快晴に捧ぐ呵々大笑 ベースがアップテンポで掻き鳴らされている。思わずステップを踏んでしまいそうになるような軽快なリズムで走るメロディーに乗って伸びやかな声が心地よく耳朶を打つ。酷く聞き覚えがある曲に三人は足を止めて勢いよくそちらを向いた。
視線の先には校庭のグラウンド。
色取り取りのガーランドが青空にそよぎ、決まった位置に出来ている人だかりが熱気を帯びて盛り上がり、歓声と悲嘆が入り乱れて空間を揺らしている。
「運動会……かな?」
「ぽいな」
運動着に身を包んだ学生たちが熱狂している様を見てもうそんな時期だったかと季節の移り変わりを実感する。
「ボクたちの曲、使ってくれてるんだね」
マスクと眼鏡越しでも表情を緩めたことがわかる声音で天が言う。
その表情を見ながら楽と龍之介も穏やかな色を顔に乗せた。
アイドルの楽曲が運動会に使われるケースがあるのは知っていたが、実際こうして耳にすると胸にじんわりと込み上げてくるものがある。
TRIGGERの楽曲の中でも熱くアップテンポで駆け抜けるこの曲は確かに場の雰囲気に合うだろう。なんなら曲のタイトルだってそうだとも思う。無意識に小さく口ずさみながら天は目を細めた。
ちょうどラストのサビに差し掛かったところで、他のカラーの鉢巻をした生徒たちより少しだけ遅れて最後のアンカーの手にバトンが渡ったのが見えた。必死の形相で地を蹴っている。絶対に負けない、負けてたまるかと執念じみた気迫が迸っている。離れた場所にいる自分達にその熱が伝わってくる程に。
───ウオオオオオ唸れ俺の心の八乙女楽!!!
「は?」
突然奇妙な文脈で名前を叫ばれ、楽の口から間の抜けた声がまろび出た。聞き間違いや同名の別人を指している可能性はある。あるのだが。
「………………………っふ、」
口を半開きにして答えの出ない自問がぐるぐるしている楽の横で小さく吐息が漏れる。
見れば、こちらから視線を逸らして肩を震わせるメンバーの姿。おいこっちを見ろ何めちゃくちゃ笑ってんだよ。ひくりと口元を引き攣らせて圧を向けようとして。
「あはははははっ!」
風船が破裂したように、天の笑い声が弾けた。
マスクがずれる程に大口を開けて無邪気に笑う天に呆気に取られたのも僅かのこと、龍之介も釣られたように声を上げて笑う。
幸いにもそれ以上の声と音楽の洪水に天と龍之介のそれは掻き消され、より高い熱の中心地に届くことはなかった。
「ちょっと、ふふっ、なに『俺の心の八乙女楽』って。キミ、分身でも配ってるの?」
「知るか! つーか笑いすぎだろ! おい龍も何か……ってお前もかよ!」
「ご、ごめん楽! でも……ふふっ、あははっ!」
「お前らなあ……くくっ」
なんだか急に馬鹿らしくなって。
思わず楽も一緒になって大口を開けた。歓声に紛れて溶けた笑い声のハーモニーは三人だけに響いている。
いつの間にか曲は切り替わっている。
けれどやはり覚えがありすぎる、IDOLiSH7と共に歌った軽やかながら情熱の乗った曲をBGMにオフタイムの男たちは道をゆく。なんでもない日の、とんでもない日だ。
わあっ、と一際大きな歓声が上がる。どうやら一位が決まったようだ。
───見たか‼ これぞ八乙女楽のパワー!!!
高らかに拳を突き上げる男子生徒の勇ましい声に天の腹筋は無事息絶えた。