风虚♀小ネタ ありふれた週末だった筈だ。ついさっきまでは。
折角の連休なのに、虚淮ったら連日部屋に引きこもって「レトロゲームを全クリするまで寝ません」とか「用水路でザリガニを捕まえたので全部捌きます」みたいな動画ばかりをみているから、見かねて外に連れ出した。今思えば玄関を出る際、虚淮にしては妙に歯切れが悪い物言いをしていた気がするけれど、そんなのは後の祭りだ。
近所を散歩して、駅前のパン屋に寄ったら丁度デニッシュが焼き立てで、天気が良いから外の公園で食べようか、なんて話をしながらパンを選ぶ。ありふれた、でも心地の良い週末だった。
公園のベンチ、湯気のたつカフェラテを飲みながら、さらりと虚淮が言った。そういえば慌てて出掛けたから、下着をつけてくるのを忘れた。上も下も。
その後一分ほど記憶が飛んだけど、熱々の珈琲を右膝に落とすまさに直前でなんとかカップを持ち直す事に俺は成功した。
「そんな……嘘だろ?」
「嘘じゃない」
虚淮は膝上丈のパーカーワンピースに大きめのジャケット(俺のだ)を羽織っただけのごくごくシンプルな服装で、クラスの委員長も休日はラフなんだな、程度にしか思わない。まさかパーカーの下は全裸なんて。ちょっとえっちなラブコメディじゃあるまいし。 咄嗟に周囲を確認する。犬の散歩をしている老夫婦や遊戯で遊ぶ子供達、つい一分前と何も変わらない日常がそこに存在する。勿論誰もこちらに気を留めていない。まるで俺だけ別世界に放りこまれた気分だ。
「お、俺コンビニで下着を買ってくるよ」
すぐそこにある公衆トイレで着替えれば良い。ベンチから立ち上がって、即スタートダッシュを決めようとした瞬間、くいと背中を引っ張られる。
「もういい。どうせすぐ帰るだろう」
「だけど……!」
「ここで一人にされる方が困る」
「なるほど!」
何がなるほどだ、心の中で自分にツッコミを入れながら、とりあえず着席する。よく考えたら、まだ両手に珈琲とデニッシュを持ったままだった。まずはこれを食べてしまわないと。
一度意識してしまうと、隣が気になって仕方がない。スカートの丈が短すぎないか。それに襟元がブカブカだ。あれでは屈んだら胸元が見えてしまうのではないだろうか。思考がまずい方に流れていっている。パンを二口で口に放りこみ、珈琲で押し込む。
虚淮は相変わらずちみちみ、と効果音がつきそうなゆっくりとしたペースでフルーツサンドイッチを食している。仕方がない。虚淮の口はとても小さいんだ。でもなるべく早くして欲しい。妄想が具体的になる前に。
ようやく虚淮が食べ終わった。さあ急ごう、とベンチから立ち上がったその瞬間、一際強い風が吹いた。俺は咄嗟に、目の前にある小さな体を暴風から守る様に抱きしめていた。
「虚淮、危ない!」
「危なくは無いな」
胸の中にひんやりとした体を抱き寄せると、動きにあわせて水色の長い髪がサラサラと揺れる。腹に密着した胸はいつもより柔らかい、気がする。犬の散歩をしている老夫婦が今度は微笑ましい目つきでこちらを見ていた。慌てて体を離す。
「ご、ごめん」
「……段々恥ずかしくなってきた」
「遅いよ!」
お前のせいだろ、と呟いた虚淮の頬には微かに紅がさしている気がした。