コンビニ店員の私が深夜に目撃した男ふたり組の話。「ふぁー……あ、いらっしゃいませー」
真夜中は眠りにつく人が多いとは言え、コンビニに訪れる人はまばらでもいるし、そこには店員がいるわけで。かく言う私もそのひとりで、最寄り駅の終電も終えたこの時間に、時給の割のよさに惹かれ労働中だ。零れたあくびを誤魔化しながら、数十分ぶりに開いた自動ドアを振り返る。
客はふたり連れの青年たちだった。もうひとりに比べると少し背の低い黒髪の男が、エナジードリンクのコーナーで立ち止まった。茶髪でピアスをいくつも付けた連れがそれを後ろから覗きこみ、手に取ったのだろうドリンクを見て眉を顰める。
「あ、ケン。お前またそれ飲むのか?」
「っす。明日の生配信、ゲームクリアするまで終われないってヤツなんで。これないと無理なんすよね」
「はあ……本当はあんまりそういうの飲んでほしくないんだけど。ほら、貸せ。俺が買う」
「えっ。いやいや駄目です! 前もマサキくんに買ってもらったし」
「いいから」
「駄目ですってば。ねえ、ちょっと待って」
ケンと呼ばれた青年は、奥へと進むマサキとやらに慌ててついていく。横顔が薄らと染まっていて、なんだかちょっと可愛らしい。話し方などを見るに、ふたりは先輩後輩だろうか。
奢ってもらうことをどんなに拒んでも、後輩くんは軽くあしらわれている。狼狽える彼を微笑ましく見ていると、棚越しに先輩くんと目が合ってしまった。ああ、まずい。観察するつもりじゃなかったのだけれど、ちょっと見すぎたかも知れない。軽く会釈をして、レジ周りの整理でもすることにした。
後輩くんは“奢ってもらわないこと”をついに諦めたようで、お菓子のコーナーへと向かった。冬季限定のチョコレートを両手に持ち、どちらにするか吟味しているようだ。そこに、店内を一周した先輩くんがやって来る。いつの間にか備えつけのカゴを手に持っていて、後輩くんの両手からチョコレートをするりと攫いその中へと入れてしまう。
「え、マサキくん!?」
「ん? 食いたいんじゃねぇの?」
「そうだけど、どっちにするか迷ってて」
「どっちも気になるんだろ? じゃあ俺がどっちも買う」
「いやいやいいっす! お菓子くらい自分で買うんで!」
「別にいいだろ、これくらい。そんな何万もするもんじゃないんだし」
「そうっすけど……」
「もし申し訳ないって思ってくれてるんなら、またカレー作ってよ。俺ケンのカレー好き」
「それは全然いいけど……お礼にならなくないすか? 普通に作るし」
「すげーなるよ。それが嬉しいんだから」
「マサキくん……うん、分かったっす。ありがとう」
やわらかな笑顔を向け合うふたりを見ていると、なんだかちょっと羨ましくなってくる。信じあっている奥底の気持ちが瞳の色に現れていて、本当に仲がいいのが窺える。
私も身近な誰かを今日よりもっと大事にしてみようかな。思わず感化されていると、またまた先輩くんと目が合ってしまった。なんでもないふりをして、目を逸らす。私の心にあるのはただただあったかい感情なので、どうか悪く思わないでいてほしい。
「ほかには買うものないか?」
「え、っと……ん、ないっすね」
「じゃあ帰るか」
カゴの中を見た後輩くんが特にないと告げ、ふたりが連れ立ってレジへと向かってくる。私は少し背筋を伸ばして、差し出されたカゴを受け取った。
一リットルの牛乳に、六枚切りの食パン。それから冬季限定のチョコレートがふたつに、エナジードリンク。次々バーコードを読んでいると、次に触れた商品に私はついぎょっとしてしまった。いや、接客中なのだからもちろん心の中でだけ、だけれど──それは一目見ただけでは缶に入ったヘアワックスだけど、中身はコンドームだ。間違って買ってしまう人も少なくないと、数年前にSNSで話題になっていたこともあった。きっとこの先輩くんも間違っているのかもしれない。後輩と訪れた夜中に、わざわざ買うだろうか。私から指摘するわけにはもちろんいかないけれど。
合計金額を読み上げながら顔を上げると、どこか青ざめた後輩くんの表情がそこにはあった。その視線は例の缶に一心に注がれていて、彼も気づいたのだと分かる。私と同じように、先輩が間違えて買ってしまったと思っているのかも。もしくは店員が女性の時に買うなんて……と気にしてくれたのか。それならお構いなくである、きちんとしているという意味でむしろ好感しかない。会ったこともない先輩くんの彼女の幸せを、レジを通しただけの私がつい祝福するくらいには。
「ありがとうございましたー」
お釣りを先輩くんに渡して見送ると、後輩くんが一歩離れたすぐそこで先輩くんの腕を引いた。
「あの、マサキくん……それ、ヘアワックスじゃないっすよ? ワックス明日使うんすか? 買っていきます?」
「ん?」
うんうん、そうだよ。すぐ近くで話すから私も聞こえてしまったなと申し訳なく思ったが、なるほど今ならすぐ買えるので後輩くんが正しい。心の中で頷いていると、先輩くんの低く落ち着いた声がやけに艶やかに響いた。
「あぁ、あのカンカンのことか? 間違えてないから平気。だって……そろそろ無くなるところだっただろ?」
「は……ちょ、はぁ!?」
後輩くんは思わず私を振り返り、さらに青ざめた顔で狼狽え始める。なに言ってんすか!? と問いただすキミに私は同意するよ。
えーっと、どういうこと? まさか……まさかなのか?
先輩くんの背を押し一刻も早く退店しようと慌てる後輩くんを横目に、先輩くんの足取りは何事もなかったかのようにゆっくりだ。そしてその大きな手が後輩くんの腰を抱くから、まさかと浮かんでいた私の予想はどうやら当たっていると気づく。
「う、わ!? ちょっ……マサキくぅん? とりあえず出ましょうかぁ?」
「はは、うん。早く帰ろ」
ジトリと睨みあげる後輩くんに降参するように両手を上げて、後輩くんに引っ張られるままに先輩くんも退店する。自動ドアが閉じる間際に肩越しにこちらを振り返り、勝気な笑みを残していった。
「ありがとう、ございました……」
あぁ、なるほど。私が後輩くんをちらちら見てしまったから、彼に興味があると勘違いをさせてしまったのだろう。『そろそろ無くなるところだっただろ?』なんて、あの商品を二人で共有しているのだと暗に教えようと思うほど。
私が祝福すべき相手は会ったこともない女の子じゃなく、目の前にいた後輩くんだったのだ。
後輩くん、キミの恋人はキミが大事で仕方ないらしい。この場限りの店員の私なんかにも、嫉妬してしまうくらいに。
牽制されたはずなのに、去ってゆく時の先輩くんの表情を思えば正直可愛らしい。先輩くんの人の良さも垣間見えた気さえする。こちらまで心地いいような距離感、愛を隠さない指先。不思議と私までふたりの幸福に包まれてしまったような感覚だ。
「ふふ。いいねいいね」
客のいない店内で思いっきり伸びをする。彼らのこれからもあたたかなものでありますように、なんて願ったりしながら。