氷爪洗脳 日差しが強く照り付ける昼下がり。遠くのアスファルトには蜃気楼が見える。
「あつすぎでしょ……」
普段同じくらいの位置にある先輩の頭はがくんと項垂れていて、うなじには白い粉みたいなものが付着していた。
「元気ないですね」
「あるわけなくない?」
いつもなら向こうから話を振ってくるのに、今日はむしろお断りな感じらしい。顔も上げずにぴしゃんと言い切った先輩はまた黙り込んだ。
「……」
「…………」
沈黙が落ちる。心なしか、さらに日差しが強まったような気がする。俺は意味もなく先輩のうなじを眺め続け、あ、この粉日焼け止めだ。
先輩は肌が弱いから、少しでも焼けるとすぐに赤くなって痛み出すらしい。粉が残っているって多分きちんと塗れてないってことだけど、平気なんだろうか。
指摘してあげた方がきっといい。けど、すでにまだらに赤らんできているその肌を眺めていると、得体の知れない感覚に襲われて。
無防備なそれに手が伸びる。先輩は振り向かない。触れるだけのつもりで、そっと近づいて──
「ぃ、った!」
気づけば、強く爪で引っ掻いていた。薄赤い肌の上に一本、一際濃い赤の線。知らず瞳が細くなる。
「先輩、」
は、と湿った呼気が至近距離でかかって、次の瞬間には唇を塞がれる。
「……辻ちゃんさあ、今日、ひま」
酷く冷めた、早口な言葉だった。どうやらスイッチを入れてしまった、らしい。
「今日、辻ちゃん家寄らせて」
掠れた低い声、洗脳されきった俺の頭は、それだけで拒否権を失ってしまう。
「だめ?」
「だめじゃ、ない、です」
「ん」
先輩の指が俺のうなじをなぞる。丁度彼に跡をつけたあたり──あついあついと言っていたくせに、その指は氷みたいに冷たくて、ぞくぞくと抑えきれない震えが背筋を突き抜けた。