リップ・ディップはひとつだけ 目を伏せて唇の温度に感じ入る。寒々しい色をした唇は見た目に反してあたたかい。てっきりリップなのばかり思っていたけど自前らしい。じゃあ血も青いのかと言えばそんなことはないので実に不思議だ。
互いにベッドの上に座ってただただ唇を重ね合う。貪るような激しさも奪うような苛烈さもない、ただ触れるだけの優しいそれ。たまには乱暴にしてくれていいのになんて思うけど、イデア先輩が絶対にそうしないのがわかってるから体を委ねているのも事実なので言えるわけがなかった。
「イデア先輩、唇以外でキスしないですよね」
やめ時すら溶けていきそうになった頃、なんとなく呟けば「えっ」なんて言ってイデア先輩が止まる。至近距離の顔にドキリと胸が跳ねて顔が熱くなるのを誤魔化すように「頰とか首とか、他のとこにされたことないなって」と急いで言葉を重ねた。
「いやだってキスだし……他のとこは……うっかり痕ついちゃったら嫌だし………」
「えっ………」
「な、なんでそんな傷ついた顔を!? 普通に嫌でしょ、キスマークって要は内出血なんだから!」
瞳孔を開いて力説するイデア先輩はぽかんとする私を見ると気まずそうに「僕だって君の体をわざわざ傷つけたくないし……痛い思いも嫌な思いもさせたくないし……」とごにょごにょ言い始めた。なるほど?
「だからキスするのは唇だけって決めてるというか……うわっ!」
爆発した愛しさを推進力に抱きついたら勢い余って押し倒してしまったけど、許して欲しい。ああどうしよう。私、好きすぎて頭がおかしくなってしまいそうだ!