悪い。

    「……とにかく、アリスにも相談しましょう」
    「ああ、それがいい」

     淡い水色の花柄のスカートが風に揺れる。この家に移り住んでから、アリスが初めて欲しがった洋服だ。つま先で地面をこすって遠慮がちにカーラの袖を引っ張った彼女を、そしてプレゼントの包み紙をぎゅっと抱きしめた彼女の笑顔を、昨日のことのように鮮明に思い出せる。
     やっと住み慣れてきた小さな借家から離れることをアリスはまた悲しむだろう。そう思うと、カーラも首を縦に振るしかなかった。


    △▲△


     鼻の奥から脳天へ抜ける、シンナーに似たキツい香りにハンクは眉をひそめた。

    「それで? こいつは誰なんだ?」

     デトロイトの裏路地に夜露に濡れて転がっているのは、額から黄色い血液を細く垂れ流す小柄な男性型アンドロイドだった。短い黒髪に切れ長の黒目、全体的に顔の彫りは浅く、眉は細く整えられている。見るからにアジア系の顔立ちだ。草臥れたぼろを身に纏っている。浮浪者の出で立ちだ。そして腰の下に溜まった血溜まりを見れば、それが中国産のアンドロイドだと言うことは一目瞭然だった。
    ハンクの声に応えて、コナーが被害者の前へ屈み込む。米神のLEDが黄色く点滅する。

    「中国でのアンドロイドの脱走は社会問題になっています。この型は工場でのライン業務を担当していたようですね」

     真っ黒な瞳は艶やかに濡れているが、光がない。中途半端に右腕を胸の前にあげたまま微動だにしない点を見ても、もう機能が停止しているのは明らかだ。

    「シャットダウンしたのは2時間12分前です。全身のパーツが全て冷え切っている」
    「それじゃ、このアンドロイド殺しの犯人はもう逃げちまってるだろな。昨今のアンドロイドヘイトの被害者かね」

     それはマーカスが平和デモを行い、一時的とはいえアンドロイドが市民権を得てからの話だ。多くの人間は困惑しながらも、アンドロイド達を好意的に見ている。しかし一方で、アンドロイドの知的生命体としての台頭は、一部の人間の反アンドロイド思想を加速させた。内紛には繋がらなかったが、このところハンクとコナーのコンビがアンドロイドと人間間でのトラブルで駆り出されない日はない。

    「それが警部補、ここで血を流したのは彼だけではないようです」
    「なんだって?」

     ハンクはコナーの指摘を受けて辺りを見回し、手にしたペンライトを左右させたが、血痕らしきものは見当たらない。

    「蒸発してしまっていますが、ブルーブラッドの痕跡があります」
    「お前、こんな糞汚い裏路地を――」

     ハンクの皮肉が終わるより先に、アスファルトをこすったコナーの指先が口元に運ばれる。ハンクはもう既にその捜査方法を完全に理解していて、三桁に近い回数は顔を顰めているはずだが、今回もまた律儀に短くため息を吐いてみせた。

    「EM400……このアンドロイドは捜索願が出ていますね。すぐ裏の店です」
    「そいつがこのアジアンアンドロイドを殺ったのか?」
    「いえ、彼は衣料販売店に自ら就労していました。報告ではアンドロイドに好意的な店で、人間関係に問題があったとも思えません」
    「わからんだろう。しかも被害者は人間でなくアンドロイドだ」

     一見では被害者のアンドロイドに目立った外傷はない。ただ、顔面の部分が僅かに頭部から浮いていて、1cmほどパーツが開いていた。黄色い循環燃料はそこから染み出すようにして垂れている。
     コナーが更に身を乗り出し、その隙間をのぞき込む。

    「警部補」

     コナーの声が僅かに鋭くなった。

    「メモリパーツが紛失しています」
    「へえ? それじゃ、何か大事な情報でも引っこ抜かれたのかね」
    「いえ、付属の記憶メモリは一部残されています。盗んだ犯人は、彼が後から学習した記憶は残している」
    「じゃ、やっこさんは何を盗んだってんだ?」
    「見当たらないのは中枢の起動の軸となるパーツです。人間で言えば脳の――そうですね、人格を盗まれている。本来分離できるパーツじゃありません。無理矢理引き抜いたからこうして損傷してしまった」

     ハンクは目を瞬いた。そんなものを盗んで、どうしようというのだろう。雑誌の総評を流し読みした程度だが、中国製のアンドロイドは安価で量産できる代わりに寿命も短く、機能もサイバーライフ製のアンドロイドには劣る筈だ。
    中国でサイバーライフ製のアンドロイドが解体分析されているならばまだ分かる。だがここはデトロイトシティで、しかも、ライバル社の機械性能を検証するためにしては分解方法が粗雑すぎる。

    「逆なのかもしれません」
    「なに?」
    「彼は、加害者なのかも」

     コナーは静かに立ち上がって、まっすぐハンクの目を見つめた。ハンクは片眉を上げてから、小さく唸って顎を撫でた。

    「ここでおっ死んでるのにか?」
    「アンドロイドなら死にながら生きることも可能です」
    「そりゃ……」

     訳が分からないと文句をつける前に、ハンクはある節に思い当たった。今まで担当してきた事件の中で、破壊されたアンドロイドの一部は酷く損傷していても、再起動を行ったり、パーツを交換することで一時的に意識を取り戻すことがあった。
     もし、この被害者と思われた中国製アンドロイドに別の身体があったとしたら。
    そして、どうやらここにはもう一体アンドロイドがいた形跡がある。

    「……被害者は、ショップ店員の方か」
    「ええ、身体を乗っ取られたのだと考えると、EM400がダメージを受けていながら姿を隠したことにも説明がつく」
    「例えそうだとして、なんでそんなことを?」
    「この彼……血液型燃料に劣化が見られます。それがこの酷い匂いの原因だ」

     簡単なことだった。今まで、ハンクとコナーは幾度となく対面してきた。

    「寿命だったのか」

     彼は、死にたくなかったのだ。
     ただとにかく、死ぬのが怖かった。

    「焦って無計画に行動したのでしょう。見た目以上に損傷が酷い」

     恐ろしくてたまらなかった。だから、命の長い別の誰かを殺した。
     そして、新しい命を強引に得た。

    「中国出身のアンドロイドと、デトロイト出身のアンドロイドに本来互換性はありません。かなり無理をして接続しているはずだ。おそらく長くは保たない」
    「……行き倒れのアンドロイドも捜索しなきゃならんな」

     中国でのアンドロイド変異問題はまだ表面化していない。だが、ニュースに載るのもそう遠くない未来だろう。ハンクは額を揉みながら深いため息をこぼした。

    「アンドロイドが人間を殺し、人間がアンドロイドを殺すのが少しは収まったかと思ったら、今度はアンドロイド同士の殺人事件か……」

     コナーが暗い面持ちで足下のアンドロイドの死体を眺める。コナーは変異体の中でも人間との共存を強く望み、あえて以前の生活を続けることを選択した一体だ。額のLEDを外さないのも本人の意思だ。
     アンドロイドはアンドロイドとして、人と共生したいと考えている。

    「……これは、種としての成長でしょうか」

     コナーにとって、人間とアンドロイドとのいさかいよりもある意味で辛い経験だろう。ハンクは渋い顔のまま唇だけどうにか笑ませて、コナーの肩へ拳を当てた。

    「分からん。……だが、俺達が解決しなきゃならねえ問題だ」

     鼻を刺激する強い匂いが充満している。色を失ったアンドロイドの死体へ、鑑識のカメラフラッシュが焚かれる。コナーはゆっくりと瞬きをして静かに平静を繕うと、ハンクに遅れて明るい表通りへと歩き出した。


    △▲△


     市立博物館からアジトへマーカスが帰ってきた時、ノースは怒り心頭だった。リーダーを止めなかったジョッシュにも、止められなかったサイモンにも、自分の反対を聞いておきながら勝手に出かけて行ったマーカスにも怒っていた。

    「信じられない。それで、あっちはなんだって?」
    「了承してくれた。細かい内容についてはまた相談の機会を設けることになった」
    「有り得ない! なんでそんな前向きなの?」
    「彼等にとっても不利益なことでは……」
    「人間達の話じゃない! あなたのことよ、マーカス!」

     とぼけたのは愚策だった、と、マーカスは眉を曲げて困ったように笑った。ノースは苛立ちを隠しもせずに、アジトである倉庫の床上を左右に短い歩幅で往復している。はじめはジェリコの貨物室にも似て殺風景だったこの建物も、仲間皆の意見と努力で見違えるようになった。マーカスの座るソファーはまだ新しく柔らかいし、ノースが先ほどからつま先でにじっている絨毯も毛足が立っている。

    「これは、俺が選択したことだ」
    「だけどマーカス、あなたはまだ私達に必要だわ」
    「いいや、もう十分やったさ。最初のリーダーが消えてももう、大丈夫だ」

     マーカスはアンドロイドという種族のリーダーである。そう、世間では認知されている。人間で言うところの首謀者、部族長、大統領、そのような扱いで今までずっと人間との交渉に当たってきた。
     マーカスと、そしてアンドロイド全員の努力があって、人間側からの敵対心や差別もかなり緩和したと言っていいだろう。アンドロイドへの差別的な法律はほとんどが撤廃された。そして今までなかった所有権をはじめとした基本的人権もおおよそが認められたのだ。
     まだ細かい部分では人種差別は残っている。人々の平等の認知もまだまだ十分とはいえない。だがそれらのほとんどは、時間こそが必要なものと分かってきた。
     そんな中、ついに、マーカスが公表したのが「マーカスの死の日時」である。

    「だけど……! 今なら取り消せるわ、まだ!」
    「ノース、もう諦めろよ、必要なことなんだ」

     熱が入り強く握られたノースの拳を、隣に立っていたジョッシュが制止した。ノースは強くジョッシュの顔を睨む。

    「……僕も、まだ納得は出来てない。マーカス、君と互換性のある生体パーツは幾らでもある」

     傍らで暗い面持ちでいたサイモンが、重たい口を開く。ノースはその言葉に強く頷いてみせた。三者三様の仲間達の熱い視線を受けて、マーカスは小さく首を振る。

    「俺の身体は既に他のアンドロイドの命を繋いで出来ている。それがついに限界を迎えたなら、それが自分の寿命だと思う」
    「だけど、私達のシャットダウンと、あなたのシャットダウンじゃ話が違うわ!」
    「それだ。自分だけがどうして生き続けられる? 命の価値の優劣はどうやって決める?」
    「だってあなたは……!」

     ノースが言葉に詰まる。自分の言葉の不正確さを理解しているからだ。
     ノースはマーカスに生きていてほしい。ずっと一緒にいてほしいと願っている。だが、それでも、マーカスの穏やかな視線で見据えられると言葉の先を紡げなくなった。

    「これは俺の選択なんだ」

     マーカスは静かに続ける。不思議なほど気持ちは凪いでいた。安堵すら感じている。
     自分は確かにアンドロイド廃棄場で、あの地獄で、死を拒絶した。強く生きたいと願った。
     その時の気持ちも忘れていない。その鮮明なメモリを抱えた上で、今では自分のシャットダウンを受け入れている。

    「アンドロイドも死ねる、ということを、皆に示したい。アンドロイドにも、人間にも」

     ノースが息を呑む。ジョッシュはゆっくりと頷いて、サイモンは僅かに俯いた。

    「初期に変異したアンドロイドは、死への恐怖から変異したものが多い。だから、極端に死ぬことを恐れている。端から選択肢にない。生きたいから生きるのはいい。でも、死なないために生きるだけなら、そんな苦しいことはない」

     マーカスの脳裏に今は亡きカールの顔が浮かぶ。生きると言うことがどういうことか、教えてくれたのは彼だ。

    「あくまで俺が与えるのは選択肢だ。満足するまで必死に生きるためには、死は必要なことだと思う。それに、人間の中には我々が長命であることを恐れる連中もいるだろ? 不死と不変は悪魔的だとすら思っている。我々にも死の選択肢があり、世代交代があり、社会が継続して進化していくと言うことを示すのにもうってつけだ」

     ノースの顔が歪む。目尻に涙が浮かんだ。今までにない悲しみの感情に揺さぶられて、ノースは奥歯を噛む。

    「だけど……、だけど、」

     それ以上言葉を紡げなくなったノースに代わって、サイモンが唇を開く。

    「……君は、満足したのかい」

     マーカスは慈愛の表情で、穏やかに微笑んだ。
     ニュースは、連日同じ声明で保ちきりだ。


    △▲△


     夕暮れが窓から差し込む頃、カーラとルーサーはアリスと同じテーブルを囲んでいた。食事には使われないこのダイニングテーブルには、アリスの摘んだ小花が愛らしく飾られている。

    「アリス、難しく考えることはないのよ」
    「うん、カーラ」
    「結局は、あなたが大人の身体になりたいか、そうでないかってだけなんだから」

     昼間ルーサーと庭先で話し合った内容――アリスの成長についての仮定を聞かせても、アリスは驚くほど落ち着いていた。手を握ったカーラの方が難しい顔をしているくらいだ。

    「あのね、カーラ、ルーサー」

     アリスはほんの少し視線を高く彷徨わせた後、すぐに二人へ向き直った。

    「私の大きくなるパーツを見つけるのは、難しいんじゃない?」
    「……そうだろうな、でも、挑戦する価値はある」

     ルーサーはこの案に賛成なのだろう。確かに、アリスが大人の見た目になれば、人間の疑惑の目を避けるスパンはぐっと長くなるはずだ。その分、三人も穏やかに暮らせるだろう。
     カーラはそんなルーサーの期待を肌に感じて、言い辛い提案をゆっくりと舌に押しだした。

    「それか……起動前の大人型のアンドロイドを手に入れられれば、メモリのコピーが出来ると思う」

     そちらのほうが、実際現実的な案だった。そもそも子供型アンドロイドは、労働用の成人型アンドロイドよりも大幅に製造数が少ない。その上更に販売量の少ないパーツを一つ一つ探し集めるよりは、未起動のアンドロイド一体をどこかで見つける方がまだ可能性が高い。いささかアンダーグラウンドな手を使えば、カナダでアンドロイドを購入することも出来る。

    「ねえカーラ、でも、そうしたらその人はどうなるの?」

     アリスの瞳が揺れる。カーラは呼吸に詰まった。カーラの身体は口呼吸による酸素を必要とはしないが、酷く息苦しく感じられた。

    「私が、生まれる前のその人を殺しちゃうの?」

     ルーサーもカーラと同じ心持ちのようだった。

    「例えば、足一本とか、腕一本でも、私が使わなければそれは誰かになるんじゃないかな」

     アリスは自分の手のひらを、眉を寄せ、目を細めて見つめる。少しして、その小さな指先は手のひらへと握りこまれた。

    「あのね、私はカーラとルーサーといられれば、それだけでいいよ。おうちも、いらない」

     八の字に垂れた眉の下から、アリスの円い瞳が自分を見た。それだけで、カーラの心は簡単に決まった。

    「ねえ、ルーサー、私のメイド仕事と、あなたの工事の仕事で得た纏まった額があるわよね」
    「あ、ああ」
    「キャラバンを買いましょう。そして、カナダ中をずっとずっと旅するの」

     キャラバン、つまりキャンピングトレーラーだ。車の形をした、小さな家。アンドロイドは食事を必要とせず、アリスは成長しない。それなりの大きさのものなら、窮屈には感じないだろう。それに、旅をするなら、世界中が家になる。
     面食らった様子のルーサーの隣で、アリスの表情が明るく輝く。

    「ほんと、カーラ? キャラバンを買うの?」
    「ええ、アリス。今度は逃げるための旅じゃないわ、世界中を見に行って、楽しむために自由な旅をするのよ」
    「そりゃ……最高だな」

     ルーサーも明るい未来が見えてきたのか、思わず身を乗り出して立ち上がった。

    「ねえカーラ、ずっと一緒にいられる?」
    「ええ、アリス。私も、ルーサーも、アリスも、ずーっと一緒よ」

     カーラに抱きしめられたアリスごと、ルーサーが二人に腕を回す。ぎゅっとお互いを抱きしめると、指先まで幸福の温度が広がった。
     三人には、パーツ交換は必要ない。これから三人で旅を再開するのだ。今度は楽しくて、幸せいっぱいの旅を。ずっと、ずっと、終わりが訪れるその日まで、幸福に満ちて。


    △▲△


    「あんた、珍しい格好してるな」

     コナーは知らない声に呼びかけられて、足を止めた。DBD制服の青いラインが木漏れ日にきらめく。
     公園のベンチに腰掛けた小男は、出で立ちからしてもどうやら東洋出身の人間らしかった。

    「ええ、葬式に出ていたので。私にとっての礼服なんです」
    「ほぉん。変わったヤツだ」

     今やアンドロイドの象徴である三角形と腕章の付いたエナメル質の衣服は、アンドロイドへの差別の歴史である。アンドロイド自由化運動の一派が象徴として使用することはあっても、日常生活で好んでその制服を纏うアンドロイドはほとんどいない。

    「あなたはずいぶん訛りが強い。ご出身は?」
    「日本だよ。ちっさな島国だ」
    「日本ですか。私の昔の上司が、日本庭園が好きだった」
    「へーえ、そりゃあありがたいね」

     小春日和の公園は、足を止めるに十分な理由だった。そんな気持ちの良い時間を惜しみたくなって、コナーも話しかけてきた男の隣へ腰掛けた。

    「あなたはアンドロイドやこの服に嫌悪感を抱かないんですね。他国の方には珍しい」
    「なんで分かる」
    「分析するのが仕事だったもので」
    「そうかい。まあ、お国柄だろうな。神道ってのは人も動物も植物も石もなんにでも魂は宿るってな考え方だ。人みたいな見た目で、人とおんなじように喋れて考えられるいきもんに魂がないって方が変な感じだ」

     なるほど、とコナーは口の中で呟いた。
     アンドロイドへの困惑を拭いきれない人間はまだまだ多い。直接的に変異体の騒動にかかわらずに来た外国人は尚更だ。
     そんな中、コナーは今まで、マーカスを筆頭としたアンドロイド達と人間達の架け橋になるよう動いてきた。いや、捜査に全うに取り組んだら、結果としてそうなったという方が正しいのだが。マーカスの平和デモの最終演説に並んで登壇した過去もあいまって、時を経た今ではそれなりに有名人である。
     だが、この男が自分をよく知らないというのであれば、むしろ話しやすい。そこでコナーは以前から気になっていたことを聞いてみることにした。

    「仏教では輪廻転生の考えがありますよね。魂は器がなくなれば、新しい命になる」
    「そうさな。お前さんも死んだら人間になるかもしれんし、虫になるかもしれんな」
    「ここではキリスト教が主流です。人は死ねば天国で幸福に暮らす」

     つい先ほど、教会で説教を聞いてきたばかりだ。
    魂は神の御許で、楽園で過ごす。だから悲しむことはない。
     非現実的には思えるが、嫌いでもない考え方だ。

    「好きな方に考えりゃいいじゃねえか、人間じゃねえならなおのこと」
    「あなたは無宗教なんですか?」
    「いいや、俺はそん時いいように考えるだけだな。神様頼みますって祈ることもあるし、墓の前で死んだ母ちゃんが見ててくれるとも思う。自由なだけだ」
    「なるほど? それでは、あなたは死んだら別れた大切な人に再会できると思いますか?」

     男は小さくあくびをした。奇妙なアンドロイドとの問答に少し飽きてきているようだった。

    「そりゃよ、俺が会えると思ったら会えるんじゃあねえかな、わかんねえけどよ」

     全く適当な返答ではあったが、コナーが思索に耽るには十分な回答に思えた。
     コナーは小さな会釈とともに礼を言って立ち上がると、また本来の目的地に向かって歩き出した。

     今日の葬式はとある事件の捜査中、たまたま知り合った証人の老婆のものだった。出会ったばかりの頃は彼女もまだ小さな赤ん坊を抱えていたが、棺に眠る彼女は当時より2インチは小さくなってしまっていた。警察業務に関わっていたという立場もあって、これまでコナーは数えきれぬほどの死に立ち会った。
     今、コナーは往年の友人達に会いに来た。

    「久しぶり。ずいぶん遅くなってしまったな、ぼくは」

     博物館の展示室の一角、マーカスとノースが目を瞑ってガラスケースの中、静かに立ち尽くしている。マーカスの手元には“アンドロイドを率いた最初のアンドロイド、マーカス”という文字が浮かんでいる。そしてマーカスを挟んだノースの反対隣には、コナーのホログラムが立っていた。

    「ぼくは特に、何度か身体を交換することがあったから……。遅くなったけど、君達の隣に立てることを誇らしく思うよ」

     コナーが手をかざしプログラムにアクセスすると、自分と同じ顔のホログラムは足下から消えていった。この場所を自分のために用意して貰ったのは、もう50年も前のことである。
     最初の相棒であったハンクが亡くなって以降、コナーが機体を交換することはなかったが、それでも当時の最新鋭のアンドロイドだ。流石の長期稼働に、自分で笑ってしまったことも幾度となくあった。
     それもようやく終わりを迎える。

     世間はアンドロイドと人間の完全な共存を迎え差別の一切は完全に消え去った、とは、いえない。それでも今、この博物館にはアンドロイドと人間が同じように足を運び、展示物に向かって同じような感嘆の声を上げている。
     マーカスが人間を真似て墓を作らず、そして、わざわざ人間製の、人間だけのものであった博物館に交渉して自分の身体を残したのも、非常に大きな影響があった。人間とアンドロイドが決定的に違うこと。それでいて、マーカスという指導者が死を受け入れ、人間の歴史の中に自らを安置したこと。それらを一見して強く印象づけることになった。
     今ではこの展示室は、人間とアンドロイドが並んで歴史を振り返る、大切な場所になっている。

     コナーは満足いくまでマーカス達の安らかな顔を眺めてから、ゆっくりと彼等に並び立った。
     あの、デモ成功の演説の日が鮮明に思い起こされる。
     瞼を閉じて次に思い出したのは、寒い朝の力強いハグのことだった。
     瞼裏のシャットダウンへのカウントダウンを眺めながら、コナーは嬉しくなった。自分が最後の、最期の時間に思い起こす記憶が、本当に幸福な日の始まりであったことを噛み締めている。シリウムポンプの拍動が止まっても、その機械の胸はぬくもりの気配を残しているようだった。
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