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    りき色

    置き場

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    りき色

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    寄宿学校時代
    みっそーの、しっきー、ちょっとかなと

    青い春って言うらしい木の床に柄の入ったカーペット。右には中庭を見下ろす窓。左にはガラス窓がハマっているスライド式のドアと曇りガラスの窓が連なっていて壁には端がボロボロの部活動勧誘ポスターが貼ってある古びた掲示板がかかっている。そんな変わらない光景が左に曲がる突き当たりまで続いていて俺は頭を抱えそうになる。
    数十分前に階段の前で「荷解きが終わったら図書館で会いましょう」と言って別れたアイツを呪いたくなるが、「いいよ」と図書館の場所が分からないのにアイツの言ったことをよく聞かずに返事をしたのは自分だし、入寮前に貰った校舎の見取り図をファイルの中にしまって机の上に放り出したまま部屋を出たのも自分だ。だからアイツを呪うことは出来ない。
    右に折れても左に折れても階段を昇り降りしても偶に特別教室のような部屋があるだけでなんにも代わり映えがしない。入学式前のピカピカの廊下には人の気配も感じられなくて校舎内の見取り図も貼っていない。赤色の消火器を見かける度に悲しくなるのはきっと気のせいだ。
    自分が迷子ということを認めたくなくて、初心者には優しくしろ。難易度をピースフルに変更しろ。と昨日までプレイしていたゲームを思い出しながら廊下を歩いていく。
    そういえば、ゲームといえばオススメに上がっていた建築動画。凄かったな。と思考が横道に逸れた。水族館はまだ作ったことないよなとぼんやり考えているからか、入学式前の学校に危険なことなんて無いと思っているからかそれとも、入寮前でほんと少しだけ浮かれていたのかもしれない。
    普段なら気づくはずの前からの気配にまったく気づかなかったのだ。
    ドンッという体に何かがぶつかる衝撃と「うわっ!」という声に「へぁっ」と変な声を思わず出して一歩後ろに下がり、左手を左太ももに滑らす。が、いつもの冷たさが感じられなくて、そういえば今履いているのは母親に買ってもらった何の変哲もないただの紺色のジーパンだということを思い出す。
    「す、すみません!前を見てなくて。ごめんなさい!」
    視界の端に映る薄い黄色の頭で現実に戻り「いえいえ」と応える。薄い黄色の髪にオレンジのメッシュ。真ん中で分けられた前髪。丸い眼鏡のせいか、顔は少し幼く見える。
    「俺も前を見てなかったんで。怪我とかありませんか?」
    「大丈夫ですよ」
    そう、目の前の彼はニコリと笑う。眼鏡をかけているのにアイツとは違う笑みに感じるのは何故だろう。
    「先輩ですか?僕。一年なんです」
    という彼の言葉を慌てて否定する。
    「いやいやいや。違います。一年。俺も一年生です」
    「あ!そうなの!上級生かと思った…」
    「まあよく言われるよ」
    新品の埃一つも知らないような綺麗な制服を着ている彼とは反対に俺は完全な私服。しかも図体がでかい。なので上級生と間違えられたのだろう。良くあることだ。
    「そっか、同級生か。これから宜しくね」
    「うん。あ、そうだ」
    挨拶をしてこの場から立ち去ろうとしている彼を引き止める。
    「あのさ、俺図書館に行きたいんだけど場所分かる?」
    「図書館?」
    「そう。迷っちゃって」
    彼から目線を外して太陽に照らされている廊下をうろうろと動かす。認めたくなかったけれど口に出してから気が重くなる。
    「図書館なら外だよ」
    「え、外?」
    「うん。でっかいのが校舎から離れた所に建ってるよ。気づかなかった?」
    「まぁ、うん。寮に来るまでずっとあの、知り合いと話してたから」
    「そうなんだ。案内しよっか?」
    彼からの申し出に顔を上げて彼の顔を見るが直ぐに申し訳なさと図書館で待ってるアイツのことを考えて顔を横に振る。頭の中で「なにやってるんだ。お前は」と言う想像が簡単に出来た。
    「ありがたいけど大丈夫」
    「そっか。一階の職員室の前に見取り図があるから分からなくなったら見に行きなよ」
    彼の気遣いに少しだけ面食らう。こんなに人に優しくされたのはアイツから弁当の豚カツを一切れ貰ったとき以来かもしれない。
    「ありがとう。じゃあ俺もう行くわ」
    お辞儀をしてさっき見た階段へと向かおうと彼に背を向けて歩き出すと「待って」と声をかけられ立ち止まり、彼の方を見る。五歩ほど離れた位置に立つ彼は綺麗な笑顔をしていた。
    「僕の名前はフウラカナト」
    そう、彼が言うと開いていた窓から柔らかな春の風が二人の元へ滑り込んでくる。風と共に桜の花弁も乗ってきて、一瞬目の前が桜色に染まり思わず目を閉じる。
    フウラ、フウラ。どこかで聞いたことがある名前。どこだろうか。思い出せない。
    「君の名前は?」
    廊下は窓から注がれる柔らかく暖かい日差しに照らされていて、風で揺れる髪を手で押さえている彼に俺は名乗った。この名前を口にするのは随分久しぶりのような気がする。
    「美園、美園聡」
    口に出すと想像以上にしっくりときて内心驚く。
    宜しくね。そう言うとフウラはふわりと笑った。
    いつの間にか風は止んでいて、廊下には桜の花弁が散らばっていた。


    ○○○○


    うぐぅ。
    呻き声のような何かに潰されたような声が聞こえたと思ったら左肩を押される。右によろけて人にぶつかる前に踏ん張る。なんなんだと左肩を押した奴を見るとそこにはいつの間にか見知った奴が突っ立ていた。少しの怒りを込めてソイツの右腕を小突くと物凄く不機嫌そうな顔をしてある一点を指した。そこを見るとずらりと並んだ名前の中に一つだけ見知った五文字があった。
    「凪ちゃん見っけた」
    四季凪聖来。自分の名前。
    「あ、本当ですね。クラスは「二組」」
    確認するまでもなく即答された。
    ついでにと左に並んでいる名前をざっと確認するが左の奴の名前は書かれていない。
    「あなたは何組なんですか?」
    そう言って見上げると更に不機嫌な顔になって「六組」と答えた。
    「これはまた…随分と離れましたね」
    「そうだよ離れちゃった」
    頭の中で校舎の見取り図を思い出す。確か二組と六組の間には他の組のHR教室と空き教室と階段があり結構距離が空いている。
    「あ〜あ。凪ちゃんと同じクラスだったら良かったのに」
    自分の出席番号とクラスを確認したので掲示板の前の人混みから二人で抜け出す。この学校でも背が高い美園は良い目印になっている。
    「同じクラスだったら二人組とか楽なのに」
    「知り合いを作れよ」
    昇降口で持ってきた上履きに履き替え靴箱を開け下靴を入れる。何年も使い続けられた靴箱は所々錆びていて、美園の靴箱は扉が少し歪んでおり苦戦していた。
    「こ〜んな図体でかくて表情むすっとしてる奴が知り合い作れると思う?」
    「…」
    自覚はあったのか。
    部活の勧誘ポスターや注意喚起の紙が貼られている廊下を歩きながらそう呆れる。ずっと初対面の相手をしているときはあの顔だったから自覚してないと思っていた。
    「一年の教室って何階?」
    「三階」
    キラキラと、階段の磨りガラスから朝の太陽の光が注がれていて私って本当に健康的な生活してるんだなぁと実感する。中学を卒業してから美園に飽きられるぐらいの昼夜逆転生活をしていたのだ。寮に入ってからも暫くは身が慣れなくてルームメイトに迷惑を少々かけた。
    「一年生の教室はこちらでーす」と、声が上から聞こえて二人して顔を上に上げる。上級生らしき生徒が廊下に立って案内をしていた。
    「それじゃあここでお別れですね」
    階段を登りきり廊下に立って美園に声をかける。
    「美園。ちゃんと先生の話真面目に聞くんですよ」
    「分かってるよ」
    薄らと折り目がついている新品の燕尾服風のブレザーに黒のズボン。改めて頭から靴の先を見渡し美園を引っ張って廊下の端にやって襟を掴んで屈ませ美園の少し折り曲がったネクタイを正してやる。
    「ネクタイ、ちゃんと結べよ」
    「はいはい」
    面倒くさそうに返事を返す美園に彼が背負っていたリュックごと背中を叩く。えっなになに。と上から降ってきた驚いた声には無視をして左を指さす。
    「じゃあ私はこっちですから」
    手を軽く振ると美園も片方の手をズボンのポケットに突っ込んでもう片方の手で振り返す。
    「ホームルーム終わったら、ここ集合で良い?」
    「分かりました」
    それじゃあまたね。と教室へ向かう美園の背中を見る。人が疎らにいる朝の光に照らされた廊下でも、彼が背負っている赤色のリュック共々目立っていて、なんて見つけやすいんだ。と思った。


    ○○○○


    昼時のパッキリとした青い空には白い雲が浮かび、小さい飛行機が白のクレヨンのような線を引いていて、平和だなぁと紙パックのリンゴジュースを飲みながら思う。隣に座っている凪ちゃんを見るともしゃもしゃと焼きそばパンを食べていた。人が少ない中庭は静かでこのままずーとここに居たかった。
    「そういえば」
    ぼーとストローを加えて紙パックで遊んでいると凪ちゃんからふいに声をかけられる。
    「アニメとか漫画のお昼休みといえば屋上ですけど、ここには屋上には上がれませんでしたね」
    「あー。そういえばそうだね。確か謎の看板とか板が積み上がってた」
    「私の中学と同じ匂いがしましたよ」
    「どんなの?」
    「机と椅子が大量に積み上がってました。あなたの所は?」
    「そもそも屋上へ上がる階段が無かった」
    「現実なんてそんなものですよね」
    「現実なんてこんなもんだよ」
    食べ途中の焼きそばパンを紙で包んで凪ちゃんも空を見上げる。
    入学して四日たった。
    最初は知り合いなんて出来ないと言っていたが黙って席に座っていても声をかけてくる奴は居るもので、休み時間に軽く話す仲間が三人程出来た。それは凪ちゃんも同じようでお昼ご飯を食べるために二組に行ったら見知らぬ人と会話をしていた。こんな眼鏡と話す人が居るなんて…と思ったのは生涯コイツには話さない。怒られる。
    「ねぇ委員会とかなににした?」
    「え、クラス委員ですけど」
    「うわ、凪ちゃんだ」
    力無くだらんと背中を預けていたベンチの背もたれから起き上がって凪ちゃんの方を見る。凪ちゃんは迷惑そうに顔を顰めていた。クラス委員なんてお節介焼きなコイツにぴったりだ。自称陰キャを名乗っているからクラスの陽キャ達にいじられないようにとだけ祈っといておこう。
    「なんだよ。なにか文句でもあんのかよ」
    「べっつに〜」
    「お前はなにになったんだよ」
    「図書委員。じゃんけんで勝った」
    クラスでじゃんけんで勝ったチョキを凪ちゃんの前でぶんぶん手を振る。それを見て凪ちゃんは呆れた顔をして焼きそばパンを食べるのを再開した。
    凪ちゃんと俺しか居なかった中庭は2人が黙ると校舎からの生徒の声と鳥の声だけが聞こえる空間になった。
    隣で凪ちゃんが焼きそばパンを食べ終わるのを待ちながら、飲み干した空のりんごジュースの紙パックを手の中で弄びながらふと顔を上げると廊下に見覚えのある色があって「あ」と口に出る。その声が聞こえたのか凪ちゃんがちらりと俺の方を見てそのまま俺の目線の先へと動かして「知り合いですか?」と尋ねた。
    薄い黄色の頭にオレンジのメッシュ。丸メガネ。入寮日に出会った彼が廊下を歩いていた。隣で一緒に歩いている紫の髪をした彼は友達だろう。
    たしか名前は、フウラカナトくん。
    「入寮日のときに会ったフウラカナトくん」
    「フウラ、カナト…」
    ちらりと隣を見ると奴は眉をひそめて居た。
    「フウラって珍しい苗字だよね?聞き覚えあるんだけど凪ちゃん知ってる?」
    「あ〜、知ってはいますよ。噂程度のことならね」
    「噂?」
    「そのフウラという苗字が風楽しいの風楽ならね」
    マフィアですよ。
    さっと周りを見渡して人が居ないのを確認してから凪ちゃんは小さい声で言った。
    マフィア。
    頭に浮かんだのは黒の帽子を被りスーツを着て葉巻を咥えている中年太りのおじさんだった。
    まあ、現実に居るマフィアがそんな格好していないのは2人とも知っては居るが。
    「貴方、知らなかったんですか?」
    「裏社会の情報は俺より凪ちゃんの方が専門でしょ」
    俺の言葉を聞いて凪ちゃんはため息をついた。仕方ないじゃん。俺より凪ちゃんの方が情報を上手く生かしてくれるんだから。
    「噂ぐらいはちゃんと耳にして欲しいですね」
    「はいはい」
    ちゃんと分かってんのかよ。という目線で俺を見てから凪ちゃんは手元に残っていた焼きそばパンの最後の一口を食べた。
    俺はまたベンチの背もたれにもたれかかって空を見上げる。定規を使って引いたような真っ直ぐ伸びる飛行機雲を見てぽつりと呟いた。
    「暗殺者にスパイにマフィアが居る寄宿学校。なんて愉快なんでしょう」
    「愉快じゃねーよ」
    凪ちゃんに足を蹴られた。
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