士遠の部屋には一輪挿しの花瓶が置いてある。その花が枯れそうになったら花は取り換えられるのだが、花を選ぶのは士遠ではない。
「先生、今日の花っすけど……」
一輪挿しの花を花を変えるのは典坐の役目だ。
もともとは、典坐がいつも世話になっている士遠になにか贈り物を贈りたいという些細なきっかけから始まった。様々な人へ聞いた末に風流を愛する士遠には花を贈るのが最適だろうと考えたのだ。そこからズルズルと花が枯れそうになったら典坐が士遠の部屋の花を取り換えていた。
「今日の花はすげえ小さい花が集まって、大きな花みたいになってるんっすよ。なんか一つ一つを見ると可愛いな~って思うんすけど、全体見るとでけぇなって感じっす。あと、やっぱり良い匂いがするんすよね」
盲目の士遠には色の説明は分からない。その為、出来るだけ見た目の良さや匂いに対して典坐はよく説明する。
「ああ、いい香りだ。とても清廉で透き通っている。ありがとう典坐」
「へへっ……」
一輪挿しの花瓶に花を活ける。この花瓶は士遠が用意したものだ。
「せっかく貰ったものを枯らしてしまうのはもったいないだろう?」
そう言って衛善などに見繕ってもらったらしい。やや地味な装飾だが、どんな花を活けても違和感がない所はさすがだと典坐は思う。
「花があると、気持ちが安らぐから良いね」
そう言う士遠の部屋の物は少ない。物が多いと盲目の士遠には移動の邪魔になるし、そもそも収集癖がないのも理由らしい。士遠が部屋で一番大切にしているものはと聞かれたら、間違いなく一輪挿しと答えるだろう。
「典坐は優しい子だね」
「いや……俺が好きでやってることっすから……」
「でも、優しい子だよ。ありがとう。今の花の香を楽しんだら、次の花を待っているよ」
「えへへ……」
少し照れながら典坐は頬を掻く。その様子を士遠は微笑ましそうに見ていた。