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    IMAI

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    IMAI

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    ハン+一番の7と8の中間の話

    若干BL臭がするかもしれないので、ご注意ください。

    ##ハンと

    夢と眠る「さっちゃん、これ、何の匂いか分かるか?」
    「急にどうしたの。クイズ?」
     春日が胸ポケットから差し出したハンカチを手に取って、紗栄子が眉を上げる。怪訝な顔をしながらも受け取ったハンカチにそっと顔を寄せて、すんすんと静かに鼻を鳴らした。
    「あ、いい匂い」
    「だろ」
     ハンカチからは甘くて優しい香りがする。紗栄子の同意を得られて春日は嬉しそうに微笑んだ。
    「なんだろ……ラベンダーは入ってそうね。あとは何か……ウッド系かしら。これ、もう匂い付けてから結構経ってるんじゃない? 薄れちゃっててわかんないわ」
     クイズにしては問題の意地が悪いと、紗栄子は唇を尖らせてみせた。春日は首裏を掻いて頷く。
    「ああ、そうかも。昨日の晩だから……勿体ねえから、あんまり広げないようにして取っといたんだけど」
    「え、一番の香水じゃないの?」
    「いや、……寝際に人に貰ったやつ。名前とか分かんねえから、何の香水だか知りたくてよ」
     てっきり春日が自分で用意したものと思っていた紗栄子は、目を瞬いてもう一度ハンカチに視線を落とした。何の変哲もない白い綿のハンカチだ。刺繍も無ければタグもない。量販店で最も安価に手に入れられそうな、平織りの布の四方をかがっただけのハンカチーフ。
     もう一度鼻を寄せてみるが、なにか柔らかい花の香りがすることが辛うじて感じられるだけだ。とても香水の名前を当てる手掛かりをアドバイスできそうにない。
    「へえ、寝香水の香りだけもらったの? なにそれ、洒落てるわね」
     紗栄子の感嘆を受けて、聞きなれない単語に春日は小首を傾げた。
    「……ねこ?」
    「眠るときに香水吹き掛ける事よ。枕とか、こういうハンカチとかに沁み込ませるの」
     紗栄子はちょっとハンカチを振ってみせてから、きちんと四つ折りに折りたたまれたままの布を春日の手へと返した。
    「へえ、そういう文化があんのか。でも、寝る時に匂いがあると目が覚めそうなもんだけど……」
    「匂いの種類によってはね。でも、一番が貰ったそれは目が覚める匂いって言うより、リラックスの為の香りって感じだもの、意識的にその香りを付けてくれたんじゃない?」
    「そっか、……そうかも」
     春日が喜びとも困惑とも取れない何とも言えない表情でハンカチを見下ろすので、紗栄子は指を振って蘊蓄を語り始める。
    「香りってのは五感で一番早く捉えられるものなんですって。特に感情や記憶を司る部分にダイレクトに影響があるとかで……自分に合う香りなら、リラックス効果とか悪夢を防ぐ効果なんかが期待できるわね」
    「へえ、さっちゃん、詳しいな。女の子は皆そういうのやってんのか?」
     春日の疑問に紗栄子は肩を竦めた。
    「そうでもないと思うけど……私も一時期、眠れない時やってたの。最近はあんまり使ってないけどね」
     紗栄子は春日と出会う前、家族間の問題で随分ストレスを抱えていた。経営を任されるキャバクラの資金繰りにも頭を悩ませることが多く、軽い不眠に陥っていたのだ。その際、色んな民間療法を試した。寝香水もそのうちのひとつだ。睡眠障害の劇的な改善には至らなかったが、心地良い香りに包まれて眠ることは多少のストレス解消には役立った。今でも、楽しみの為に枕元へお気に入りの香りを纏わせることは時折ある。紗栄子の睡眠不足の解消には隣の男、春日一番の幇助が大いに関わっているのだが、それはまた別の話だ。
    「……っていうか、誰に貰ったのよ、そんな小粋なプレゼント」
     紗栄子が春日の腕を肘でつつく。
     眠りの為の香りを、ハンカチに沁み込ませて。そんなプライベートな贈り物だとすれば、少なくとも初対面の人間に渡すようなプレゼントではない。かなり親しい間柄でかつ、それがどんな意味であれ、春日の事を気遣う人物からの贈り物に違いない。
    「ああ、いや、その……知らない、ひと?」
     春日が困ったように耳の下を掻いて、眉を下げて笑った。紗栄子は仰天した。
    「は そんなヤバいもん貰っちゃ駄目でしょ!」
     見知らぬ他人からのプレゼントだとしたら、洒落た贈り物は一転、気味の悪いものに代わる。知らない誰かから貰う香りのプレゼント(しかも既製品本体ではなく、ハンカチに香りをしみこませて)など怪しいの一言に尽きる。
    「い、いや! あやしい奴ではねえんだ!」
    「知らない人なのに そんなの送ってくんの、ストーカーかなにかよ!」
    「あー……それは、ちょっと、そうかもしれねえ」
    「捨てなさいよ!」
     紗栄子の興奮をどうどうと押し留めながら、春日は慌ててハンカチをポケットにしまい込んだ。これが、朝起きたら枕元に置いてあった、などと言ったら紗栄子はますます狂乱するのだろうなと思いながら、春日はその場を笑って誤魔化した。



     ハンカチの送り主には見当が付いている。春日が深く寝入った隙を狙って部屋まで侵入し、音も立てずに消えた人物。実際きちんと目を見て手渡されたわけではない。でも、まず間違いがないだろう。
     ハン・ジュンギだ。
     異人町のみならず、最終的には東京から、日本全土まで騒がせたあの事件が収束してから暫くして、ハン・ジュンギは春日の前に現れなくなった。本来関わるべき人間ではないと、そうはっきりと伝え聞いたわけではないが――徐々に距離を置かれるようになり、今ではメッセージを送っても返事もない。彼の直属の上司であるソンヒとの連絡も同様だ。それでも、メッセージアプリには既読だけが付くので、春日は時折他愛のない近況報告などを寄せている。ブロックされているわけではないようなので、もし自分がどうしても彼等の力を借りたいとなればきっと返事をくれるのだろう。そう、春日は信じている。
     もう一年以上も姿を見ていないが、彼らの目はこの街の至る所にあるのだ。ふとした瞬間に監視カメラと目が合った時なんかには、その向こうにソンヒとハン・ジュンギの顔を想像して手を振ったりしてみている。周りの人間に変な顔をされるのはご愛敬だ。
     さて、そうやって顔も見ていないはずの彼が、ならばどうして春日の家に忍び込んできているのか、といえば──理由は春日にも分からない。
     このところの春日は街に馴染むために、「普通のひと」であるために一生懸命だ。派遣のサラリーマンとしてハローワークの相談係員をしている。これは、亡き荒川真澄の遺志を継ぐ仕事でもあった。近江連合と東城会、日本有数の巨大極道組織二つが同時に解散し、行き場をなくした極道達の受け皿を探す。
     元々表社会から爪弾きにされてはみ出した人間たちだ。そういう彼等を一般社会に戻してやるための手伝い。春日が先に極道の世界から締め出された人間だからこそ、親身になれると思った。
     しかし、事はそううまくは運ばない。元極道達は、どうしようもなく、仕方なくハローワークの門戸を潜った者ばかりだ。ヤクザとしてどうにか成り立っていたのだ、本来は。やりたくもない、やらなくてもいいはずであったまともな就職活動を頑張らねばならない、というのはそれだけで彼等には大きなストレスだ。その上、本来ならば鼻で笑い飛ばしていたはずの組からの絶縁者を頼りにしなくてはいけないという状況を、客観的に冷静に受け取れる者など殆どいなかった。そういう冷静沈着さか温和さがあれば、もともと極道になったりなどしないのだから。
     毎日、怒鳴られ、殴りかかられ、罵倒された。春日が殴り返すわけにはいかなかった。春日は一般社会に復帰した元前科者、元極道として立派に振舞わねばならなかったからだ。彼らの指針とならなくてはいけない。
     春日にとっても、とても慣れられる環境ではなかった。ただ、敬愛する渡世の父の為、人らしくある為だけにどうにか踏ん張って生きている。人に好かれようと振舞ってきたことなどこれまでの人生で殆どなかった。春日は生来人懐こく、人好きのする性格ではあるが、自分に素直すぎる言動は反発を生むことも多かった。好かれることと嫌われることのどちらも多かった。今は人に嫌われないように、社会の規範からはみでないように、必死に気を張っている。元々そうしたくて振舞っていた親切も、今ではそうしなくてはいけないような気がして、必死になっている。
     身体は兎も角、心が疲れた。でも、気落ちしたくらいで体調を崩すほどやわな肉体はしていない。どれだけ気持ちが落ち込んでも、仕事を、日々を頑張ることは出来た。
     それでも心を守るために、月に数回浴びるように酒を飲む日が出来た。人に当たったりはしない。ただ、大騒ぎして、はしゃいで、楽しい気持ちを形から自分に刷り込んで、ストレスを発散するために飲んだ。部屋へと戻る階段を踏み外しそうなほど泥酔してどうにか部屋にあがると、床に転がって眠った。
     そういうある日、自分がベッドに眠っていることに気が付いた。
     意識を手放した時は確かに床にひっくり返っていたように記憶している。途中で一度目が覚めて、這いずってベッドに入ってから記憶を飛ばしたのだろうか? でも、それにしては脱ぎ捨てたスーツがきちんと壁に掛けられている。
     そういう違和感を感じることが増えた。
     そこに、誰かの気配が伴うことにもそのうちに気が付いた。
     誰かが自分を起き上がらせ、ベッドへ運んでくれている。誰かが水を口に含ませてくれている。誰かが脱ぎ捨てたスーツを拾ってくれている。そういう気付きが積み重なった。
     ある晩、泥酔した春日は頬を撫でる手に気が付いた。その時は既に春日はベッドへ寝かされていた。
    「……だれ」
     聞いても、答えない。枕元へ腰かけたシルエットに見覚えがある。
    「ハン・ジュンギ」
     ちゃんと発音できていたかは分からない。春日はでも、確かに名前を呼んだと思っている。そして、影はその呼び掛けへ首を振った。
     でも春日には確信があった。懐かしいその気配を知っている。
    「……ヨンス」 
     彼がそこにいることに嬉しくなって、もう一度呼んだ。彼の、本来の名前を。
     影は少し黙って春日を見下ろした後、優しく春日の額を撫で、瞼を降ろさせた。視界が暗くなってしまうと急にアルコールが猛威を振るう。だめだ、寝たくないのに。真っ黒な夢が春日を引き摺り下ろしにかかる。
    「夢ですよ、これは」
     誰かがそう囁いた。もう一度名前を呼ぶより先に、春日は意識を手放してしまった。
     
     春日が毎日に耐えきれずに深酒をする。そうすると、誰かの気配が少しずつ部屋に増えた。
     靴とスーツがきちんと揃えて置いてある。
     酒をぶちまけてしまった筈のズボンがすすがれて干されている。
     吸殻がたまり切っていた筈の灰皿が綺麗に掃除され、一本だけ、春日の買わない銘柄の吸殻が残っている。
     そして、優しい香りの付いた、昨日のハンカチ。
     初めは全く痕跡のなかった来訪が、少しずつ主張を始めている。それが嬉しくて酒を浴びるようになったのか、良く分からなくなってしまった。悲しい気持ちで飲み始めた次の日の朝、ほんの微かな変化に口元を緩ませる、その瞬間が楽しみになっている。
     
     次はいつ、深酒をしようか。その時は、部屋に何か美味しいものでも用意してから。
     春日はぼんやりと小さな楽しみについて考えながら、胸ポケットを撫でた。
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