たこぴーみてたら出来てた お母さんが病院にいっちゃった。
アイツのせいだ、アイツのせいで、お母さんは……!
「しょうと」
「っ、あ……お、……とう、や、にい?」
呼ばれて振り返ったら、お母さんによく似た顔があって、お母さんって言いそうになってしまった。
お母さんじゃない、とうや兄だ。初めて話す。
少し緊張してつま先を見ていたら、頬にとうや兄の手が当たる。
顔をあげられて、とうや兄がお母さんみたいに笑ってる。
「かわいそう、かわいそうになぁ、お前はなぁんにも、悪くないのに」
「う、」
とうや兄の手が火傷したところを撫でた。包帯の上から、少し強く押さえられてちょっと痛い。
「とぅ、や、兄……」
「しょうと、ちょっと遊ぼっか」
「えっ、いいの!?」
いつもいつも、とうや兄たちと遊びたかった。
アイツは居ない、だから、今だけのヒミツなのかな。
「遊びたい!」
「じゃあ、おいで」
目の前に出されたとうや兄の手を握って、とうや兄の斜め後ろを歩く。
どこに行くんだろう。庭でボール遊びだといいなぁ。
「とうや兄、どこ行くの?」
「瀬古杜岳」
せことだけ?
どこだろう。
歩くのが少し早いとうや兄ついていくために、頑張って早く歩く。息が早くなる。でも置いて行かれたくなくて、足を動かす。だんだん疲れて、足がからまって、前に転びそうになったらとうや兄が受け止めてくれた。
「とうや兄、」
「ついたよ」
歩く事だけ頑張ってたから、いつの間にか知らない場所に居た。周りは木がいっぱいで、川と、変な木の人形があった。
「とうや兄、ここ、」
「お前にさ、教えておこうと思って」
とうや兄、僕の話きいてくれない。
でも、嫌われたくないから口を閉じる。
「ふふ、あは、本当は、お母さんがおかしくなる前にちゃんとしたかったけど、思い出したの、一昨日だし。気がついたらもうこうなってたし。仕方ないよな」
とうや兄、笑ってる。
でも、なんだか泣いてるみたいに見える。涙を流してるわけじゃないのに、すごく悲しそう。
「しょうと、可哀想な焦凍。何もかも押し付けられて、それでも前を目指せる、強い、ヒーロー」
とうや兄の言っていることがよく分からない。
「お前は将来すごいヒーローになるんだ。だから、最後にこれだけ教えておこうと思って。お前が生み出した凄い技」
「わざ?」
「そう、高校生になったお前が作り上げた必殺技」
そう言って、とうや兄は上着を脱いで胸の前に手を当てた。
それにしても、どうしてとうや兄の胸は真っ黒になっているんだろう。
「昨日、試したらできたからさ、ほら、ちゃんと見てろよ」
息を整えたとうや兄は、胸の前で✗の形に炎を出した。
青い炎が紫になってすごくきれい。
「俺は左右じゃなくて、中と外だから、内に氷を、外に炎を。交互に心臓を中心に発露させてる。お前は左右で同じことをすればいい。熱い血と冷たい血が巡って、氷を出すのも炎を出すのも安定する。火力になんか頼らなくて良くなる」
「きれい……」
「触ってみろ、熱くねぇから」
とうや兄にさそわれて、胸の炎に指先を伸ばした。
紫の炎の中でカツリと、指先に氷が当たった。
「すごい、熱くない……」
「お前もできるようになるよ、これだけ、教えたかったんだ。全部終わりにする前に」
ふわりと炎が消える。
指先がとうや兄の胸に当たって、ボロリと、黒いところが落ちた。
「とうや兄、どうしてここ黒いの?」
「結局、俺は失敗作でしかなかった。いくら中が冷えたって、外が耐えられないんじゃ意味がない」
「とうや兄?」
とうや兄の身体が離れる。
「俺は、この山で燃えてヴィランになった」
「え?」
何を言っているのか、ぜんぜん分からない。
とうや兄はヴィランじゃない。
「みんなに迷惑かけて、お前にも……たくさん酷いことした……お前は何も悪くないのに」
「酷いことなんか、されてないよ」
「するんだよ。俺は」
しないよ、とうや兄は。だって、こんなにすごいヒミツ教えてくれた。アイツとは違う。人を傷付ける炎じゃない。冷たい炎を教えてくれた。
「なんで生まれてきたんだろう。俺なんか生まれてこなきゃよかったのに。この家に必要なのはお前だった。俺の存在なんか、邪魔で、不必要で、この世に存在してていいものじゃなかった。みんなを不幸にして、泣かせて、酷いことして。そこまでしても、お前には勝てなかった」
「とうや、兄、わかんないよ、とうや兄がいてぼく、うれしいよ」
とうや兄、そんな悲しいこと言わないでよ、なんで、生まれてこなきゃ良かったなんて言うの。
「お前は、優しいな。最後まで、しょうとだけが俺を見てくれたから、俺と、向き合ってくれたから。だから、教えたかったんだこれを」
とうや兄がまたばってんの炎を出す。ボロボロと黒い何かが落ちていく。とうや兄の指が黒くなってる。
あれ、は、こげているの?
まって、いやだ、とうや兄が焼けていく!
「とうや兄!」
「俺、やっと分かったんだ。俺が死ぬのが正しいんだ。俺が居ない世界が正しいんだ。だから、お父さんは俺を見ないんだ。俺が、俺がいたから、お父さんヒーローじゃなくなっちゃった」
泣かないで、とうや兄、ぼくがアイツなんか、倒すから。そうしたら、笑ってくれる? 辛くなくなる?
「ごめん、ごめんな、しょうと、酷いことして、ごめん」
「とうや兄!!」
手を伸ばしてるのに、とうや兄に届かない。熱い、指が焼けていく。熱くて、熱くて、前が見えない。
「俺が居なくなれば、きっとみんな、もっと幸せになれる」
とうや兄が居なくちゃ、意味ないよ。
嫌だ、行かないで。とうや兄。
なんて言ったら、とうや兄がぼくを見てくれるのか分かんない。とうや兄が何を好きなのか、分からない。
目の前が真っ白になって、とうや兄が最後に泣きながら笑っているのが見えた。
「俺らに協力すれば、お前の兄貴も生き返らせてやる。もう何年も寝たきりなんだろ? 俺らの仲間になってくれるなら、どうにかしてやる」
目の前で白髪の不健康な男が無防備に立っている。
コイツらはヴィランだ。
分かってる、分かっている。
緑谷、飯田、俺は、俺が、コイツらを止めなきゃいけないのに。いつだって氷で拘束できるのに、どうして、出来ねぇんだよ、動けよ俺、コイツらのせいで何人が傷ついた? 何人が泣いたと思って、
「ヒーローは、お前の兄貴を助けてくれたのか?」
助けてなんかくれなかった。
ヒーローは、アイツは、辛うじて生きていた燈矢兄のお見舞いにすら行かない。体の治療だけして、目を覚まさせる為の事は何一つしなかった。
だからって、俺がコイツらに協力なんかしたら、沢山の誰かが傷付く。
分かって、いるのに、
「どんな方法にも縋りたいんだろ?」
「っ、」
縋りたい。
あの日、助けられなかった燈矢兄を助けたい。ずっとずっと、記憶の中で燈矢兄が泣いている。
「安心しろ仲間になるなら、酷いことなんかしない」
拒めない。
あぁ、ごめん、ごめんな、みんな。
雄英に入っても、燈矢兄を治せる人は居なかった。ヒーローの中に、燈矢兄の目を覚まさせてくれる人は居なかった。
探してないところは、ヴィランの中だけなんだ。
燈矢兄の好きなものが知りたい。
燈矢兄の嫌いなものも知りたい。
燈矢兄と話がしたい。
あの日救えなかった燈矢兄を、救いたい。
ごめん。
ごめんなさい。
ヒーローでいられなくて、ごめんなさい。