風虚♀学パロ導入になる予定だったもの(風虎風描写あり) 春は再生の季節だ。俺は高校一年生の春を、かつて生まれ育った故郷で迎えようとしていた。
この地に戻ってくるのは実に十年ぶりだ。幼い頃から引越しばかりの人生に嫌気がさして、半ば強引にこちらでの高校入学を決めた。
俺が通う事になった学校は中高一貫、所謂エスカレーター式の由緒正しい学校で、高校からの編入生は珍しい事らしい。
俺は妖精専用の寮で暮らす事になっていた。集団生活なんて窮屈な気もするけれど、その分家賃も食費も安く済むから暫くは仕方がない。学校としても、曲者揃いの妖精たちを学ばせるには目が行き届く場所で暮らしてもらった方が有難いらしい。
「ここが寮……」
学校から届いた地図を頼りに駅から歩いていくと、古いけれど立派な、洋館風の建物が見えてくる。重たい扉を開くと軋んだ音をたてた。
「风息!」
その瞬間、建物全体を震わす程の咆哮が響く。思わず呆気にとられていると、吹き抜けのエントランス中央にある階段から、逆光を背にとてつもなく大きな黒い影が、今まさにこちらに飛びかかってくるところだった。咄嗟によけようとしたが、何故かそうはしなかった。受け止めなければ、と思った。
胸の前で大きく両腕を広げる。黒い影は思ったよりも真っ直ぐに、勢いよく胸に飛び込んできた。衝撃に支えきれずにそのまま尻餅をつく。
「あいたた……」
むに、と掌に柔らかな感触。たちまち虜になってしまう極上毛艶の下に乗った脂肪は薄く、それよりもがっしりとした逞しい筋肉の存在を強く感じる。夕食の準備中だったのか、ごま油や香辛料が混じった匂いがした。その奥に潜むのは癖になってしまう獣臭さ。二メートル以上はありそうな、巨大な虎の妖精が俺の上に覆いかぶさっていた。虎が再び吠える。
「风息!」
「天虎! お前、天虎なのか!?」
子供の頃によく遊んだ幼馴染の名前を叫ぶ。天虎は仲間の中でも一番小さくて末っ子だった。シャイで口下手だけど優しくて、だれも彼も皆天虎の事が大好きだった。小さい頃は虎柄の鞠みたいだったのに、今では首が痛くなるまで見上げないと視線があわない。俺が呼びかけると、天虎は喜色満面の笑みを浮かべた。ニカっと大きな口が割れて立派な牙がのぞく。
「おかえり风息、会いたかった!」
「ああ、俺もだよ天虎! お前、随分大きくなったなあ!」
「风息! 久しぶり〜!」
もふもふと再会の抱擁を繰り返していると、突然ドーン☆、なんて効果音が聞こえてきそうな衝撃が背中に走った。背中に勢いよく何かがぶつかったらしい。その衝撃に、エアバックよろしく再び天虎の豊満な胸に顔を埋める事になった。
「ごめん天虎……」
「洛竹、大胆」
天虎の声に、慌てて顔を上げる。勢い良く振り向くと、優しい木の実色をした髪と瞳をもつ少年が、悪戯っぽく笑っている。
「洛竹なのか!?」
「うん、おかえり风息!」
洛竹がニカっと歯を見せて笑う。未だ少年らしい幼さと青年の精悍さが混在した、誰もが好感を抱くであろう人懐っこい笑顔だ。洛竹と天虎、风息にとって大切な弟分二人だ。
十年ぶりの再会に三人共高揚したままわいわい喋っていると、不意に背中にさっと冷気が走った。軽やかな、しかし妙に存在感のある足音が周囲に響く。
「騒がしいな」
「虚淮……」
階段の上に、小さな人影が立っていた。窓から差しこんだ白い日が、腰まである髪越しに透けて見える。
「久しぶりだな、风息」
氷の双眼が俺を見下ろす。虚淮は、幼い頃の記憶と寸分も変わらぬ姿でそこに立っていた。