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    手をつなぎたい涼くん

    手をつなぐと幸せになるらしいある日のシェアハウス。
    深幸はリビングのソファに座り、ファッション誌を眺めていた。
    静かな時間。賢汰がキーボードをたたく音をかすかに聞きながらページをめくる。
    今リビングに居るのは深幸と賢汰、そして涼だ。
    深幸が座っているものとは別のソファのはじに座り、ノートパソコンと向きあっている賢汰。
    その賢汰に頭を向けて、ソファの2/3を占領している涼は、寝転がりながら仰向けでスマホを見ている。
    入りきっていない足がひじ掛けの上からソファの外に飛び出していて、なぜわざわざ窮屈に同じソファを使っているのか、謎だ。
     
    「ケンケン」

    傍らに置いていたコーヒーカップを手にとった賢汰に涼が声をかける。
    カップに口をつけながら、賢汰からすると斜め下にいる涼に賢汰の目線が動く。
    涼はゆっくり起き上がり賢汰の隣に座った状態になると、すっと片手を賢汰に差し出した。

    「手つなご~」
    「?」

    涼の唐突な行動に賢汰が首をかしげ、深幸もなんだ?とファッション誌から目を離す。

    「これ見て、幸せそうでしょ?」

    先ほどまで見ていたスマホの画面を、涼が賢汰に見せる。
    いきなり間近に画面を向けられた賢汰は焦点を合わせるように眼鏡の奥で一瞬目をほそめ、そして「そうだな」とうなずいた。

    何を見せたのか気になった深幸が涼に尋ねると、こちらにスマホが渡される。
    受けとったスマホの画面には文章と、写真。Argonavisのブログだ。

    Argonavisのメンバー5人が、交代で更新しているブログ。
    最新のブログは先日行われたArgonavisのライブについて書かれていて、とても楽しかったんだろうということが伝わってくる。
    画面を下から上にスクロールしていくと、ブログの最後にぱっと写真が表示される。
    ライブが終わった後だろう、5人で手をつないできらきらとした笑顔で笑いあっている写真。
    たしかに幸せそうだ。

    「手をつないだら幸せになるかな?ためしてみたいんだ」

    と、涼はもう一度賢汰に右手を差し出し、今度は賢汰も同じように右手で涼の手を握った。
    手をつないでいる、というより握手であるが、うんうんと涼は満足そうだ。

    「幸せになれたか?」
    「うん。ケンケンと手を繋げて嬉しい。ケンケンは?」
    「……暖かいな」
    「ふふ、良かった。幸せだね。オレたちもライブが終わった後、みんなで手をつないで写真を撮ったらもっと幸せになるよ」
    「それは絶対に無理だろ!」

    そこまでは何も言わずに見ていた深幸だったが、思わず口を挟んでしまった。

    「無理かな?」
    「難しいだろうな」

    賢汰のさらりとした回答にそっか…と悲しげな涼。
    涼と賢汰の手が離れたちょうどその時、賢汰のスマホが震えた。
    摩周からの着信のようで、スマホを耳にあてながら賢汰はリビングから出ていってしまった。
    残される深幸と涼。

    「あ~…涼ちんさ、Argonavisみたいなのは無理だろうけど、言ってくれたら握手ぐらいいつでもしてやるから」

    ライブ終わりにみんなで手をつないで写真を撮ろうなんて、そんなの聞いただけで那由多の機嫌が悪くなりそうだ。
    深幸が手を差しだすと、表情を明るくした涼に握られる。

    「深幸くん、ありがとう」
    「まぁ……はは……」

    ぎゅっと力が入れられるのを感じながら深幸は曖昧に笑う。
    リビングに誰かが入ってきた気配。

    「うわっ、何やってんだよ!?」

    入ってきたのは通話を終えた賢汰、ではなく、礼音であった。
    リビングの真ん中でかたい握手をかわしている(ように見える)深幸と涼に目を丸くしている。

    「幸せになってるところだよ~」
    「は…?」
    「じゃあ礼音も」
    「え?」


    ◆◆◆


    手をつなごうなんて、言われたのはいつぶりだろうか。
    摩周との通話を終えた賢汰は、廊下の壁に背を預けて自分の手を見つめる。
    思い返した記憶の中で、控えめに差し出された手は自分の手よりも小さい。
    握り返すとやわらかな感触。
    さきほど賢汰の手を握った手とはずいぶんと違ったはずだ。

    ガチャリと目の前の扉がひらき、部屋に籠っていた那由多があらわれる。
    賢汰と目が合い、ぎゅっと那由多の眉間に皺がよる。

    「……なんだ」

    賢汰が部屋の前に立っていたので、何か用があると思ったらしい。

    「あぁ、何も……いや」

    何もない、と言いかけて片手を那由多に差し出す。

    「手をつなぐと、幸せになるらしい」

    差し出された賢汰の手に数秒動きを止めた那由多は、小さく舌打ちをするとリビングのほうに行ってしまった。
    リビングに入って行く那由多の背を見送る。

    「あ、那由多。はい、幸せ~」
    「っ!?おい、はなせっ…!」

    那由多も幸せにされたようだ。
    リビングからきこえてきた声に、賢汰はふっと笑った。

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