おせりか(女体化)小説かきかけ「あなたとキスをしたいです。……触れ合いたいです」
私の手を包む両手は冷たい筈なのにとても暑かった。指先から伝わる鼓動は強く、速く。
大瀬くんは真剣な、しかしどこか傷ついたかのような顔をして私を見据える。澄んだ色の瞳に浮かぶの葛藤であり情熱であり優しさでもある。彼は私の知らない姿をしていた。しかし柔く笑んだ口元はいつもの大瀬くんだった。
キスの先に何があるのかも、彼の言う触れ合いが何を指しているのかも、私にはわからない。
未知とは恐ろしいものだ。だが大瀬くんは怖くなかった。私の為にこんなに思い悩み葛藤してくれる優しい彼が怖い筈ないのだ。
目を閉じたとき、唇にキスをされるのかと思った。秩序から逸脱した行為だというのはわかっている。だが、大瀬くんとなら怖くてもいい、と。そういう気持ちが確かにあった。
だから冷たく触れる感覚を頬に受けたとき、大瀬くんへの愛しさが込み上げ溢れそうになった。年上という体面を守るために態度には出さなかったが。
唇を押し付けた頬は冷たく柔らかかった。
体をこんなに冷やして。早く下山してお風呂に入ってもらわなければ。唇を離し大きな目をぱちくりとさせる大瀬くんと向き合っている間、私はこんなことを考えていた。
そしてたっぷり十数秒後、大瀬くんはぐにゃりと体勢を崩し、そのまま動かなくなった。
「お、大瀬くん……!?」
脈はある。呼吸もしている。
「今のどこに気絶する要素があったんだい大瀬くん!」
いや、わかっている。デートの約束をこぎつけただけで気を失ったことのある彼のことだ。私があんなことをしたら気を失ってしまってもおかしくはない。だけど!
「大瀬くん目を覚まして! 今の私では君を運んで帰れないよ」
揺さぶり大声を出しても目蓋は閉じられたまま。
もしも天気が晴れだったら、平たんな道だったら、普段通りの服装と荷物量だったら、休憩を挟みつつ大瀬くんを運んであげられなくもない。しかし今はそのどれでもない。登山用の衣類と荷物で雪山を下る? もう遭難はしたくない。
大瀬くんの目覚めを待っていてはいつになるか分からないし、彼の体力が消耗されてしまう。
「やむを得ないか……」
祈るようにスマートフォンを操作した。
*
「理解さん、ご指名ありがとうございます」
「指名はされてないだろ。暇だっただけ」
グループチャットに打ち込んだ救助要請に応えてくれたのは天彦さんとふみやさんだった。明るく笑う天彦さんとは対照的にふみやさんはすごく不機嫌そうだ。
「本当は天彦だけに行かせようと思ったんだけど、遭難するとか訳わからないこと言うし今の理解みたいな動きにくそうな格好に着替えようとするから俺がストッパーしといた。本当は慧に同行させたかったんだけどアイツも遭難遭難うるさいし、テラと依央利じゃ万一の事態になったとき大瀬と理解運べないだろ。まったく……」
年下の青年にこんこんと詰められ、情けなさに口ごもる。
「第一さあ」
ふみやさんは椅子に座らせたままの体勢の大瀬くんを横目に見た。
「理解、一体何したの」
「な、なに、とは……」
「理解がなんかしなきゃああはならないだろ。何したの。セクシーなこと?」
「外でそんなふしだらなことするわけ……!」
「へえ、外じゃなかったらするんだ」
「ふみやさん……っ!」
衝動に任せホイッスルを吹き鳴らしてもふみやさんはどこ吹く風。むしろこれ以上ないくらい楽しそうににやにやとしている。少しだけ心当たりがあるからか、うまく反論できない自分が悔しい。
そんな中、大瀬くんを軽々とおぶった天彦さんが「まあまあ」と我々を制した。
「ふみやさん、人には人のセクシーです。同居人としてそっとしてあげてください。
理解さん、荷物はそこに置いているもの以外ありませんね? よかった。では帰りましょう。僕たちのセクシーシェアハウスへ」