「うう……ふがいない……」
殊現は布団の中で唇をかみしめる。
今年の季節の変わり目は奇妙な天気が続いたので暑くなったり寒くなったりを繰り返した結果、山田家でも体調を崩す者が続出した。殊現もその一人である。
体調を崩したのは自分の失態なのでまだ良いのだが、殊現が唇をかみしめているのは別の理由であった。
「こら、殊現。熱が出ているのだからおとなしくしていなさい」
「申し訳ありません、衛善殿……」
発熱した殊現の看病を申し出たのは衛善だった。額の冷えた布が熱くなったら定期的に変えられ、汗を拭われる。申し訳なさと羞恥でただでさえ発熱して熱くなっている頭が余計に熱くなりそうだった。
「ほら、粥だぞ」
「ありがとうございま……自分で食べますので!」
「そうか?」
普通の事のように匙で掬った粥を殊現の口元へ持っていこうとするのだけは、全力で阻止した。
「すみません、衛善殿。少しよろしいですか?」
門下生の一人が殊現の部屋にやって来て衛善に声をかける。
「ん? ああ、だが……」
「俺の事はお構いなく。衛善殿も忙しいのですし、俺ばかりに構うのも申し訳ないです」
誰からも頼られる衛善を自分のもとへ留まらせておくのは忍びない。その思いを察したのか、衛善は立ち上がった。
「すぐに戻ってくるよ、何かあったら呼びなさい」
そう言うって衛善は部屋を出て行ったので、その様子を見送って殊現は一息つく。
「このくらい、眠ればすぐに良くなる」
自分にそう言い聞かせて殊現は眠りについた。
しかし、そう時間が経たないうちに勢いよく体を起こす。久しぶりに床や壁へ飛び散った血糊を夢で見た。
「うぅ……」
熱で自分が弱っているのは分かっている。しかし、どうしてもその夢がこびりついて離れない。
「衛善殿……」
小さな声で助けを呼ぶ。しかし、その相手はずっと自分に構っていられるほど暇な人ではないのだ。だから、もう一度だけと心に決めて名前を呼ぶ。
「衛善殿……」
「殊現、どうした?」
部屋の扉がそっと開き、衛善が顔をのぞかせる。殊現は驚いて目を丸くした。
「あ……衛善殿、用事は……」
「もう済ませたよ。すぐに戻ると言っただろう? ほら、横になって」
起き上がったままの殊現を布団へ寝かせる。そばに落ちてしまったぬるくなった布を冷えた水に入れて固く絞り、優しく殊現の額に乗せた。
「嫌な夢でも見たのかい?」
「いえ……」
熱を出して悪夢を見たなど、幼子のようで素直に言うのが恥ずかしかった。
「手を出してくれないか?」
「え?」
何だろうと思いながら、恐る恐る手を出す。その手を衛善は優しく握った。
「悪い夢は私が全部斬ってしまうから、安心して眠りなさい」
冷たい水に浸かった手は冷えていたが、何よりも温かかった。
「はい……」
温かい手を感じながら眠りにつく。今度は悪夢を見なかった。