短夜に花篝「天、今日はもう上がりでいいかしら?」
ハンドルを回す姉鷺に「はい」と短く肯定を返す。自分のスケジュールなど一番この敏腕マネージャーが把握しているだろうにとは思ったが姉鷺のことだ、明日のスケジュールを鑑みて何か変更を調整しているのかもしれない。
仕事モードのまま姉鷺に問えば、「仕事じゃないわ。ちょっと寄り道していいかって相談よ」と茶目っけ混じりに笑まれたのがわかった。ぱちくちと目を瞬き、天もまたつられたように笑う。
「もちろんです。どこへでもお供しますよ」
「そんなカッコいいこと言わないでちょうだい。惚れるわよ」
「光栄です」
いつかしたやり取りを思い出して二人してくすくす音を転がした。
やがて車を走らせるほど暫し。どこかの駐車場に駐車して「ここから少し歩くわよ」と姉鷺に促され、開け放たれたスライドドアから外へ身を滑らせる。どこからともなく洒脱な破裂音が聞こえてきて天は車をロックしている姉鷺を見た。「あの、姉鷺さん」と驚いた調子を隠せない天に「わかっちゃったかしら。じゃあ答え合わせといきましょうか」と瀟酒にウインクすると道を先導した。人は殆ど来ないからマスクだけでいいと手渡されたそれを付けた。
辿り着いた先で、満天の花が咲いていた。
木々に挟まれた緩やかな傾斜の砂利道の終着点は開けた広場で、視線を遮るものは何もなかった。
どおん、どおん。ひゅるる。どおん。取り取りの色が薄闇のベールの上に花開く。高く高く、星に代わって炯然と空を彩る。大輪の輝きを纏って咲き誇る。
それはとても鮮やかで、華やかで、美しかった。目を奪われずにいられない程に。
「綺麗に見られるでしょう? ここ、穴場なのよね」
話しかけられて天は喉を震わせた。無意識に息をすることさえ忘れていたらしい。空一面の花火から姉鷺へと視線を移す。敏腕マネージャーの温顔がそこにあった。見られていたのが少しばかり気恥ずかしくて毛先を弄った。仕事ではない素顔の自分を出す練習はしているけれど、やはりまだ慣れない。むず痒さを飛ばすように咳払いをひとつ。
「こんな素敵な場所を教えてくださってありがとうございます、姉鷺さん」
「いいのよ、アタシがしたくてしてるんだから! 本当は楽と龍も連れて来れたらよかったんだけど、間に合わなさそうだったから………ほら、クライマックスよ」
姉鷺の顔が中天に向く。天もまたそちらを見れば、光の花束がいくつも重なって射干玉の黒を染め上げる瞬間が瞳いっぱいに飛び込んだ。
確かに楽と龍之介も一緒に見られれば共に心躍らせただろうが、今姉鷺と見ているこの花火もかけがえのない素晴らしいものだ。仕事終わりで疲れているだろうに、わざわざ自分のためにサプライズをくれたのだ。その心遣いに満たされないわけがない。心震わすものであることは紛れもなく真実なのだ。
呉竹の夜に咲く客星たちに背を向ける。「姉鷺さん」と呼びかければその顔が天に向く。
「今夜はとびきりの景色をありがとうございます。今度はボクがエスコートさせていただきますね」
「あら、それは楽しみね。期待してるわよ」