殊現は真っ暗な道に立っていた。右を見ても左を見ても暗闇ばかりで一筋の光も見えない。
「そうか。俺は本当に地獄に堕ちてしまったのか。しかし、地獄は火で燃え盛り獄卒が罪人を処しているのではないのか?」
昔、見せてもらった絵にはそのように描かれていた。だが、暗闇ばかりで燃え盛る火どころか獄卒の鬼の影も見えない。
「一人孤独に暗闇にいる。これが俺への罰か……」
その場に座り、最期の時を考える。
人ではなくなってしまったが、それでも世のためお家のために刀を振るったことに後悔はない。孤独にいることが人ではなくなってしまった罰だというなら甘んじて受けるつもりだ。しかし、それとは別の感情も込み上げてくる。
「皆は、極楽へ行けたのであろうか?」
それだけが心配だった。人ならざる自分はともかく、無念のまま散った他の者は極楽浄土へ逝けたのだろうか。
「衛善殿は……逝けたのだろうか……」
上半身が無残に押しつぶされた姿を思い出す。
本来、彼はあのような死に様をする様な人ではない。もっと老いて、先達として他の者たちを導き、山田家の面々に惜しまれながら世を去るのが相応しかった。
「衛善殿……」
「なんだ、殊現」
突如として後ろから優しい声を掛けられる。慌てて振り返るとそこには変わらない微笑みを浮かべた衛善が立っていた。
「衛善殿?」
「まったく。こんなに早く来るとは思わなかったぞ」
「衛善殿!」
たまらず駆け出した殊現が衛善に抱き着くと、幻ではなくしっかりとした感触があった。
「こらこら」
「衛善殿、俺は! 俺は! あなたに何も……何も!」
「落ち着きなさい。まったく」
赤子のように泣く殊現の頭を、衛善は優しく撫で続けた。
殊現がようやく泣き止んだ頃に、衛善は殊現の手を取る。
「ほら、皆が待っている。早く行かなければ」
「皆? ここは地獄ではないのですか?」
「ここは冥土への道らしい。極楽へ行くか地獄へ行くかは閻魔様がお決めになる」
優しく手を引っ張って殊現と共に歩こうとする。しかし、殊現の足は動かなかった。
「殊現?」
「俺は、人ではなくなりました。きっと地獄行きでしょう。そして、衛善殿は極楽行きでしょう。もう少し……このまま……」
離れがたい温かな手をきつく握る。最後の体温を少しでも長く感じていたかった。
「ははは、そんなことか」
しかし、衛善は幼子の駄々をなだめるように笑う。
「お前は世のため、山田のお家の為に刀を振るったのだ。きっと閻魔様も人でなくなった事くらい抒情酌量してくださるさ。それに、もし極楽に行けなかったら私もお前について行こう」
「え?」
「お役目といえども山田の人間は皆、人を殺していることには変わりない。お前が地獄へ行くと判断されたのなら私だって地獄行きだ」
「いえ、衛善殿や他の皆が地獄行きなど……」
「殊現」
自分の手をきつく握る殊現の手を、衛善は優しく握り返す。
「共に逝こう、閻魔様の裁きに。話は道中にゆっくりすれば良い」
「……はい」
ポロポロと涙がこぼれて前が見えない。そんな殊現の手を苦笑しながら引いて衛善は歩き出した。
世のためお家のために戦った殊現は、衛善の手に導かれて冥土の道を進む。