止まらない「ひゃっく……、ひゃっく……」
時計の短針が十二から少し過ぎた辺り、いつものリビングに伊藤のしゃっくりが響いていた。当の本人は気にしていない様子で、部屋の中央に置かれたソファに腰を掛け、黙々と小説を読んでいる。定期的に伊藤の肩が小さく揺れ、その度に横隔膜が痙攣し、意図しない声が漏れ出る。
ハウスの住民がリビングに集っていたなら、小さな声は喧騒に搔き消されて誰も気にしないだろうが、今同じ場に居るのは猿川だけだ。特にする事もなく伊藤の隣にどかりと股を開いて座り、後頭部を背もたれに預けて宙を眺めていた。
「なぁ……、うるせぇんだけど」
痺れを切らした猿川が呟く。伊藤は聞こえているのかいないのか、無反応のままページを捲った。その間もしゃっくりの音は続き、猿川が舌打ちを繰り出す。
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