黒死牟、腹を切る なんだろう。黒死牟は心窩部を押さえながら首を傾げた。何だ、この痛みと不快感は。昨日食べ過ぎたか? と思いながら腹をさすりながら胃薬を探していた。
「どうした?」
異変にいち早く気付いた無惨に声をかけられ、黒死牟は正直に「ちょっと胃の辺りがムカムカして……」と答えたが、「悪阻か?」と揶揄われたので言うんじゃなかったと後悔した。
無惨がポーチから薬を取り出して渡してくれたが、それを飲んでも治まるどころか痛みの範囲はどんどん広がっていく。
「おい、病院に行ってこい」
「いえ……痛みには強い方ですので……」
しかし、かなり苦しそうである。額に脂汗が滲んで、思わずネクタイも緩めていた。
「寝たら治ると思うので、今日はもう帰ります」
と普段より早い終電間際の退勤となった。
しかし、翌朝も痛みは治まるどこか余計にひどくなっている。それでも律儀に出勤するが、痛すぎて蹲っていると無惨にぽんっと頭を叩かれた。
「病院に行くぞ」
「大丈夫です……」
「大丈夫なものか、馬鹿め」
無理矢理車に押し込まれ、無惨の運転で憎き産屋敷が経営する病院へと向かう。既に話をつけていたようだ。
「ただの胃炎です……」
「腹の痛みと言っても、胆嚢炎、膵炎、大腸……あぁ、盲腸もだな。色々あるからな。素人では判断できん」
元々運転が荒いのに、焦っているせいか余計に荒い。この痛みで意識を失うより、運転が怖すぎて失神しそうだった。何とか無事病院に到着すると、キキーッと派手なブレーキ音を響かせて、そこらへんに乗り捨てて黒死牟を運ぶ。耀哉が手配してくれたおかげで病院長自らの出迎えで黒死牟はストレッチャーで運ばれ、無惨の車は事務長に鍵を渡すと駐車場に回してくれていた。
検査の間、無惨は暇なので特別室を用意してもらい優雅に朝食を出してもらっていたが、結果はすぐに解った。
ベッドで横になった黒死牟の横に立ち、病院長、消化器内科部長、消化器外科部長が並んで神妙な顔つきで症状を説明する。要するに無惨の読み通り虫垂炎だったようだが、放置しすぎて破裂し、周辺の臓器が炎症を起こしているから激痛を引き起こしていたようだ。
「薬で散らしてください」
と黒死牟は懇願するが、無惨は笑顔で「腹を切って、がっつり治してください」と開腹手術を希望したので、医師全員「鬼舞辻先生のおっしゃる通りです!」と賛成多数で、黒死牟はこのまま入院となった。
ずっと付き添うことが出来ないので無惨は一旦事務所に戻ったものの、術後の麻酔が切れる頃には戻ってきて手を握ってくれていた。
「どうだ、腹を切った気分は」
「最悪です……」
未だ麻酔でぼんやりしている黒死牟の頬を撫で、もう少し寝ろと言うと黒死牟はすやすやと眠り始めた。
目が覚めたら譫言でずっと無惨を呼んでいたことを教えてやろうと思いながら黒死牟の寝顔を見つめていた。