黒翻る睡眠薬 割れた窓ガラスが黒いベストの上に散らばっている。倒れ伏した男の濃い瞳が、緩慢な動作でこちらを向く。
「辻ちゃん、平気?」
「……せ、んぱ、?」
「そうそう、犬飼先輩ですよ~っと……二宮さん、こちら犬飼。辻ちゃん発見しました。意識はあるみたいだけどぼんやりしてます」
『……動けないならお前が援護して本部まで向かえ。技術部は既に受け入れ準備を終えているそうだ』
「犬飼了解」
二宮さんに連絡を入れつつ目の前でひらひらと手を振ると、彼は眩しそうにぱちぱちと瞬いた。とりあえず生きてるっぽい、か。
「辻ちゃん、ベイルアウトできる?」
「……?」
「無理か~」
「ぅ、わっ」
持ち上げると、微かな悲鳴が上がった。担ぐみたいな恰好で持ち上げたトリオンの体は、弛緩して全く抵抗もない。
「ごめんけどこのまま本部まで連れてくね。ちょっと我慢して」
困惑したような吐息を聞かなかったことにして、先ほど割った窓から勢いよく飛び出した。辻ちゃんの綺麗な髪がばたばた翻る。こんなの乱暴すぎるかも、でもだって、だって。
なんでもないいつもの任務中、突如途絶えた辻ちゃんの通信。そのすぐ後に本部から伝達された新型のトリオン兵情報、倒れてた辻ちゃんを見つけた瞬間、血なんか通っていない偽物の指先が一気に冷え切ったみたいだった。
「……連れてかれなくて、よかった、」
唇から震えた息が零れる。力がこもっていない体を固定するためって言い訳して、回した腕に、異常なくらい力を込めた。